「よし、いくわよちゃん神楽ちゃーん!はいっ!」
「ナイストスですお妙さん、はいっ!」
「よっしゃああ任せるアル!ホアタァ!!」
第S曲 夏の海の思い出
バァァンと音を立てていびつに歪んだビーチボールが砂浜に叩きつけられバウンドし、海辺の岩にぶつかった。
「…やりすぎちゃったアル、てへっ」
「源外さんに強化版ビーチボール作ってもらったことを今本気で感謝してる」
「そうね」
暦の上では残暑に入り、海も夏真っ盛りの頃よりは人が少ない。
丁度依頼もなく、お妙さんも仕事が休みだったのでみんなで海に遊びに来たのだ。
「ってお前らァァ!あぶねーだろうが!」
「一般の人が今のでかなり逃げましたよ」
砂浜でビーチパラソルの下、うちわで顔を仰ぎながら銀さんと新八くんは荷物番をしてくれている。
パーカーを羽織ったまま暑さでだらりと体の力を抜いている銀さんの横で新八くんが水筒のお茶を淹れていた。
「てへっ」
「可愛くねーんだよお前がやっても」
いや神楽ちゃんは十分可愛いよ、と思いながら岩場に一番近い私がビーチボールを拾いに向かう。
こっちの世界にトリップして、こんなふうに普通な日常を送る事ができるなんて最初は思っていなかった。
色んな事件に巻き込まれ…いや、半分は自分から突っ込んだことだけど。
「お、っと…」
ずぼっと急に深くなった足場に驚きながら岩に手をつく。
こうやって水辺の事故が起きるんだろうな、なんて膝まで海水に浸かった足元を見ながらボールを手にする。
ふっと自分の影が見えなくなる。
顔をあげると、ぽつりと海水ではないしずくが頬に当たるように落ちてきた。
「え、うそ、さっきまで晴れてたのに」
これは早く戻らねば。
そう思った時、私の頭からは足元が不安定だという事実がすっぽりと抜けていた。
「ぶわっ!!」
がくんと崩れる体。手からすり抜けるビーチボール。
けして深いわけではないのに、荒れてきた天候と普段と違う体への抵抗に頭がパニックになる。
ちょ、まって、落ちつけ、落ちつくんだ私っ!!!
「…、、おい!」
ぺちぺちと軽く頬を叩かれる感覚で目を覚ます。
え、目を覚ます?
「えっなにこれ何処…ごほ、げほげほげほっ」
気管が詰まるような感覚、水を飲み損なったような感覚に襲われ咳と共に声が掠れる。
「あー、やっぱ海水飲んでたか。吐いとけ吐いとけ」
背中を擦られながらげほげほと咳き込み、やっと息ができるようになった。
「はああ……、苦しかった。ってここ、どこ?みんなは?」
小さめの洞窟のようなそこは周りを岩に覆われ、唯一の出入り口の先に見えるのは青い海を暗い空。
そこには私と銀さんしかいない。
「さあ?」
「………」
とんでもなく不安になる言葉が返ってきてしまった。どういうことなの。
「言っとくけどな、お前が溺れてんの見つけてとりあえず陸地、って思ってここまで連れてきてやったんだぞ」
「あ、それは御世話になりました…ありがとうございます」
手ごろな岩に横並びに座って私は銀さんに頭を下げる。
「急に天気が崩れてな、今は曇ってるだけだが…あぶねーからはそこでじっとしてろよ」
「銀さんは?どこ行くの?」
私はそっと腕を擦りながら首を傾げる。
「ちょっと奥を見てくるから、そこで待っガフッ」
ゴンと痛そうな音がした。
顔だけ後ろを向くようにして歩いていた銀さんは見事に目の前の岩に激突した。
「いっでええええ!つーか狭っ!えっこれ洞窟系じゃないのかよ!」
「ただ岩に囲まれた場所って感じだね」
すごすごと戻ってきた銀さんは再び私の横に座る。
砂がぱらぱらと落ちる音が岩に当って反響する。
「…えと、あ、寒くねーか?つーかあれ、これ着とけよ」
あれこれとアバウトな物言いに首を傾げると、銀さんは徐に着ていたパーカーを脱いで私の肩にかけた。
「大丈夫だよ、別に寒くも…」
「いーから着とけ。ほら、あれだって、その…」
がりがりと頭をかいたり指で地面をトントンと叩いたりして言葉を濁す。
何が言いたいのさ、と尋ねると
「…ッ、目のやり場に困ンだよ、察しろこのばか!」
「………あ、わ、えと……うん」
うんって何だ私ィィィィ!!!
気まずい!超気まずい!えっだって一緒に住んでるんだよ?私と銀さん一つ屋根の下だよ?
ほら、こんなん万事屋じゃよくある光景じゃないか!
ソファで横並びに座ることだってよくあるのに、なにを、何を気にしているんだ私は!!
「っだぁぁぁ!何か喋れよ!!無言とか余計になんかアレだろうがぁぁぁ!!」
先にしびれを切らしたのは銀さんだった。がっと左右の二の腕を掴まれ視線が交わる。
しかし私も限界である。
「喋るっていったって何を喋れというの!こんな状況で喋ったらその、全部アレな感じに変換されるじゃん!」
「アレってなんですかー!?あっちゃんもしかして変なこと考えてた?やらしーなー!」
「なんだとおおおお!銀さんこそ目のやり場に困るとか何よ!どこガン見してんの!」
口火を切ったように騒ぐ私たち。
その声をかき消すほどのドゴオッ、という轟音が岩場に響き、共に周りの岩が微かに揺れた。
「…え、なに今の」
「しらねーよ」
「向こう…奥から聞こえた気がするんだけど」
そう言って銀さんの背中の方をそっと指差すと、くるりと銀さんもそちらに顔を向ける。
ダンッダンッと連発して響いてくる音。
「ちょ、まって、何なの…」
ぎゅっと腕にしがみつくと、銀さんは私を庇うように背に隠して岩場の奥をギッと睨む。
「ほあっちゃあああああ!!!!」
聞き覚えのある声と共に、粉々に崩れ落ちる岩と差し込む薄い光。
「…か、ぐらちゃん…?」
声の主であろう人の名前を呼び、銀さんの後ろから顔を出す。
「大丈夫アルか!」
「見つかってよかったわ」
「怪我はありませんかさん!」
「俺の心配は」
口々に叫ぶ、一緒に海にきたメンバーの神楽ちゃんとお妙さんと新八くん。あと銀さん。
ほっとして力が抜けた所で、銀さんが「おっと」と呟いて体を支えてくれた。
「砂浜から繋がったところに、こういう岩場がたくさんあってね。全部私と神楽ちゃんで破壊して探してたの」
恐ろしい事をさらりと言ってのけたお妙さん。新八くんの顔が少し青ざめたのは見なかったことにしよう。
「見つかってよかったネ、もう大丈夫ヨ!」
「神楽ちゃん…ありがとう、お妙さんも新八くんもありがとう、ごめんねこんなことになっちゃって」
折角皆で遊びに来たのにと零した言葉に、気にしなくていいですよ無事で何よりですと言ってくれた新八くんが天使に見えた。
「ったく、いいとこ全部持っていきやがって」
後ろからぽんぽんと頭を撫でてくる銀さんの顔を見上げる。
「別にまた来年も来ればいいだろ」
ニッと笑って言う銀さんに控え目に尋ねる。
「ら…来年もいて、いいの?」
万事屋に、居候してていいのかという思いを込めるとその場の皆が顔を見合わせてにこりと笑った。
「もちろん!」
結局平和な休日ではなくなってしまったけれど、私の世界じゃ味わうことができない休日になった。
でも来年は、今度こそ平和に、みんなで遊びたいな。
あとがき
「連載ヒロインで万事屋・お妙さんで海に行き嵐に巻き込まれる夢」というリクエストでした!ありがとうございました!
それにしても嵐どこいった状態ですみません!あっあと水場で遊ぶ時は気をつけてくださいね!←
みんなでワイワイな浜辺シーンを楽しんでいただければ幸いです!
2012/09/16