、いま手は空いてるか?」

「あ、土方さん。はい、丁度お洗濯が終わったところです!何かお仕事ですか?」

「なら丁度良い。ちょっと来てくれ」

 

 

 

第If曲 黒の絆

 

 

 

 

土方さんの後ろをついて歩きながら、ここ、真選組屯所の中を改めて見回す。

あくびをしながら刀を振るう隊士の人たちを見て、改めて私はこの世界の人間ではないのだと心で呟いた。

 

 

そう、私は突然この世界に来た…いわゆる異世界トリップしてしまったのだ。

どうやってここまで来たのかは分からないけれど、真選組屯所の前に倒れていた所を近藤さんに保護された。

行く当ても帰る当てもなく、途方に暮れていたところに近藤さんが屯所に住んだらどうだと提案してくれた。

 

初めは男所帯ということもあって、私も遠慮したし土方さんもやめた方がいいと言っていたけれど、

このままだとダンボールハウスが決定してしまうので、近藤さんの言葉に甘えて屯所に住まわせてもらうことにしたのだ。

 

 

 

 

 

 

それから数日。

まだたまに屯所の中で迷子になるけれど、少しずつこの世界での生活にも慣れてきた。

 

 

「近藤さん、連れてきたぞ」

「おう!早く入れ入れ」

部屋の戸越しに近藤さんの声を聞いて我に返る。

そういえば、なんの用事なんだろう。悪い用事じゃありませんように。

 

 

「失礼します」

戸を開けて中に入るとニコニコした近藤さんが手招きをしていた。

 

、今日はお前に渡すものがあるんだ」

なんだろうと思っていると土方さんが大丈夫だとでも言うようにぽんぽんと背中を押す。

こくりと頷いて近藤さんの前に座ると、笑顔で紙袋を手渡された。

 

 

「これって…服、ですか?」

袋の口から見えたのは黒い布生地だった。

「おう!とっつあんと俺で相談して、にも真選組の隊服を作ってやろうってことになってな!」

「え、えええ!?でも私、居候の身ですし女中みたいなものですし…!」

本当に良いのだろうかと慌てていると、廊下の方から別の人の声が飛んできた。

 

 

「貰ってくれねーと、サイズ測った俺の努力が水の泡になっちまうんですけどねィ」

 

 

声のした方を振り返ると沖田さんが腕組をして戸に凭れるようにして立っていた。

「お、沖田さん…って待ってください今聞き捨てならない台詞が聞こえましたよ!え、測ったって、え!?」

そういえばそうだ、私は服のサイズを申告した覚えはない。

 

が寝てる時にちょっと。いやー、起こさないように測るのは難しかったんですぜィ。それにしてもお前意外と」

「わあああああ!!忘れてください!今!!すぐに!!!」

善からぬ事を口走ろうとした沖田さんの元へ反射的に駆けだし、バッと口を手で押さえる。

 

 

「女中だろうが居候だろうがはもう俺らの仲間で、家族だ。というわけだから、貰ってくれると嬉しいんだがな」

駄目だったか、と眉を下げて笑う近藤さんにぶんぶんを首を横に振る。

「…いえっ、嬉しい、です!」

「つーことで、一応サイズ合ってるかチェックするんで隣の部屋で着てきてくだせえ」

三人にお辞儀をしてから、沖田さんが指差した近藤さんの隣の部屋へ向かう。

 

 

 

 

 

がさりと紙袋から取り出した隊服は、みんなと同じ黒の衣装。

私のはカッターシャツとベスト、そして羽織の上着。それに膝より少し上の丈のスカートだった。

 

「てめえ総悟!俺は服のサイズ聞いて来いつったんだよ誰が測ってこいっつった!」

「似たようなもんじゃねーですか」

ドキドキしながら袖を通していると、隣の部屋からそんな声が聞こえてきた。

その声にくすりと笑いながら皆と同じ隊服を身に纏い、近藤さんの部屋へ戻る。

 

 

 

 

 

 

口喧嘩では済まなかったのか、取っ組み合い状態になっている土方さんと沖田さんにも聞こえるように少し声量を上げる。

「あ、あの!着てみたんですけど、どうでしょうか…?」

ぴたりと動きを止めた二人。近藤さんもぱちぱちと目を瞬かせる。

 

 

 

「おおお!なんだか雰囲気が変わるな、似合ってるぞ!」

ぱあっと笑顔でそう言ってくれた近藤さんにお礼を言って胸をなでおろす。

 

「それにしても本当にサイズぴったりなんですけど、怖いくらいぴったりなんですけど」

「だから測ったって言ってんだろ」

「正確すぎるって言ってるんですよ、ちょ、ほんとサイズ忘れてくださいよ」

知られていること自体恥ずかしいのもあるが、後々それを種に揺すられそうで怖い。

人質ならぬ物質をとられた気分だ。

 

 

 

「トシも何か言ってやったらどうだ」

土方さんの肩に手を置いてにこりと笑う近藤さん。

「っ、や、なんつーかあれだ、よく似合ってるぞ」

視線をあちこちに飛ばしながら、頬をほんのり赤く染めて言われると私の方が恥ずかしくなる。

ありがとうございますと言う声は上擦っていなかっただろうか。

 

 

「何まで照れてんでさァ。しっかし、やっぱもうちょいスカート短くてもよかったんじゃないですかィ」

「テメーはさっきから何考えてんだ、うちは風俗じゃねーぞ」

まったくである。

立ったりしゃがんだり、そういう動作の多い仕事上スカートが短かったら大変なことになってしまう。

 

 

「へいへい。ムッツリ土方さんはおいといて、見回りでも行きやしょうぜ

「えっ私がですか?」

沖田さんにぐいっと手を引かれて体が少しつんのめった。

私は隊士じゃないし、何かあっても戦力外だ。

 

 

「だれがムッツリだ!大体お前、この前の仕事の報告書は」

「いってきやーす」

土方さんの声を盛大に無視して私を引きずるようにして部屋を出ようとする沖田さん。

引っ張りだされる前に近藤さんを振り返って、隊服ありがとうございましたと叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まだ後ろから聞こえてくる土方さんが沖田さんを呼びとめるというか叱る声を軽やかに無視して歩き続ける沖田さん。

「あの、見回りってこの恰好でですか?」

真選組は男しかいないこともあって、こんな恰好で町に出たら好奇の目で見られるのではないだろうか。

 

「これからはそれが私服みてーになるんでさあ。今見らるも後で見られるも、結果は変わりやせん」

「それは…そう、ですけど」

まだ心の準備が、と小さく呟く。

 

 

「大体、見せびらかしに行くわけじゃありやせんぜ」

「え?」

それ以外に何の目的があるのだろう。

 

 

「見せびらかすんじゃなくて、牽制でさァ。は真選組の一員だ、ってな」

真選組の一員。

その言葉にどくんと心臓が鳴った。

 

 

「それと」

続きがあるとは思っておらず、え、と間抜けな声が出る。

 

 

に手ェ出したら俺が直々に100倍にして返してやりますぜってことのアピールも、な」

「……」

台詞だけだとなんだか優しい気がするけど、顔が、とてつもなく楽しそうな笑顔だ。

悪戯を思いついた時のような、そんな笑顔。

 

 

「待ってください、それ好奇の目で見られることは無くなっても恐怖の目で見られることになるじゃないですか!」

折角できた町のお友達が離れちゃうじゃないですか、と叫ぶ声も沖田さんは軽く流して真選組の門へと足を進める。

 

「いやー、これから楽しくなりそうですねィ」

「楽しいのは沖田さんだけじゃないですかァァァ!!!」

 

 

既に門の見張りの隊士の人の目が見開かれぱちぱちと瞬きが繰り返される。

ああもう、どうあがいても私に平和な日々なんてこないみたいです。

 

 

 

そう。平和なんて言えない、波乱万丈で困惑ばかりの、楽しい日々が始まっていく。

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

「連載ヒロインでトリップ先が真選組のIF夢で逆ハー沖田オチ」というリクエストでした。ありがとうございました!

真選組にトリップしても楽しそうだなあと思っていたので、リクエスト頂けて嬉しかったです。

序盤のあたりを想像して書いてたので、糖度は低めになってしまいましたが楽しんで頂けたら幸いです!

2012/10/07