綺麗な夜空の下、ふわりとスカートを翻して誰もいない世界を駆け抜ける。

何処へ向かっているのか、そもそも目的地はあるのかも分からないまま冷たい風の中を走る。

すっと息を吸って目を閉じた時だった。

「…やっと、捕まえた」

とても優しい声音と共に抱きしめるように体を受け止められ、その手は次第に私の肩をすべり両手を包む。

両手に温もりを感じ、そこで私はやっと目を開く。

 

その視線の先にいたのは―――――…

 

 

 

 

 

 

 

 

「っていうところで目が覚めちゃってね。起きて目の前にあったのは鳴る寸前の目覚まし時計ちゃんでした」

「なんじゃそら」

イスの背に向かって両手で頬杖をつく沖田が冷めた声で返す。

沖田は私の右隣の席だが、その体勢は辛くないのだろうか。

 

 

「いい夢だったなあ…!なんていうか、こう、現実とちょっと違って不思議な夢!」

ちゃんでもそういうロマンチックなの好きなんだね」

「私でも、ってどういう意味かな退くーん?」

ギッと睨むように後ろの席に座る退くんを牽制する。

そのついでに私もイスの向きを回転させ、退くんと向き合う形に座りなおした。

 

 

「で。その推定お前の王子様は誰だったんでさァ」

「さあ?って誰がいいとかじゃないんだよ!このシチュエーションがいいんだよ!」

ドラマのような、漫画のような…それこそ夢見るシチュエーション。

 

「所詮は夢だろ。よくそんだけでテンション上げられるな」

左隣の席に座る土方くんが呆れたような声でツッコミを入れてくる。

「…じゃあさ、土方くんはマヨネーズに囲まれて生活する夢見てテンション上がらないの?」

「悪ィ、上がるわ」

間髪いれずに言いきった土方くんを見て、沖田が小声で「あんたら頭が幸せですねィ」と呟いた。

 

 

 

「ってわけで、今日はきっと何かいいことが」

「そういえば今日って英語の小テストあるよね」

あるはず、と言おうとした所でとんでもない言葉が挟まってきてしまった。

 

「さーがーるーくんっ!なぜ!君は今そういうことを言うのかね!?」

「えっ、ご、ごめん」

私の声が普段より低かった所為か、退くんはびくりと体を震わせた。

しかし小テストがあるのは事実だ。言われるまで忘れてたけど。

 

 

 

「ぐあああ何で今日に限って小テストなの!うう…土方くん範囲知ってる…?」

「範囲すら知らねーのかよ」

「俺も知りやせん」

「てめーもか」

教科書の何ページだったかな、と言いながら机を漁る土方くんを横目に私も教科書を探す。

けれどなかなか手にそれらしい感触が来ず、ヒヤリと心臓が冷え出す。

 

 

「あ、あれっ」

鞄を漁っても、机の中を探っても英語の教科書が見つからない。

嘘でしょ。ちゃんと朝確認して忘れ物無いって思ったのに。

 

 

とんとんと横から沖田に声をかけられるけど正直それどころじゃないんだよ。

「英語の教科書分身の術ー」

「沖田お前ばっかじゃないのォォォ!!!」

重ねた2冊の英語の教科書をゆっくり左右にずらして両手に持つ。

それ片方私のじゃないか!

 

「ヒヤっとした!ものすごく焦った!!妙なことにひとの教科書使うんじゃないわよ!」

「いやー、良い反応でしたありがとうごぜーやす」

ぱしっと奪うように私の英語の教科書を奪還する。まったく、勝手に連れて行かれちゃだめだぞ。

 

 

「はあ、範囲教えてやるからアホは放っとけ」

「うん。よろしくお願いします土方先生」

「先生やめろ」

ぱらぱらとページをめくり、ここからここまで、と言われた部分をメモしておく。

うわ、小テストのくせに意外とページ数多いなあ。

 

 

「あ、ここのところ。このポイントの所は、ほぼ絶対出ると思うよ」

「へ?なんで?」

横から退くんが指差した教科書の要点まとめポイント部分に目を向ける。

 

「この前ちょっと分からないところがあって。そこ聞きに行ったついでに…先生から聞きだした、というかなんというか」

「退くん…やる時はやるね…!」

聞きだしたって。

普段の生活態度的な意味でも信頼されているのだろう、先生も少し気が緩んで口が滑ったのかもしれない。

 

 

「他は?他には何か言ってなかった?」

「え、えっと…出題傾向くらいしか分からないけど」

「十分です!」

そういうのが分かっていれば勉強方法も決められる。

一夜漬けならぬ直前漬けでもなんとかなるかもしれない。

 

「オイ、俺にも教えろィ」

「沖田はそこで国語の教科書でも分身させてなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キーンコーンと今日一日の授業が終わるチャイムが鳴る。

土方くんと退くんのおかげで無事に英語の小テストも…まあ、補修は逃れられただろう。

 

残るは今日の最後の仕事、理科室掃除である。

 

 

「キャッホーイ!、ホウキレースするアル!」

「神楽ちゃんだめだって、それ理科室でやったら色んなものが割れるから!」

ぶんぶんとホウキを振り回す神楽ちゃんを止める新八くん。

こう言うと怒られそうだけど、なんだか兄妹…いや、親子のようだ。

 

 

「はっ、理科室なら色んな薬品が揃ってるはずネ!この隙にあのサド野郎を抹殺する毒物を…」

「神楽ちゃぁぁん!!」

「薬品室は鍵かかってるから無理だと思うよー」

私のさりげないツッコミに神楽ちゃんはちぇー、と不服そうな声を出して口を尖らせた。

そうこうしているうちに、ほぼ一人で新八くんが掃除をし終えてくれた。

 

 

「ほんとよく働くね新八くん…」

「新八はそういう存在だから気にすることないアル」

さんは手伝ってくれたからいいけど、神楽ちゃんはもう少し気にして」

がっくりと肩を落とす新八くんを宥めるように肩をぽんぽんと叩く。

 

「じゃあ、私がゴミ捨て行ってくるよ」

「え?いえ、僕が行ってきますよ」

そうは言ってくれるけど、今日までずっと新八くんがゴミ当番してくれているのだ。

たまには代わってあげないと、私が申し訳なさを感じてむずむずする。

 

 

「んー。じゃあ、ひとつ提案が」

私はそう言って、にこりと笑いながら人差し指を立てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴミは私が捨てに行くから代わりに昇降口まで私の鞄を持ってきてくれないかな、という提案に頷いてくれた2人。

一度外のゴミ捨て場まで行って、それから教室へ戻るのは結構面倒なのだ。

 

ゴミ捨て場に積み上がったゴミ袋の山に持ってきたそれも追加し、山を少し大きくさせる。

ぱんぱんと手を払って、よし、と心の中で呟いてくるりと方向転換をした先にゆらりと人影が見えた。

新八くんかと思ったけれど、なんだか少し違う気がする。

 

「…あ」

思わずそんな声が零れる。あれはたぶん、退くんだ。

 

 

 

軽く地面を蹴ってその人の元へ走る。

大した距離ではないおかげですぐに目的地へ到達した。

 

 

「退くん!まだ残ってたの?」

「うん、その…ちょっと用事があってね」

何の用事だったの、と聞く前に退くんが口を開く。

 

「そうそう、さっき新八くんたちに会って…はいこれ、鞄のお届けもの」

「あっ…ありがとう!」

差し出された鞄の取っ手を両手で掴む。

 

 

「はい、無事にお届けしました」

退くんはにこりと笑って私の手の上に自身の両手を乗せる。

温かい手が、私の手を包むように乗る。

 

 

 

 

 

「……お届け、されました」

こくりと頷いて鞄を受け取る。

退くんの手が離れると同時に、重力に従ってすとんと下がり落ちる。

 

 

ちゃん?あの、えと、どうかした?」

不安そうに少し屈んで顔を覗きこんでくる退くん。

 

 

「…ううん、なんでもない!」

大丈夫だよと言うように笑って足を進めていく。

退くんより2歩くらい前に出たところでくるりと後ろを振り返る。

 

 

 

「せっかくだし、一緒に帰ろっか」

「うん、元々そのつもりで……あっ」

言いかけた所で、かあっと退くんの黒髪から覗く耳が赤く染まる。

それを見て思わずくすりと笑うと、笑わないでよと更に顔を赤くした退くんに頬をつつかれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ハロー、王子様










(夢のような王子様も素敵だけれど、ちょっと控え目で不器用な王子様も良いかもしれない)


 

 

 

 

 

 

 

あとがき

「愛されヒロインで3Z逆ハー退夢」というリクエストでした!ありがとうございました!

退がオチだとほのぼのだったり甘酸っぱい感じに収まる不思議…!

そしてお察しの通り、最後の「用事があって」のくだりは嘘っぱちです。

2012/11/11