高校生活の最後の一年、私は最悪のスタートダッシュを切った。
「……え、何で、Z組?」
Z組といえば、いい噂なんてほとんど聞かないような落ちこぼれ組だ。
今まで普通のクラスで生活して、何も問題なんて起こさなかったのに。
どうして、私が。
とはいっても校長室に押し入るわけにもいかず、仕方なく私はZ組で指定された席に座って伏せていた。
しばらくすると廊下からやる気の無いスリッパの音が聞こえてきた。
「ういーす…って、なんかクラス替えした感じがしねーんだけど。何なのお前ら、俺に恨みでも…お?」
スリッパの音以上にやる気の無い声が止まる。
「そこで伏せてるお前、えーと……、か?」
「…そうですけど」
顔をあげて返事をすると、自分でも驚くほど不機嫌そうな声が出た。
「うん、まあこんなクラスだし。そういう声が出るのも分かるが、運が悪かったと諦めろ。な」
運が悪かったって、これから一年間私はここで生活するんですけど。
そんなすっぱり諦められるわけがないだろう。
そう心の中で毒づいて、私の最悪な生活が始まった。
絶対に馴染むものか、私は普通に生活するんだ、流されるものか。
そう毎日思いながら過ごしていた。
けれど、その気持ちも次第に薄れていき、いつの間にか私は今までの2年間よりも笑うことが増えた。
そんな高校生活最後の一年が、今日で、終わる。
「ー!写真撮るアル!早く早く、こっち来るネ!」
うん、と返事をして教室の窓辺で手を振る神楽の元へ駆け寄る。
こうやってみんなと話すのも、今日が最後。
最後の日だというのに、泣いてる人がほとんどいない。多分、近藤君くらいだ。
「あ、退と新八!ちょっとこっち来てー!」
教室の隅で話していた二人を手招きして呼ぶ。
「どうしたの、ちゃん」
「二人とも、卒業記念にボタンちょうだい?」
そう言うと二人は一瞬きょとんとしてから、驚いたような声を上げた。
「あ、嫌ならいいよ。無理しなくて」
「ちちち違う違う!寧ろ貰ってほしいくらいだから!」
「?そう?」
あわててボタンの紐を切る二人を見ていると、隣で神楽がにやにやと笑っていた。
「いやー、良かったアルな。お前らみたいな地味男もボタン貰ってもらえて。しょうがないから私も貰っておいてやるヨ」
そう言って神楽は二人の第一ボタンを思い切り引きちぎった。
「ちょ、神楽ちゃん、痛い!引っ張ったら痛い!」
ぐいっと前のめりになった新八はボタンのあった場所をさすりながら、私にもボタンを渡してくれた。
退からもボタンを受け取り、ありがとうとお礼を言った。
「何でィ、。おめーもボタンとか欲しがる奴なんですかィ」
「あ、総悟。うーん…今まではそんなに気にしてなかったんだけど、なんか皆のは欲しいなーって」
一年前の自分じゃ考えられないほど、私はいつの間にかZ組に愛着がわいていたらしい。
「そんなら、俺のもあげまさァ。さっきまで死守してきた第二ボタンなんで、大事にしてくだせェ」
「さっきまで?」
そういえば、卒業式が終わってから銀八先生の指示で即解散して…それから姿を見てないや。
「さっきまで、他のクラスの女子に追われてたんでさァ。と同じ、ボタン目当てでね」
「マジでか。え、そんな死守したボタン貰っていいの?」
手に乗った総悟のボタンをコロコロと転がす。
「寧ろに持ってて欲しいんでィ。それに、そのボタンのために尊い犠牲が一人出たくらいでさァ」
「一体何があったの!?」
それは極秘でィと言って私の口元に自分の人差し指をそっと当てる。
いやそういうのは普通自分の口元にやるだろう。
しかし、女子に追われてか…。
Z組の男子は頭の中を見なければ、顔だけは良い人が多いもんなあ。
きっと今いない桂あたりも追われているんだろう。ってあれ、トシもいないや。
そう思って教室を見渡していると、がらりと戸が開いて銀八先生が入ってきた。
「あれ、何だお前ら。さっさと帰りてーと思って体育館出たとこで解散してやったのにまだいたのかよ」
「そう簡単に帰れるわけないネ!思い出作りは大切アル!」
そう叫んだ神楽に「あっそ」と一言返し、ふと私のほうへ目を向ける。
「お前何そのボタンの山。ボタン7つ集めたって願いは叶わねーよ?」
「願い叶えたいんじゃありませんよ。思い出作りってさっき神楽が言ったじゃないですか」
それに、山になるほどではない。
ここに来る前に先に渡されていた桂とエリザベスのボタン、それから今貰ったのを合わせて現在5つ。
「ふーん、じゃあ先生のも特別にやるよ」
「あんた生徒じゃねーだろィ」
「まったくです」
総悟と新八のツッコミを聞き流し、自分の白衣のボタンを私の手に乗せて、手ごとぎゅっと握る。
「最初はすっげーやり辛ェ奴が入ってきたと思ったが…良い顔で笑うようになったな、」
「それに関しては自分でもびっくりしてます」
少し困ったように笑うと、銀八先生は私の頭をぽんと撫でて優しく笑った。
なんだか気恥ずかしくて下を向こうとした時、バンッと教室の戸が音を立てた。
「総悟ォォ…てんめー、よくも俺を犠牲に…!」
「あれ、生きてたんですかィ土方さん」
よろよろと机に手をつきながら歩いてくるトシの制服は随分とぼろぼろになっていた。
「総悟、もしかしてさっき言ってた犠牲って…」
「土方さんでさァ」
「うわー…お疲れ、トシ」
なんやかんやでトシも顔は良いからなあ。でも、そっか。トシも女子に追われてたのか。
「てめえ、絶対シメて…って、お前何だよそのボタンの山。願い事でも叶えたいのか?」
「なんで銀八先生と同じような質問をするの」
違うっつーの、と説明を簡単にすると、トシの眉間にしわがひとつ増えた。
「お前、意味わかって貰ってんのか?」
「意味?思い出作りのため、でしょ」
ボタンにそんなに深い意味があるのだろうか。
「ああ、第二ボタンがなんとやら、ってやつ?でもアレって好きな人にのみ有効なジンクスでしょ」
「そこまでわかってて貰ってんのかよ」
ぴしっと眉間にまたひとつ、しわが増える。
「ちょ、顔怖いって。何、どうし…ひゃっ!?」
急にぐいっと腕を引っ張られ、トシの胸へとダイブする。
どん、とぶつけた学ランにボタンはひとつも無かった。
「ちょ、ちょっと…っ!?」
「あのな、そう簡単に第二ボタン貰ってんじゃねえよ」
ほとんど耳元で聞こえる声は、少しだけ呆れたような声音だった。
「ちゃんとお前が考えて、決めて、受け取れ」
何の話をしているんだろうと思うと、トシはそっと私の体を離して、ごそごそと自分のポケットをあさる。
そして、すっと私に向かってポケットから出した学ランのボタンを差し出す。
「。…俺は、お前が好きだ」
え、と声が零れる。
教室に響く声も、何も頭に届かなくなる。
「が俺と同じ気持ちなら、受け取れ。俺の第二ボタンだ。…そういう風に見れないなら」
言い終わる前に、トシの手に乗ったボタンをぎゅっと握る。
「…ありがとう。私も、トシが好きだよ!」
そう言って笑うと、トシはまた私をぎゅっと抱きしめる。今度は、さっきよりもずっと優しく。
小さく耳元で聞こえた「サンキュ」という声に、私はそっとうなづいた。
「ひーじかーたくーん。何なの、そのプロポーズみたいな告白の仕方。お前のボタンは指輪ですかコノヤロー」
不意に聞こえた銀八先生に声にびくりとお互い肩を揺らす。
あ、そういえば、ここ教室だ。
「土方さん。まさかこんな仕返しされるたァ思ってやせんでした…」
「あーいや、まて、落ち着け総悟。何で机持ち上げてんだお前」
くるりと総悟を振り返ると、頭の上に机を今にも投げんとばかりに持ち上げてにこにこと笑っていた。
「そりゃー勿論、てめーを始末するためでさァ土方コノヤロー!!!」
「げっ、、お前ちょっと避難してろ!」
とんっと神楽の方へと私の背を押して避難させる。
「てめええ!後から沸いて出て何様だこらァァ!」
「貴様ァァ!抜け駆けとは卑怯な!エリザベス、いくぞ!」
総悟を筆頭に、銀八先生と丁度教室に戻ってきた桂とエリザベスが一斉にトシに襲い掛かる。
「ふっざけんなぁぁ!フラれたのはてめーらだろうが!」と叫びながら応戦するトシに、くすりと笑った。
「、はあんなのでいいアルか?マヨラーだし、ニコチン中毒ヨ」
「あはは、そんなとこもまとめて、好きなんだよ。だから、いいの」
にっこりと笑って言うと、神楽もふわりと笑った。
「が幸せそーなら、それでいいアル。オイそこのマヨ中毒!泣かせたら私がボッコボコにしてやるネ!」
「ハッ、その前に俺らが再起不能にしてやりまさァ!」
そんな声の中、私は手の中のボタンをぎゅっと握って、トシにがんばれ、と叫んだ。
第二ボタンに込めた想い
(「あーくそ、埒が明かねぇ!行くぞ!」「えっ、あ、はいっ!」「「逃げんじゃねー!!待てェェ!」」)
あとがき
Z組が嫌だったものの、卒業式には大好きになってる鈍感ヒロイン夢です。リクエスト、ありがとうございました!
細かい指定をしていただいたので、ネタは出しやすかったのですが、とにかく恥ずかしい!
書いてる私が一番恥ずかしいですこれ!「土方コノヤロー!」は私の叫びです。(ぁ
土方ので第二ボタンが全部で7つになってたり。それでは、リクエスト本当にありがとうございました!
2010/08/12