「見回り行ってきやーす」

耳にイヤホンを挿しこみ、すれ違った土方さんに仕事してるアピールをかましてやった。

 

「…最近あいつサボんねーな。ま、いいことだけどよ」

なんてことを呟いた土方さんは後でシメるとして、俺はさっさと屯所を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日もこれといって大事件なんてものは無く、いつもと変わらない日常が流れている。

何事もなく流れていく日常。

俺がこの道をこの時間に通る事も、もう何日も変わっていない日常。

 

 

 

「こんにちは、沖田さん。今日はいいお天気ですね」

「…そうですねィ」

返事をしながら耳に挿していたイヤホンを引き抜いて足を止める。

かぶき町の商店街の外れにある花屋に勤めているこいつの名は、

花の宅配帰りに迷子になっていたところを案内してから、ほんの少し仲良くなった。

 

 

 

「雨の日も嫌いではありませんが、やっぱり晴れた日は気持ちが良いですね」

ふわりと自身も花のような綺麗な笑顔で微笑む。

そうですねィ、とさっきと同じ言葉しか返せない自分がもどかしい。

 

きゅきゅ、と手を店名の入ったエプロンで拭いて俺の隣に立つ。

そこは俺が手を伸ばせば簡単に届く距離。

 

 

「沖田さんは雨の日はお嫌いですか?」

「まあ、見回りとか、面倒くさくなるんで…でも、嫌いってほどでもありやせんね」

たどたどしい口調だったにも関わらず、はそんなこと気にしていない口調で素直な感想を述べる。

「そうですね…。雨の日は傘を差したり手間になる事もありますものね」

 

鉢を移動させるのも大変です、と言いながらも優しく店の前に並ぶ花に微笑む。

それを見ると俺らみてーな芋侍とは天と地ほどの差があるように思えて仕方がない。

 

 

そのせいだろうか。

話したくても、うまく言葉が出てこない。

土方さんや万事屋の旦那を相手にしてる時とは違う、一種の緊張感。

 

傷つけたくない、困らせたくない、嫌われたくない。

そんな気持ちが悶々と身体中に広がって声も手も何もかもがいつもどおりにいかない。

流れて行く景色は、こんなにも変わらないのに。

 

 

 

「あ、あの…沖田さん?」

はっと我に返ると目の前でが困ったように手をそわそわと動かしていた。

 

「えっとですね、そんなに顔を見られると、恥ずかしいのですが…」

「あー、いや、すいやせん。ちょっとぼーっとしてやした」

少しだけ赤く染まった頬に触れたいと思えど、触れたらこわれてしまうのではないかとすら思える。

この俺が、貶す言葉の一つも吐けないなんて屯所の連中には絶対言えやしねえ。

 

 

 

そわそわと動くの手にふと目をやると前とは違った場所にまた傷が出来ていた。

「…あんた、その手」

「あー、これは仕方ないんですよ。お花の手入れしてるとすぐ手が荒れちゃって」

そっと自分の指先を包むように手を合わせる。

 

 

「荒れるっつーか、切れてやせんか?その…右手の人差指のとこ」

俺に指摘されて初めて気付いたのだろう、驚いた顔をして、また困ったように笑う。

 

 

「ついさっき切っちゃったみたいです。ちょっと…気合い入れなきゃいけない案件だったので」

はもちろんいつも気合い入れてるんですけど、いつも以上にってことですよ、と慌てて訂正を入れた。

 

 

「明後日が結婚記念日で、花籠をプレゼントしたいって方がいらっしゃったんです」

店の中の作業台が見えるように少し体の位置をずらして、は優しい目で作りかけの花籠を見る。

「すごく大切な日だから、ってお客さんが一生懸命言うから私も大切に作らなきゃって思って」

「大切に、ですかィ」

 

作りかけの花籠の周りには使うかどうかで悩んだ花が散らばっている。

の手に傷をつけたのは、あの薔薇ですかねェ。

 

 

 

「大切に大切に、って思うほど緊張していつもならなんてことなくできることもできなくなっちゃうんです」

「っ」

どきりと心が揺れる。

「不思議ですね。大切だからいつもより上手くやりたいのに、逆にいつもより上手くいかない」

困っちゃいます、と言って笑う。

 

 

「沖田さんは、そういうことありますか?」

 

 

ふわりと優しく吹いた風がと俺の髪を揺らす。

流れに乗って漂ってきた花の香りを受けながら、俺は小さく深呼吸して口を開く。

 

 

 

「まさに今が、それでさァ」

「…え?えっと、今、ですか?」

きょとんとして尋ねる

 

 

「あんたを…を傷つけたくねーから、上手く喋らなきゃって思ってんのに全然上手くいかねえ」

触れるなんてもってのほか。

「普段は、こんなんじゃないんですけどねィ」

ほんの少し自嘲気味に呟くと、はぎゅっと手を握り合わせて俺の目を見た。

 

 

 

 

「わたし…私は、そんなに軟くありませんよ」

少しだけ震えている声。それが何を意味しているのか、俺にはわからない。

 

「私はこう見えて結構強いんですから。だから、その、もっと…もっと、近づいて欲しいです」

「……」

その言葉の意味は、都合良くとっても良いのだろうか。

 

「もっと、普段の沖田さんとお話したいです、沖田さんに、触れてみたいです」

 

既に一杯一杯なのか、今までに見たことがないくらい赤く染まった頬。

ごくりと喉が鳴る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…優しいじゃないですか。沖田さん」

「黙ってろィ」

ずっとこの距離に来たかった。すぐ目の前、俺の腕の中にがいて、ふわりと髪から良い香りが漂う。

緊張なのか何なのか分からないが、とにかくうるさい心臓を落ちつけたくても落ちついてくれやしない。

 

 

「沖田さん、私、こわれてなんかいませんよ。沖田さんを嫌いにもなってませんよ」

俺の胸元辺りに頬を摺り寄せながらは優しく囁くように言う。

 

「ね、大丈夫でしょう」

 

 

「…そう、ですねィ。でも本当の俺はもっと酷い奴ですぜ」

「それならゆっくり教えてください。そうしたらきっと、大丈夫ですから」

 

絶対こんな距離にこれないと思っていたのに、今、俺の腕の中にがいる。

それは現実であり夢なんかじゃない。

 

なら、これから先、少しずつ少しずつ踏み出して行きやしょうか。

少しずつ大切に、俺の想いを伝えてやりますぜ。

 

 

 

 

 

蝶よ花よ

 

 

 

(優しく大切に、君を愛そう)

 

 

 

 

 

 

あとがき

「主人公が好きすぎて手出し方法に悩む悶々沖田の甘夢」というリクエストありがとうございました!

どっちかといえばガンガン攻めそうな気がしてたんですが、姉上に対してアレだったのでこういうのもアリかなーと。

ほのぼのチックになってしまいましたが、愛情たっぷりな沖田さんのお話になっていたらいいなあと思います。

2012/12/29