午後の授業が終わり、生徒たちは下校していく時間。
ゆるい風があたしの頬をかすめていく。
少しだけ地上よりも高い位置にいるあたしは綺麗な空を眺めていたが、下から聞こえた声に顔を向ける。
「…ちゃーん。午後の授業サボって何してんの」
「昼寝してました」
「木の上で?」
銀八先生は両手を白衣のポケットに突っこんだまま、焦点が合っているのかよくわからない目であたしを見る。
「これはですね。深いわけがあるんですよ」
午後の授業は自習だと聞いて、3Zのメンバーは皆遊びまわっていた。
教室で読書、なんて真面目なことをしているのはほんの一部だった。
あたしも最初は教室で寝ようと思ったのだが、左が土方くんで右が沖田という席の位置が位置なもので、
ふたりの喧嘩に巻き込まれる前に学校の裏庭へと避難したのだ。
そうしたら丁度いいところに脚立があり、ちょっとした冒険心が湧いた。
「ほら、よくドラマとかで木の上で寝てるシーンあるじゃないですか。あれやってみたくて」
確かに寝るには危ない場所だったけれど、風通しも日光による暖かさも良好。
おかげでしっかりぐっすり寝てしまった。
「けど、問題がおこったんです。脚立が、片付けられてまして」
「降りられなくなったってことか」
イエス!と元気よく返事をするも、銀八先生は呆れたような視線を飛ばしてきた。
「そういうわけで、先生!脚立持ってきてください!今あたしを助けられるのは脚立だけなんです!」
「普通そこで先生だけなんです!とか言うもんじゃねーの?」
そんなことを言われても、実際あたしを助けてくれるのは脚立だろう。
早く、と目で訴えていると銀八先生は不意ににやりと笑った。
「飛び下りれば早いんじゃねーの?」
「死ねって言ってるんですか、可愛い教え子に向かって」
木の幹に掴まって銀八先生を睨む。
「そんくらいなら大丈夫だろ。まあ、悪くて足の骨折程度じゃね」
「嫌です!擦りむくのも嫌です!あれお風呂入ったときすごく痛いんですからね!!」
ピリピリと痛む足を想像してより一層幹にしがみつく。
安全そうな木を選んだため、安定感は割とある。
「大丈夫だ、ならできる!」
「それはこういう場面で言う台詞じゃありません!」
こうして喋っている間にも脚立は持ってこれたはず。何をしているんだ、この人は。
「上るのは怖くなかったのに、降りるのは怖いのかよ」
「だから、上りは脚立だったって言ってるじゃないですか!下りは急降下すぎます!」
ていうか誰だ脚立を片づけたのは!と良く分からない怒りを覚えつつも下を見下ろす。
さすがに飛び下りるには少し怖い高さだ。
「大丈夫だって」
相変わらずポケットに手を突っこんだままでにやにやと笑っている銀八先生。
その自信は一体どこから出てくるんだ。
「何も大丈夫じゃないです!急降下は却下です!」
「でもなー、ここから動くのもったいねぇんだよなー」
何の話だ、という視線を向けていると銀八先生はあたしの目を見て口を開く。
「、お前パンツ丸見え」
「え、はァァァ!?」
思わず叫んだ。その瞬間、ぐらりと傾く体。
「っ!!!」
人間、あまりにも怖いと声も出ないものなのだ。
重力に引っ張られる体と、その先に起こる出来事を一瞬のうちに想像してぞわりと背筋が冷える。
銀八先生の目が一瞬ぎらりと光ったのを皮切りにぎゅっと目を閉じ、次に来る衝撃を想像していた。
どんっ、という衝撃は想像していたよりも遥かに柔らかい。
「…っ、え…?」
いつの間にか息を止めていたのだろうか、こぼれる呼吸が荒い。
「ほら、大丈夫だって言っただろ」
視界は真っ暗だが、ふわりと香る飴のような甘い香り。
あたしの体に巻きつく男の人の腕。
「せ…んせい…?」
あたしの頭は銀八先生の肩に埋まるうように押さえつけられている。
少し身を捩ってみると、あたしの頭を押さえる腕の力は少し和らいだ。
「があんな台詞で動揺するくらい単純な奴でよかったよ」
間近でいつもと同じ死んだ魚の目で笑う銀八先生に言い返すほど、あたしの頭は落ち着いていなかった。
少しずつ落ち着いてきた心臓の音に、深呼吸をする。
「先生、もう大丈夫ですから。腕、離してくださいよ」
「……」
聞いているのかと銀八先生の方へ少し顔を傾けると、ふわふわの髪があたしの頬をかすめた。
あたしの肩に顔を埋めているのか、銀八先生の顔が見えない。
「ええと…受け止めてくれてありがとうございました、でも落ちた原因は先生ですからね!」
身動きが取れないまま、少しだけ両手で銀八先生の胸を押してみる。
「…悪ィ」
「え」
そんな、素直に謝られると、なんだか調子が狂う。
「あ、いや…でも木に登ってたあたしも悪いわけですから、まあ、その…」
「まだ、離したくねぇ」
え、という声が再びこぼれた。
あたしの声に反応したのか、銀八先生はあたしの頭を押さえる手を緩め、困ったような笑顔で視線を合わせる。
「は怪我しなくてよかったかもしれねーが、俺は駄目だったな。骨折どころじゃねーや」
さっきまであたしの髪に触れていた手が頬へと移動する。
「俺ァお前に…に落ちてから、もう全身骨抜きなんだよ」
どくんと心臓が再び大きく鳴った。
こんなのは、きっと吊り橋効果だ。先生みたいな駄目な大人に、ときめくなんて、そんなばかな。
そう思いながらも、あたしは困ったように笑う銀八先生の白衣をぎゅっと掴んだ。
「あたしだって、無傷じゃないです。足も手も痛くないですけど、心が痛いです」
そう言うと銀八先生は驚いたように目をぱちぱちと瞬かせ、ふっと笑った。
「んじゃ、俺が責任とって治るまで傍にいてやるよ」
「…なかなか治らないかもしれませんよ」
「いーぜ。いつまででも付き合ってやる」
覚悟してくださいよ、と小さく言ってあたしは銀八先生の首に腕を回す。
ああ、と優しく言った先生の顔は見えなかったけれど、きっと笑っていたんだろう。
落下地点
(「落ちるなら俺のとこにしとけよ」「もう上りません」「ばーか、木だけじゃねーよ。どこから落ちても受け止めてやる」)
あとがき
3Z銀八先生で告白までの夢というリクエストでした!ありがとうございましたー!
告白まで、というリクでしたが、あんまり銀八先生が告白してる場面を想像できなかったので、
曖昧な感じの台詞になりました。きっぱり「好き」って言うんじゃなく、分かりにくいよ!っていう言い方を
してくるのが先生な気がしてしまって…!
つかの間のヒーロー的な先生にときめいていただけたら幸いです。では、リクエストありがとうございました!
2011/01/08