ちゃん、そろそろ上がっても大丈夫だと思うわよ。丁度客足も途切れたし」

「え、大丈夫ですか?」

「ええ。というより、もういつもの時間大分過ぎてるわよ」

「マジですか」

 

 

 

 

仕事は決めた時間で終わるべし

 

 

 

 

スナックすまいるでのバイトに区切りがついた頃。

普段仕事を終える時間を1時間以上も過ぎていたことを、お妙ちゃんに言われて気づいた。

 

「じゃ、じゃあ私はここで失礼させていただきます。お疲れ様でした!」

「ええ。お疲れ様」

にっこりと笑って言ってくれたお妙ちゃんに挨拶をして、私はひとまず奥の休憩室へ戻った。

 

 

帰る準備をしていると、コンコンと扉をたたく音がして、ひょっこりとおりょうさんが顔をのぞかせた。

ちゃん、もしかして…もう上がるとこ?」

「はい、そうですが…何かありましたか?」

 

「あーえーと。なんか指名したいって人がいるらしいんだけど…」

もう帰っちゃったことにしとく?と言いながら笑うおりょうさん。

普段ならこんな時間に指名なんてこないんだけど、と思いながらちらりとお店の入り口の方を覗く。

 

 

「………」

じっと目を凝らしてみる。

仕切られた壁の向こうに見える、銀髪。しかも天パ。

 

「どうする?ちゃん」

「…帰ったと!帰ったと伝えてください!あっでもちょっと時間稼いでおいてくださいィィ!」

がしっとおりょうさんの手を握って声を押さえながらも叫ぶ。

「う、うん。わかったわ」

そう言っておりょうさんはお店に戻った。

 

 

帰りの連絡をしなかったのがマズかったんだろうか。

そういえば今日の夕飯当番は、銀さんだった気がする。夕飯作って待っててついに痺れ切らしたとか?

…なんにせよ、早く、帰らねば。

 

 

しかしここで銀さんにバッタリ会うわけにはいかない。

「…よし」

私はぎゅっと手を握り締め、裏口へと向かった。

 

 

 

 

誰にも会いませんように、と心の中で唱えながら裏口を出る。

薄暗い路地をそっと歩いていくと、後ろからぽん、と肩を叩かれた。

 

「ひっ、ひえええええ!ごめんなさいごめんなさい!」

思わずそう言って頭を下げる。

 

「…何やってんでさァ、

 

「え…お、沖田、さん?」

顔を上げると、私以上にキョトンとした沖田さんが立っていた。

「び、びっくりした…もう、驚かさないでくださいよ!」

「おめーが勝手に驚いたんだろィ」

 

 

とりあえず今は沖田さんに構っている場合ではない。

「沖田さん!私は急いでるので、今日はこれにて失礼!」

「そうですかィ。あ、そういえば」

ぽん、と手を打った沖田さんはにやりと笑った。

 

 

「さっきそこで万事屋の旦那に会いましてねェ。すっげェ顔してのこと探してやしたぜ」

「…あははは、そう、ですか。じゃあ、私、本気で急ぐんで。じゃあ失礼します!」

乾いた笑いを残して、私は静かに走り出した。

 

 

 

 

全力で銀さんよりも先に帰らなければ。

そして「あれっ、どうしたの銀さん!もしかして迎えに?行き違っちゃった?」みたいなのを装わなければ…!

何故か知らないけど、私の門限だけ厳しいんだよね!

 

 

周りに気をつけながら、やっとの思いで万事屋までダッシュで帰った。

はぁはぁ、と切れた息を整えるように深呼吸しながらそっと玄関を開ける。

そこに銀さんのブーツは無い。

 

 

「よ、よし…!これで誤魔化せる…!」

「へえ、何をかなーちゃん」

 

ぞわっ、と悪寒が走った。

 

「ぎっ、ぎぎぎぎ銀さんっ!!?」

ばっと身を翻すと、私の背後には笑顔の銀さんが立っていた。

笑顔といっても、これは絶対、怒ってる笑顔だ。

 

 

思わず一歩後ろに後ずさろうとしたものの、がっしりと銀さんに腕を掴まれて身動きが取れなくなってしまった。

「あ、あの、ええと、連絡しなかったことは、非常に申し訳ないなーと思って…ます…」

目を合わせるのがなんだか怖くて、銀さんから視線をそらす。

 

 

名前を呼ばれて、びくりと肩を震わせる。

すると銀さんはそっと私の両肩に手を置いて、私に正面を向かせる。

 

 

「俺だってなァ、別にお前が遊んで来て帰りが遅くなったりするのはいいんだよ」

そう言って、銀さんは私の右頬をそっと撫でる。

「お前の仕事は夜中になるほど、色々、危ねぇだろ。ゴリラ一匹捻り潰せるくらいの女じゃねーといけないんだよ」

 

いやその言い方は、失礼だろう。

でも、銀さんの顔は眉間にしわこそ寄っているものの、なんだか。

 

 

「銀さん…泣きそう?」

「んなわけねーだろうが。調子に乗るんじゃありまっせん!」

ぐいっと右頬をつねられる。

 

「いひゃい!」

そう言っても私の頬をつねる手は離れない。

「とにかく!あの手の店では外が暗くなる前に帰るようにしなさい!」

そこで一息ついて、銀さんは小さく「…心配、すんだろうが」と呟いた。

 

 

するりと落ちるように離れた銀さんの右手。

「…銀さん、あの、ごめんなさい」

俯いている銀さんの顔を覗くように、下からそっと見上げて謝る。

 

すると銀さんの手が私の両目を塞ぐように添えられた。

「分かればいいんだよ。そんで今、は俺の顔を見るな」

何で、という前に私のすぐ横から声がした。

 

 

「銀ちゃん、顔真っ赤アルな」

「ブッフオオオ!」

盛大に噴出した銀さんは、私から手を離して後ずさり、玄関の戸に背中をぶつけた。

 

「痛ェ!って、神楽、てめっ何覗いてんだコラァ!」

「玄関で何やってるネ。早く夕飯作るヨロシ、お腹と背中がひっつきそうヨ」

私の横にしゃがんだままの態勢で神楽ちゃんはそう言う。

 

「わーったよ、ったく空気読めやこの酢昆布娘!」

若干うろたえる様にしながら、そういい残して銀さんはブーツを脱いで台所へ走っていった。

 

 

 

 

「…まだ、ご飯作ってなかったんだ」

ぽつりと呟くと、立ち上がった神楽ちゃんがため息混じりに口を開く。

「銀ちゃん、が帰ってくるくらいの時間からずーっとビンボ揺すりしたり家の中歩き回ったりしてたネ」

「え」

「うっとおしいったらないアル。なら大丈夫だから、おとなしく待ってればいいのに」

ネ、と言って首を傾ける神楽ちゃんの頭を撫でて頷く。

 

 

でも、そんなに心配してくれていたのか。

なんだか申し訳ない気持ちもあるけど…それ以上に、なんだか嬉しい。

…ありがとうね、銀さん。

 

 

「あ。でも本当に何かあったら、すぐ連絡するアル。私が定春と飛んでいってあげるヨ!」

「えへへ、頼りにしてるよ」

にっこり笑う神楽ちゃんの手を引いて、私は居間へと向かった。

 

ご飯ができたら、銀さんに今度はお礼を言ってみようかな、なんて思いながら。

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

連載ヒロインで甘めというリクエストでした!ありがとうございました!

…若干甘め、って感じですがこれで大丈夫でしょうか…!?とりあえず連載ヒロインには過保護な銀さんでした。

ちなみにヒロインが家に向かったことを銀さんに(イイ笑顔で)言ったのは沖田です。(ぁ

2010/05/29