久しぶりに万事屋には人影がふたつしか無い。
俺と、の二人分だ。
キュッと風呂のシャワーを止めて髪を拭きながら浴室を出る。
どうすんの?どうすんの俺。
ニヤけそうになる顔を抑えて鏡の前でいつもの表情に戻し、寝巻に着替える。
昼間はなんとも思わなかったけど夜ってやっぱそういう気分になっちまうもんだな。
さてあとはあいつをその気にさせるだけか。
なんて心中じゃ年甲斐もなくどきどきしながら居間へ戻ると、それどころじゃなかった。
「何してんのお前」
「んあ、銀さん…」
自分の両腕を擦りながらちらりと俺の方をとろんとした目で見る。
「いや、なんか今日寒くない?」
「いや俺は風呂あがりだし寒くねーよ。つかお前だって風呂出たばっか…」
ぎゅっと袖を限界まで引っ張っているのこの状態。まさか。
「おい、ちょっと顔上げてろ」
大人しく言う事を聞いて顔を上げたの額と首筋に手を当てる。
…あっつい。
「完全に風邪引いてるじゃねーか!とりあえず布団布団!」
「お布団敷くのなら」
「は大人しくしてろ!」
居間のソファから立ち上がろうとしたの肩を抑えてソファに逆戻りさせる。
今動いたら倒れかねないだろこいつ。
小さく頷いたを後にして和室に二人分の布団を敷く。
さっきまで浮かれてた自分を殴りてェと思いながら。
「銀さーん、やっぱ手伝うよ…」
「うわああーッ!な、おま、何やってんだ動いて大丈夫なのかよ!?」
「むう…そこまで重症じゃないもん…」
眉間に皺をよせて俺を睨むも、その威力はいつもの3分の1も無い。
「なら、重症になる前に治すこった」
和室の戸につかまって立っているの手を引いてやると簡単に体ごと倒れ込んできた。
既にうとうとしかけているの背に腕を回し、もう片方を膝裏に添えて横抱きにする。
いつもなら何すんの、とか言って暴れる奴がこうも大人しいとさすがに調子が狂うというか不安になる。
とりあえず布団に寝かせて一息つく。
「体温計とタオルと、あと要りそうな薬取ってくるから、大人しく寝てろよ」
「ん、了解…」
戻ってくる前に寝ちまうんじゃねーかと思いながら和室を出て、ダッシュで体温計を取りに行く。
引き出しから出す時に他のものも飛び出た気がするけどソイツはまあ後だ。
薬は…痛み止め?解熱剤?あーもういいやとりあえず全部持ってくぞ。
おそらく新八あたりが整頓したのであろう、綺麗に収納された薬の箱を鷲掴んで和室へ戻る。
「おかえりー」
「寝てなかったのか」
「だって銀さんうるさいんだもん」
誰のためだと思ってんだコノヤロー。
布団は温かいのか、さっきよりは調子が戻ってきているの額に手を当て、そっと撫でる。
やっぱりまだ熱いな。
「ほら、体温測って…薬は好きなの飲んどけ」
「好きなのって」
困ったように笑いながら弱々しいツッコミを返して上半身を起こす。
しばらく薬に迷っているとピピッと体温計が鳴った。
もそもそと自分で体温計に表示された数値を見て「うあー」という気の抜けた声を出す。
「ちょっと、熱あるみたい。微熱ってやつかなあ」
見た感じでは微、どころではない気がするのだけど。
本人が言うならそうなんだろう。
「ひ、っくしゅ」
「まだ寒いか?」
「や、今のは、ただ出ただけ…」
ずびっと鼻をすすりながら両手で顔を覆う。
「ったく、こんな優しい銀さんは今日だけだかんな」
の横から移動して真後ろに座りこみ、ぎゅっとその熱い体を抱きしめてやる。
頭だけじゃなくて全身ぼっかぼかじゃねーかコイツ。
「ふあ、銀さん、そんなにひっつくと風邪うつっちゃうよ」
「うつんねーよ」
たぶん。
「ん、でも銀さん体はあったかいけど手は冷たいんだね…」
「あー…寒い、か?」
「ううん。こうすると、いい感じ」
ぽて、と俺に凭れかかったままゆるゆると俺の手を自分の額へ運ぶ。
あっやべっ。これは、この状況は、俺の方がやべえ。
「眠くなってきちゃったかも…」
「ねっ、寝るなら薬飲んでからにしなサイ」
「なんで声上擦ってるの?」
「聞くんじゃねーよ察しろ」
と言っても今のの頭じゃ察するのも難しいだろうけどな。
いいや、やっぱ気付くな察するな。
「ってコラ、目を閉じるなその前に薬飲んどけ」
「うー…」
ちらりと布団の横に散らばる薬の箱に目を向けて、また布団へ視線を戻す。
「…お前薬飲みたくなーいとか言うんじゃ」
「言わないよー!そんなお子様じゃないもん、ただ、どれがいいかなって説明書き見てるとさ…」
適当に薬の箱を取って裏面の用法用量の項目に目を通す。
「読んでるうちから頭がふらふらしてくるんだよ…」
市販薬の箱に印字された小さい文字を放り投げて再び俺に凭れかかる。
「まあその気持ちは分からんでもないけどな」
箱を拾い上げて印字に目を通す。
痛み止め、頭痛薬、胃薬、解熱剤…適当に持ってきたからほんと色んなもんがあるな。
あっこの胃薬使用期限切れてんじゃねーか。
「今のの状態からすると、痛み止めより解熱剤の方がよさそうだし、これ飲んどけ」
「お薬は適当に飲んじゃだめなんだよ」
「市販薬なんざそんな強い薬じゃねーし大丈夫だって」
…たぶん。よほど症状から外れたものじゃない限り、大丈夫なはず。
「ほら、銀さんを信じなさいっ!」
粒状の薬をの手に出してやると、大人しくぱっと口に薬を含んだ。
「んー」
水取って、とでも言っているのだろう。
少し離れた場所にあるコップを指差して唸る。
「はいはい、じゃあちょっとこっち向いて」
「ん?…んっ、うっ!」
の腰に手を回して上半身を俺の方へ向けさせる。
そのまま俺はコップの水を口に含み、そのままの口へと流し込む。
逃げようとするの後頭部を抑え込んでぐっと顔を押しつけた。
「っ、は…っ、ふ、しぬかと、おも、った、よ!」
「あれ。タイミングずれたか」
肩で息をしながら涙目で俺を睨むが、もはや威嚇の力なんてこれっぽっちも無い。
むしろもう一回してやりたくなる顔だ。
「明日っ、風邪悪化したら、銀さんのせい、だからね!」
「そん時はもう一回同じことしてやるよ。今度は解熱剤と痛み止めの2回セットだな」
喉元をそっと撫でてやりながら言うと、絶対治す、と小さく零した。
「薬も飲んだし、もう寝てもいいぞ」
「…うん。でも、なんか近くない?」
もそもそと俺もに寄りそうようにして布団に入る。
ぴったりくっつけて布団敷いてよかったなァ。
「ひっついてて欲しいんだろ。なあ」
いつからか忘れたけれど、握られたままの片手を軽く上げてやる。
「……風邪、うつっても知らないからね」
ずぼっと布団に潜り込んで俺の胸元に顔を埋めたの髪をそっと撫でる。
「うつんねーよ。それより早く寝た寝た」
言いながら握られた手をぎゅーっと握り返してやる。
「…おやすみ、銀さん」
「ああ、おやすみ」
すぐに聞こえてきた寝息に安堵の息を吐いて俺も目を閉じた。
早く元気になあれ
「はーっはっはっは!見ろよ!だから言っただろ俺は風邪なんか引かねーって!」
「そっか銀さん馬鹿だもんね」
「看病してやったのにこの言われ様は一体何」
あとがき
「風邪をひいたヒロインで銀さん甘夢」のリクエストありがとうございました!
甘いと言うかほのぼのに近い甘さに落ちついたかなあと思います。
これから風邪の多い季節になりますので、お気をつけてくださいね!
2012/10/28