「らん、らんらららんらんらー、はーみがきー」

「朝から良い事あったの、ちゃん」

「うぉわあああああ!!」

 

 

 

第N曲 なんでもない日の戯れ

 

 

 

 

誰も近くにいないと思って鼻歌うたいながら歯磨き粉を手にしたら背後から急に銀さんの声がした。

「いっ、い、いつの間に起きてきたの」

「さっき」

「そ、そっか。おはよう」

はよ、と返してはくれたものの銀さんの目はまだ眠そうにまどろんでいる。

 

 

起きたら誰もいねーんだけど、という銀さんの問いに出過ぎてしまった歯磨き粉をどうするか考えながら返事をかえす。

「銀さんが寝てる間に神楽ちゃんは定春とお散歩、新八くんは今日のお昼ご飯の買い出しに行ってくれたよ」

「はあ、朝から元気だなあいつら」

ふああと遠慮のないあくびをひとつした銀さん。

 

 

「銀さんももう少し見習うべきじゃないの」

「アレ?なんかさり気に責められてる?」

おっと聞こえてた。

歯ブラシの頭部分に一杯に乗ってしまった歯磨き粉を銀さんの歯ブラシに無理やり移植する。

そのまま銀さんに歯ブラシを手渡しても、これといって疑問をもたないのはまだ寝ぼけているからだろうか。

 

 

 

洗面台の鏡の前に立ち、しゃこしゃこと歯を磨く。

「なんか特売のやっすい歯磨き粉ばっかり使ってるとよ、イチゴ味とかのが恋しくなるよな」

「ふあ、ん」

ああ、そうだね、みたいなことを返したかったけれど歯磨き粉が口いっぱいに広がってて声にならない。

銀さん器用だなあ。

 

さっさと磨き終えてしまおうと歯ブラシを動かしながらコップに手を伸ばす。

片手で歯を磨きながらコップに水を入れ、口に含む。

 

 

「なんかやべーな。歯ァ磨いてるがこんなエロいと思わなかった」

「ゲフッ!」

口をゆすいでいた絶妙なタイミングで妙な事を言われたせいで盛大に咽た。

 

 

「げふ、げほごほ、なにしてくれるの!うぅ、歯磨き粉ちょっと飲んじゃったじゃん!」

がらがらとうがいを何度かしてタオルに顔を押しつける。

その間に銀さんも口をゆすぎ、手で水気をはらう。

 

「なにもしてはいねーよ、思ったことを言っただけだし」

「そういうことは思っても言わないでよ!しかも朝から!」

「夜ならいいのか?」

にたりと笑う銀さんに、よくないと叫んでタオルを投げつける。

 

 

 

 

でも私も結構ここの生活に慣れたものだなと思いながら洗面台のコップに立つ歯ブラシを見る。

私のと銀さんの、そして神楽ちゃんの歯ブラシ。あ、神楽ちゃんのもう毛先が荒れてる。

戸棚から出した新しいピンク色の歯ブラシを古い物と交換していると、ずしっと背中に重みを感じた。

 

 

 

「…何してるの、銀さん」

「いや、なんか久しぶりじゃね?とふたりってさ」

私の頭の上に顎を置いて、肩に腕を乗せてくる銀さんを鏡越しに見る。

 

「そうかなぁ」

「神楽に構ってばっかじゃねーか。あ、いや、構われてばっかって感じか」

ひょこひょこと寄ってくる神楽ちゃんを無下にするなんてできないし、したくもない。

うーん、言われてみればこうやって銀さんとふたりで話すのは久しぶりかもしれない。

 

 

「…ん?じゃあ銀さん、寂しかったの?構ってほしかったとか?」

「バッ、そうじゃねーよ!その、あれだよ、同じ家に住んでんのに久々って思うのは不思議だなーって感想を言ったまでだ」

鏡に映る銀さんの焦ったような必死に無表情を作ろうとしている顔を見て小さく笑う。

 

「っだー!!笑ってんじゃねーよ!」

「わっ」

肩に乗せていた腕をお腹あたりに回して強制的に方向転換させられる。

ぐるりとまわれ右をしたまま歩き出す銀さんにつられて私も足を進める。

 

 

 

「ちょ、ちょっと待った、私まだやることが」

「はーいはい、そんなのは新八が帰ってきたらやらせりゃいいから」

「よくないよ!」

どんだけ新八くんをこき使う気だよ!と叫ぶ。

 

そんな叫びも気に留めることなく、ずんずんと私ごと移動していく銀さん。

「ねえ、どこ行くつもりなの?」

「和室。…まだ布団、敷いたままなんだよなー」

 

 

少しだけ低くなった銀さんの声が耳元に響き、反射的にぐっと足に力を入れる。

 

「Uターンを希望します」

「却下」

ぐっぐっと足を動かそうとする銀さんを食い止めるため、足に体重をかける。

 

 

「んー?こそ朝から変な事考えてんじゃねーの?別に俺はただ普通にごろごろしようと思っただけですけどー?」

「…私はまだやることがあるの!変な事考えてる暇なんてないし、ごろごろしてられな、い、の!」

絶対ニヤニヤしているのであろう銀さんの腕を引きはがそうと着物の袖を引っ張る。

 

 

「そういうつれないこと言う奴は…おりゃっ!」

ふっと足が宙に浮く。

突然の浮遊感に全身がぞわっとして、よくわからない叫び声のようなものが出た。

 

「ちょ、おおおおろしてよ!お、重いし!」

ひとりくらい余裕余裕」

ぐらぐらと不安定な浮遊状態のまま歩こうとする銀さんの肩に、上半身を捻って腕を回す。

とっさにしがみついたは良いけど、目の前に銀さんの顔がある。

 

 

 

「……近い!!!」

「今のはお前が自分から近づいてきたんだろ」

ばっと顔を反らせても大して距離は変わらない。

 

 

「そんな逃げんなよ、

「う、あぅ…」

じっとこっちを見る銀さんの目はやけに真剣で、何を言えばいいのか分からない。

というよりも、どうしたらいいのかわからない。えっ、これどういう展開なの。

 

 

どうしたらいいのか分からなくて固まっていると、がらりと玄関から扉の開く音が聞こえた。

 

 

 

 

「何やってるアルか、ふたりとも」

「銀さん…あんたって人は…」

散歩と買い物から帰ったふたりの眉間にしわの寄った顔、そして心なしか呆れているように見える一匹の顔。

 

 

「定春!いくヨロシ!」

「わう!」

「ちょ、まてまてまてよくねええええ!!!」

神楽ちゃんの合図で駆けだした定春が銀さんに体当たりをかます。

 

どごっ、という衝撃は私にも伝わり銀さんから体が飛ぶように離れる。

床に足をつき、よろめいた体は神楽ちゃんが支えてくれた。

 

 

「はあ…ちょっと目を離すとこれなんですから…ええと、未遂でしたかさん」

「うん、セーフでした」

それならよかったと眉を下げて笑う新八くんと共に定春に圧し掛かられている銀さんに目を向けて小さく笑う。

 

お前ら空気を読めよォォ!と叫ぶ銀さんに、読んだからこその行動アルと返す神楽ちゃん。

そんなみんなを見て声を出して笑いながら、私はまだこの空気の中にいたいと心のどこかで感じていた。

 

 

もう少しだけ、甘い展開になるのは先に伸ばさせてください、ね。

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

「連載ヒロインで銀さんと二人っきりなギャグ甘夢」というリクエストでした!ありがとうございました!

最後にシメができなかったので万事屋メンバーに乱入してもらっちゃいました…!

連載本編だと事件だったり依頼だったりドタバタしてますが、その裏側にあるなんてことない日常が書けて楽しかったです。

日常のひとこま的なものをギャグ甘風味で楽しんで頂けたら幸いです!

2012/12/09