鬼兵隊の戦艦の中を、左目を押さえてぱたぱたと走る。

片目の視界で、人や物にぶつからないように気を配りながら、私は晋助の部屋の前まで辿り着いた。

 

ふう、と息を整えて部屋の扉に手をかける。

 

 

 

「しーんすけ!ね、見てこれ!おそろい!」

バーンという効果音がつきそうな勢いで晋助の部屋の扉を開けた私は、包帯が巻かれた自分の左目を指す。

 

「………」

「何そのバカにしたような目は」

 

 

ずんずんと晋助の方へ歩いていく。

ところが、なんだかフラフラしていつの間にか目の前に立つ柱にぶつかった。

 

「いだっ!な、なんでこんなとこに柱があるの!もう!邪魔!」

「柱のせいにすんじゃねーよ」

煙管の手入れをしていた晋助は、呆れたような目で私を一瞥した。

 

 

「大体どうした、その目」

「ん?別に怪我とかじゃないよ。ただ、ほら、おそろい!ってだけ」

本当に怪我をしていたら、さすがにこんなハイテンションじゃいられない。かなり痛いだろうし。

 

 

「馬鹿なことしてんじゃねぇよ」

「だって暇だったんだもん。また子も武市先輩もみんな忙しそうだし」

邪魔するのは気が引ける。

それで思いついた先が、晋助だったのだ。

 

 

「…つーか下手くそだな。幽霊みたいになってんぞ」

「し、失礼な!しょうがないじゃん、包帯巻いたことなんてあんまりないんだから」

あんまりどころか、片手で数えられるくらいしか巻いたことがない。

それも腕や足という巻きやすい部分ばかり。

 

 

「…片目ってさ、遠近感覚おかしくなるんだね」

「まぁな」

晋助は手入れの終わった煙管をすっと懐に入れる。

 

 

 

 

、ちょっとこっち来い」

ちょいちょいと手招きをする晋助の元へ足を進める。

 

 

「…どこ行くんだお前は」

「うわおっ」

ぐいっと横から手を引かれて、晋助に向かって倒れ込む。

 

「あ、あれ、そっちにいたの?」

「どれだけ感覚狂わされてんだよ」

言いながら晋助は私を自身にもたれるように座らせた。

何事かと思っていると、後ろから伸びてきた手に左目に巻かれたいた包帯を解かれた。

 

 

「あ、ちょ、せっかく苦労して巻いたのに!」

「ちょっと黙ってろ」

「…はーい」

心なしかさっきよりも低いトーンで言われて、おとなしく私は晋助の前に座り込む。

 

 

 

 

「どうせのことだ。俺と同じ視界になってみたかったんだろ」

「え」

思わず振り返ろうとすると、「動くな」と一喝された。

仕方なく私は前を向く。

 

 

「俺の見ている世界を、見たかったんだろ」

 

ふっ、と晋助の笑った息を後ろに感じて、私はぽかんと口を開けたままでいた。

 

 

同じ世界を。あなたと同じ世界を、生きたいと思った。

いつも私たちとは違うところを生きているようなあなたに、少しでも近づきたいと思った。

だからせめて視界だけでも、同じ世界を見てみたかった。

 

 

 

「…なんで、わかるの。的確すぎて逆に気持ち悪…イタタタ!ごめんなさい包帯締めないで!」

無言でギリギリと包帯を締め上げる晋助に抗議の声を上げる。

ちょ、こら、目飛び出るだろうが!

 

 

「お前がわかりやすすぎるだけだ。ほら、できたぞ」

ぽん、と背を押されてくるりと晋助の方を振り向く。

左目には、さっきよりも格段に綺麗に巻かれた包帯がある。

 

 

「同じ視界だろう。どうだ感想は」

「…きょ、距離感がよくわかんない」

周りを見渡してみても、イマイチ遠近感が働かない。

 

 

「ククッ、まあ慣れの問題だ」

「慣れるまで…柱にぶつかるなら自分が痛いだけだけど、人にぶつかったらまずいよね」

ちらりとさっき私がぶつかった柱に目をやる。

今度は随分と近くにあるように見える。うう、難しい世界。

 

 

転ばないように立ち上がろうとすると、また晋助に服の袖を引っ張られて晋助に向かって倒れこんだ。

「いったい!ちょ、何すんの!」

みてーな危なっかしい女は、ちゃんと両目開けてろ」

 

しゅるりと折角巻いた包帯を解きながら晋助はじっと私の目を見つめる。

なんだか恥ずかしくて目を閉じる。

 

 

少しずつまぶたの向こう側が明るくなっていく。

解けていく包帯と、開けていく視界。

 

 

しゅる、と包帯が解けてから私はゆっくり目を開ける。

 

 

「うおわァァ!近っ!」

目を開けると、本当に目と鼻の先というくらいの距離に晋助がいて思わず後ずさる。

 

「クク、さっきからずっとこの距離だろうが」

「嘘だ!いくらなんでもこんなに近くはなかったよ!」

どくんどくんと大きく音を立てる心臓を押さえる。

 

 

 

はちゃんと両目開けてりゃいい。片目なんかにしたら、余計に違う視界にならァ」

「う…た、たしかに…」

結局から周りか、と思ってしょげていると、不意に目の前が暗くなった。

何だろうと思って顔を上げる前に、ぽんと晋助に頭を撫でられる。

 

 

「晋助…?」

はしっかり両目開けて生きてろ」

私が顔を上げると、晋助は手を引っ込めてククッと喉で笑った。

 

 

「柱にぶつかって倒れてても、俺ァ助けねーからな」

「助けてください」

晋助なら、本当にスルーしそうだ。

 

 

そうなるくらいなら、私はしっかりこの目を開けて生きていこう。

瞳の数は違えど、あなたの見ている世界を歩んでいこう。

 

 

 

 

同じ世界を見つめて







(「柱はともかく。人にぶつかるなら俺にしとけ」「え、何で?」「……なんでも、だ」)

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

高杉ギャグ夢もしくは甘夢というリクエストでした!ありがとうございました!

高杉さんって人の心を読み取るのが上手だと思うんです。

しかし…ギャグなんだか甘なんだかわからなくなりました。最初はギャグにする予定だったのに。あれぇ。

2010/05/14