その日の夜は満月だった。

私は万事屋のみんなに何もいわず、ひっそりと部屋を抜け出して外を歩いていた。

不思議と人の少ない道を、ただ、歩いていた。

 

 

 

第X曲 夜の散歩はお供に連れられて

 

 

 

 

…って、何やってるんだろう私。

足を止めて空を見上げる。頭上に光るのはきれいな満月と星。

ずん、と体が重くなっていくような感覚に包まれていると、突然私の背後から声がした。

 

 

「道のド真ん中で天体観測たァ、すげー度胸してやすねィ。轢いてくれっつってるようなモンですぜ」

「…沖田さん…」

ゆっくりと視線を動かして、沖田さんを見る。

なんだろう、すぐ近いところにいるのになんだか…随分遠いような気がする。

 

 

 

「何死にそうな顔してるんでさあ。万事屋の旦那にいじめられたんですかい?」

「違いますよ。銀さんは…万事屋のみんなは、そんなことしませんって」

「その割には、今日は元気がなさそうに見えるんですけどねィ」

ふむ、と考えるように顎に手を当てて私の目をじっと見据える。

 

 

「元気なことには元気なんですけど…なんか、いつもと違うんですよね。なんていうか…こう、沖田さんが遠いような…」

すっと沖田さんに向けて手を伸ばしてみる。

近い位置にいるはずなのに、手には何も触れない。

 

 

 

まるで、世界を隔てる壁の向こう側に沖田さんがいるみたいに。

 

 

 

そう思った瞬間、私の延ばした手はぱしんと音を立てて、沖田さんに力強く掴まれた。

 

「っ、おき…」

「どこへ行くつもりでさァ、

驚いて目を見開いている私にそう問いかける。

どこへ?…どこへ、行くつもりなんだろう。

 

 

答えない私の腕をぐいっと引っ張り、沖田さんは私の背中に片腕を回す。

 

 

の居場所は、ここだろィ」

 

 

背中に回した手で私の頭を自身の肩に押し付ける。

そこから伝わる温もりは、夢なんかじゃない現実のもの。

 

 

「…時々」

頭の上で沖田さんの声がする。

はどこか遠いところにいる気がするんですよねィ。まぁ気のせいだとは思うんですけど」

 

そっと私の頭に置いた手を離して、沖田さんは私の目を見る。

 

 

「勝手に消えるんじゃ、ありやせんぜ」

ぽんぽんと優しく私の頭を撫でる沖田さんの手に、そっと自分の手を重ねる。

私よりも大きな手はぴたりと撫でるのをやめた。

 

 

「私は…どこにも行きませんよ。この町にいたい、沖田さんと一緒にいたいですから」

笑ってそう言い、添えた手に少し力を入れる。

離れてしまわないように。

 

 

 

「だから今日は…もうしばらく、手を繋いでいてもいいですか?」

満月に照らされた道の真ん中には、私と沖田さんしかいない。

沖田さんはとても綺麗に笑って、ゆっくりと口を開く。

 

 

 

「お望みなら、手だけじゃなくて首輪でも足枷でも何でもしてやりやすぜ」

「それは超遠慮します」

そう言って私たちはお互いに顔を見合わせ、ふっと噴出すように笑った。

 

 

 

 

「はあ、本当ならここでユーターンして屯所に戻るつもりだったんですが…ちょっと散歩でもしやすかィ?」

沖田さんは私と繋いだままの手をくいと引っ張る。

「散歩って…見回りじゃなかったんですか?」

「こんな誰もいねーとこ見回ったって何もねーだろ」

 

確かに、今日は珍しく人っ子一人いない。

かぶき町は夜でも結構人気があるのに。

 

 

「それとも、夜中に男に連れまわされるのは嫌ですかィ」

にやりと意地の悪そうな笑みを浮かべて、沖田さんは少し屈んで私の顔を覗き込む。

「…まあ、沖田さんは一応警察の人ですから。安全は保障されてますよねー?」

「一応たァ言ってくれるじゃねーか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

せっかくだからということで、沖田さんの見回りコースを二人で歩いていた。

やっぱり不思議と今日は人気が少なく、なんだかいつもと違う夜だった。

 

 

ぐるりとかぶき町を回って、あと少しで万事屋へ到着する。

 

「なんか、送ってもらっちゃったみたいですみません」

「俺が見回りに引っ張ってっただけですぜ」

 

 

夜の町は昼間とはちょっと違っていて、普段歩いている道もなんだか新鮮な感じがした。

それに、こんなに長い間沖田さんと一緒に散歩したのは初めてだし。

 

 

「沖田さん、今日は楽しかったです」

「今日っつーか、多分もう日付変わってやすぜ」

「え」

そういえば、最初よりも月の位置が大分ずれてるような…。

 

 

「ま、だが…が楽しかったんならそれでいいでさァ」

ふっと笑って沖田さんは私に目を向ける。

「ふらふら歩いて、どっか消えちまわねーでくだせェよ」

するりと私の頬に手をすべらせて、少しだけ心配そうに目を細めた。

 

 

「え、や、もう大丈夫ですって!そんなに心配してくれなくても…」

普段が普段なせいで、少し真剣な表情をされると…なんだか、照れる。

目のやり場を探しながら視線をきょろきょろと動かしていると、沖田さんは私の顔を自分の方へと固定した。

 

 

がいなくなっちまったら、虐め甲斐のある奴が一人減っちまうだろィ」

「あーそういうことですかそうですか」

 

さっきまでの照れくささは、一気に吹き飛んだ。

 

 

 

「まあ、また夜中に散歩したくなったら俺を呼びなせェ。今度夜中に一人でいるの見たら、首輪つけやすぜ」

「うあー…沖田さんなら本当にやりかねないから怖いんですよそういう冗談」

「当たり前でさあ、冗談じゃありやせんからねィ」

…聞かなかったことにしておいた。

 

 

 

「そんじゃ、また、明日」

いつの間にか着いていた万事屋の前で、沖田さんはそう言って手を振った。

それは、これでサヨナラなんかじゃない優しい挨拶。

 

「…もう日付変わってるから、今日、ですよ!」

「揚げ足とってんじゃねーよ」

 

 

こうやってまた明日…これからもずっと、貴方と一緒に笑っていられますように。

そんな思いを込めて、私は沖田さんを見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

連載ヒロインで、元の世界へ戻るのを沖田さんに引き止めてもらう夢というリクエストでした!ありがとうございました!

甘めのリクエストだったんですが、なんだかシリアスとギャグと甘がちょっとずつ混ざった感じになってしまいました…!

実際の連載では多分、こういう話にはならない…と思うので、「もしも」の番外編としてお楽しみくださいませ。

2010/10/19