「ぜぇはぁ…」
猛ダッシュで会場から、というか王子から逃走してきた私は、いつのまにか庭のようなところに来ていました。
「…はぁ…どこよ、ここ…」
ここはお城。この町で一番土地が広くて…金持ちで…。
って違う!そういうことを言ってる場合じゃない!
「…どこから、きたっけ…」
辺りを見回しても、広がっているのは庭。
噴水の水音と、風の音しか聞こえてこない。
そのうえ、きたときは夕方だったからまだ周りがよく見えたものの、もうすっかり空は真っ暗。
「…えーっと…」
迷子になったら動くな、とは言うけれど…王子に見つかったら確実に首が飛ぶ。
わお、なんてバイオレンス。
「…っていうかほんと、誰かぁー…帰り道、帰り道を教えてぇぇー…」
私の声は、むなしくこのだだっ広い綺麗な庭に響く…はずだった。
「なんだ、もう帰っちまうのか?」
「…!」
知らない間に俯いていた顔を上げると、そこには銀さんがいた。
「なんだ。泣いてねーじゃん。泣いてたらこう、かっこよく慰めるとかできたのによォ」
ちぇー。と呟いて頭をかく銀さん。
…なんだろうなぁ、この人見てると不安とかなくなっちゃうんだよね…。
「そう簡単には泣かないよ。っていうかなんでここに?」
「んー…そうだな、運命の引き合わせ的な?赤い糸的な?」
「よーし、帰り道探すぞー」
「ごめんなさい俺が悪かったから!帰るな!」
「あれから色んなヤツにの目撃情報聞いて、やっとたどり着いたわけ」
「そっか…っていうか私打ち首にされないかな」
一番心配なのはそこだ。
「心配すんな。そうなった時は俺がアイツを殺してやりまさァ」
「…ってあんたぁぁあ!!え、えーと、名前何だっけ」
突然目の前に現れた人をビシッ、と指差して固まる。
「まだ会って一日もたってねーだろィ。忘れるの早すぎじゃね?」
ばさばさとマント…っていうかコート?を風になびかせながら立っているその人は
思いっきりあきれた顔をしている。
「なんだ。お前あのサディスティック魔法使いと知り合いなのか?」
「ん?うーん、まぁ知り合い…かな。っていうかそんな長い名前だったっけ…」
「…総悟でさァ」
「それはともかく…、よくやってくれやしたねィ。上出来でさァ」
「え?何が?」
さっきと打って変わって、総悟さんはにやにやと楽しそうな笑みを浮かべている。
「王子に思いっきり回し蹴り食らわせてくれただろィ?」
「思い出させないでくれる?今それですっごい悩んでるんだからさぁ」
私の顔が引きつるにつれて、総悟さんの笑顔はとっても清々しいものになっていく。
…くそっ、こいつ…!
「あーはいはい。あんまりを虐めないでやってくれるー?」
ざっ、と私を背にかばうように前に出る銀さん。
「別に俺ァお礼を言いに来ただけですけどねィ」
わざとらしく両手を上げて降参ポーズをとる総悟さん。
「いやぁ、今でも思い出すと笑えまさァ、あの王子のびっくりした顔…くくっ」
…思い出すと?
「ちょ、ちょっとあんた!あの時いたわけ!?」
「ええ。バッチリ見てましたぜィ」
けろり、と当然のように答える魔法使い。
「じゃあ助けてくれればよかったじゃん!魔法使いでしょ!?魔法で、こう、どーんと!」
「いやぁ、あんたの逃げる姿もこれまた笑えて…」
目をすっとそらして笑いをこらえる魔法使い。
…こいつ、ほんと…むかつく!!
「つーかこの舞踏会開くようにしたの、おめーだろ」
私の前に立っていた銀さんが、意外な言葉を紡ぐ。
「…え?王子じゃなくて?」
「へぇ。さっすが旦那。知ってたんですかィ?」
「お前は基本、自分がおもしろいことしかしねぇからな」
「最初は王子に嫌がらせするだけだったんですけどねィ。どーせなら盛大にいこうかと」
話を聞くと、どうやら王子…のお父さん?に王子の結婚話を持ち出して、
さすがにお父さんには逆らえない王子はしぶしぶ舞踏会をひらくハメになった。
催し物がさほど好きではない王子にとって、これは結構苦痛…らしい。
「…じゃあ町の人は皆あんたの嫌がらせに協力させられてた、ってこと?」
「そうですぜィ。いやー楽しかった。町の人全員俺の手の上で踊ってるようなもんですからねィ」
そう言って魔法使い、総悟さんはくくっと喉で笑った。
…こいつ、銀さんが言ってたとおり、サディスティック魔法使いだ…!
「おめーの所為で仕事が増えただろうが!」
「普段は城なんて人来ないからサボってますもんね旦那」
「……さ、さぼってなんかねぇよ」
目線をすすっと斜め上にそらす銀さん。…さぼってるな。
「ま、今回は少しだけ感謝してるぜ」
「うっわ。旦那に感謝されるなんて気持ち悪ィ」
「気持ち悪い言うな。…こいつに出会えるきっかけをくれたんだ。少しは感謝してるさ。少ぉぉぉーし、な」
ぐいっ、と肩を引き寄せられる。
「…って私!?え、何で!?」
「いやぁー銀さんはのあの見事な回し蹴りに惚れちゃったよ」
「しかもそっちか!!」
いい加減忘れたいのに。
この人たちは皆ドSのようです。
忘れる?…えーと、なにか重要なことを忘れてるような…。
「…あ、ああああ!!兄さんたち!!やばい、留守番してるって言ったのに…こんなに遅くなちゃった!」
しかもお妙ちゃんと神楽ちゃんも置き去りに…!
「それなら心配いりやせんぜ。の兄共は家に帰ってぐっすり寝てるはずでさァ」
「…魔法で?」
「魔法で」
…なんて便利な。
「で、でもお妙ちゃんと神楽ちゃんは…」
「女共は『ちゃんなら大丈夫よね』とか言ってまだ城満喫してますぜィ」
「うっわぁ。まったく心配されてないのもちょっと痛いわ…」
「うーん、そっか。じゃあ私そろそろ帰ろうかなぁ」
「んじゃ俺が家まで送ってやるよ」
帰り道わからねぇだろ、と言って私の手を握る銀さん。
「俺もそろそろ帰りまさァ。嫌がらせはまた今度作戦を練り直して…」
「そーか。お前らグルだったわけか…?」
闇夜に響く、低い声。
「うわわわわ…」
ゆらり、と刀を抜き身で持って現れたのは、忘れたいのに忘れられない、王子。
「ありゃりゃ。見つかっちまいやした」
「総悟…主犯はてめーだな…今日こそは叩き斬ってやらぁ!!」
…あれ、標的が違う。私じゃない…!
「…銀さん、逃げませんか」
「奇遇だな。俺もそう思ってた」
ぼそぼそと小声で話し合う私達。
「オイおめーら、それはねーだろィ」
「大丈夫だって!魔法でなんとかなるって!」
そろりそろりと後ずさりながら言う。
「それじゃ!頑張れ!」
「死んだら葬式くらいやってやるからな!」
そう叫んで、私と銀さんはまたも猛ダッシュで走り出した。
夜の静かな庭は、一気に明るい雰囲気の…戦場を私達は後にした。
戦線離脱!勝手にしてよね!
(スーパーの安売り戦場だけで十分!命まではかけたくないんだってば!)
あとがき
どんどんシンデレラから遠ざかっていきますねこのお話。
2008/1/20