季節が冬から春に変わる。

私の学校生活も、節目を迎えていた。

空が夕暮れの色に変わっていくのを、私はM組の教室から眺めていた。

 

 

「…卒業文集が書き終わらずに居残りってどういうことよ私…」

もうすぐ卒業だというのに。

それなのに居残りってどういうことよ私!!

 

「まったくだな」

「!?」

ひとりきりだったはずの教室に、低音の声が響いた。

 

 

「ひ…土方先生!お、驚かさないでくださいよ!」

「知るか。が勝手に驚いたんだろうが」

この教室のものであろう鍵を弄びながら先生は私の側へ来た。

 

土方先生はこのM組の担任教師。

ちなみにM組のMは、マヨネーズのMらしい。どんだけ愛してるんだろう、マヨネーズ。

 

 

 

「で。書き終わったのか、文集」

「それが、その…まだ…」

なんだか申し訳なくて、さっと手で紙を隠す。

 

 

「…はー。もう戸締りしなきゃならねーから、今日は帰れ。つーか持ってかえって家でやれ」

大きく息を吐いて、土方先生は教室の窓を閉めていく。

「はーい」

私はそう返事をして、プリントが折れ曲がらないように大切に鞄にしまった。

 

 

 

 

 

 

学校を出ると、ひゅう、とつめたい風が吹いていた。

「うー、寒っ」

「日が沈むとまだ寒いな。さっさと帰るぞ」

そう言って土方先生は歩き出した。

 

 

「…え?先生も一緒に行くんですか?」

キョトンとして尋ねると、土方先生は少し私を振り返って足を止めた。

「ここのところ物騒だからな。大事な生徒に何かあっちゃ困るだろ」

なるほど、と納得して小走りで土方先生の隣に並んで私も歩き出した。

 

 

 

 

「で、何では文集の何が書き終わらねぇんだよ」

「その…一年間の思い出の部分が、どうしても書けなくて」

手に持った鞄に視線を落とす。

 

「それ普通は一番最初に書けるやつじゃねーの?そんなに思い出無いのかよ」

「違いますよ!逆です逆!ありすぎて、スペース足りないんです!」

土方先生の言葉を撤回するように言うと、先生は呆れたような顔をした。

 

 

「なら箇条書きにでもしておけ」

「それもできないくらい、たくさんあるんです!」

 

 

3年生になって、土方先生のクラスになって、私の学校生活は大きく変わった。

もっと早く先生のクラスになりたかった。

あのクラスのみんなと知り合いたかった。

そんな思いが生まれるほど、今の学校が大好きなのだ。

 

 

 

「…ひっくしゅっ」

歩いているうに、少しは体も温まったけれどやっぱり吹いてくる冷たい風には負ける。

なんだか恥ずかしくて下を向いていると、ふわりと首に暖かいものが回った。

 

 

「マフラー…これ、先生の…」

「残り少ない学校生活なんだから、風邪なんざ引きたくねーだろ?」

だから巻いとけ、と言って先生は私の首にマフラーを巻きつけた。

 

 

「ありがとう、ございます。…こういうことしてくれるから、なかなか文集書き終わらないんですよ」

またひとつ、大切な思い出ができてしまった。

黒のマフラーに顔を埋めると、ふわりとタバコの香りともうひとつが漂った。

 

 

「…先生のマフラー、なんでマヨネーズの香りがするんですか」

「いい香りだろう」

「そんなことは言ってません」

なんだかウットリしている土方先生を横目に、私はマフラーから顔を上げた。

 

 

 

「私、最初は土方先生のことすごく怖い先生だと思ってたんですよ。瞳孔開きっぱなしですし」

「ほっとけ」

眉間にしわを寄せて先生は私の隣を歩く。

 

絶対に、歩幅が違うはずなのにさっきからズレない私と先生の距離。

 

 

「本当は、すごく優しいんですよね」

笑って先生の顔を見上げると、先生は合わせていた視線をさっと逸らした。

「…んなこたねーよ」

視線を逸らした先生の顔は、さっきよりも少し赤くなっていた。

 

 

 

 

「…先生、もうすぐ卒業しちゃう可愛い教え子の我侭を聞いてくれませんか」

「そりゃあどんな我侭かによる」

「寒いので、手、繋ぎたいです」

車道側を歩いてくれている先生にそっと手を差し出す。

 

 

先生は少しの間、私の手を見つめていた。

「…俺の手だって、そんなに温かくねぇからな」

呟くように言ってから、ぎゅっと私の手を握る。

 

「温かいですよ、すごく」

繋がれた手から優しいぬくもりを感じながら、帰り道を歩く。

家まであと少し。

 

 

 

「先生、もうひとつ我侭があります」

握った手に少し力を入れて、先生の顔を見上げる。

 

「卒業しても、会いに来ていいですか」

 

 

土方先生は、ふっと笑って私の手を強く握りなおした。

「ああ。ならいつでも来ていいぞ」

そして先生は足を止めて、私と向き合う。

 

 

「そん時は、お前を””、って呼んでやるよ」

 

 

一瞬、何を言われたのか分からなくて。

少し遅れて言葉の意味を理解する。

 

 

「約束ですよ…!絶対、呼んでくださいよ!」

「ああ。もちゃんと会いに来い。卒業してからじゃねーと意味ねぇからな」

にやっと意味深に微笑む先生は、そっと私のマフラーに手を添える。

 

 

が会いに来るまで、こいつァ貸しておいてやる。ちゃんと返しに来いよ」

「はいっ!ばっちり消臭して返しに行きます!」

「なんでだよ」

 

頭に土方先生からのチョップを食らい、私たちは再び歩き出した。

大切に、マフラーを首に巻いて。

 

 

 

 

 

 

約束の貸出マフラー







(「先生!約束どおり、マフラー持ってきました!」

「早ェなオイ。卒業式昨日じゃねーか。…ったく、俺はもうの先生じゃねぇんだけどな」

「あ、えと、じゃあ…と、ととと、十四郎さんっ…!」

「っはは、顔真っ赤になってんぞ」)

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

帰り道に土方先生のマフラーを借りちゃう甘夢というリクエストでした!ありがとうございました!

学校設定だとどうしても名字・名前のネタが使いたくなりまして、盛り込んじゃいました。

甘くなるように念じましたが、甘い…んでしょうか…?(ぁ

2010/05/05