かぶき町にある真選組屯所。

そこは男所帯であり、本来は女性の声なんて聞こえてくるはずの無い場所。

そんな屯所の前に停められた高級車から降りた一人の女性は、迷いのない足取りで屯所の中へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

会議室として使われている大広間に集まった隊士たちの前で淡々と書類を読み上げ、業務連絡をする女性。

幕府の直轄である松平片栗虎の肩腕、それが彼女、だ。

 

 

 

「…連絡は以上です。何か疑問点、質問はありますか」

ピシッとした態度を崩さぬまま連絡を終え、そう問う。

の連絡事項はいつもミスも疑問も無く、完璧と言っても過言ではない仕上がりだった。

 

 

「質問が無いようならこれで会議は終わりにします。では、今後も民間人、町の為に尽力してください」

「うむ、では解散!各々持ち場に戻れ!」

近藤さんの声で隊士たちは立ち上がり、に一礼してから会議室を出て行った。

 

 

 

 

そして残るは俺、土方と近藤さん、そして。

「いやー、こんなとこまで来るの大変でしょうに。ご苦労様でさァ」

「いえ。書類送付だけだとその場で質問や疑問に答えられませんから」

へえ、と感心したような声を上げる総悟に、の爪の垢を飲ませてやりたいと思った。

 

 

「ま、なんやかんや言って本当はアレなんじゃないですかィ?土方さんに会いに来たんじゃ?」

「なッ、ば、総悟ッ」

「いいえ。今日も連絡のために来ただけですので、すぐ警察庁に戻ります」

ひくりと顔を引きつらせてしまった俺と正反対に、は顔色一つ変えずに言葉を返した。

あれ、なんだこれ、なんだこの負けた感。いやまあ、地位的にも負けてるけど。

 

 

「…ってもう帰るのか?」

「せっかく来てくれたんですし、茶でも飲んでいかれたらどうですか!」

俺の後に続いて近藤さんもそう提案する。

少し悩むように目を伏せて、少し笑う。

そう。その綺麗さにはいつまで経っても慣れられず、今でも息が止まりそうになる。

 

 

「では、少しだけお邪魔させて頂きます」

 

 

 

 

 

 

いつ見ても綺麗な人だよなあ、総悟!と近藤さんと総悟の声を背にして俺とは会議室を出た。

途中ですれ違ったザキに茶を用意するように言ってから屯所の廊下を歩く。

 

 

 

「土方さん」

「あ?」

俺の数歩後ろをついて歩くに視線だけで振り返る。

 

「土方さんのお部屋、こんなに遠くありませんよね」

確定的な言い方だった。

「…隊士共の見回りも兼ねて、な」

とっさに出た言葉は、尤ものようなそうでないような、でも疑われるような言葉が出てしまわなかったことにホッとする。

 

 

「そうですか。いつもお忙しいようで…。仕事があるなら私はすぐに警察庁に戻りましたのに」

「いや、別にこれ仕事じゃねーから。アレだから、単に俺が好きで見回ってるだけだから。全然忙しくねーから!!」

ぐるっと体ごとを振り返ると、彼女は口元に手を当てて小さな声で笑っていた。

くそ、なんかいつもおちょくられてる気がする。

 

 

 

 

「さ、早く部屋へ連れて行ってください。ここに長居すると、隊士の方々に勘付かれてしまいますよ」

くすりと笑って小声で俺の顔を覗き込むように囁く。

その視線からすっと目を逸らして庭の方を見ると、素振りをしている隊士の手が止まっていることに気付く。

 

 

「テ、テメーらァァ!サボってんじゃねーぞ!手ェ動かせ!」

びしっと隊士共に向かって渇を入れるよう叫ぶ。照れ隠しなんかじゃねえ。断じてねえ。

 

「副長だってサボってんじゃないですか!」

「そーだそーだ、さんとイチャついてんじゃねーぞ土方コノヤロー」

「総悟てめえええええ!!!」

木の上で寝ていたのであろう総悟が木の葉を揺らしながら俺を指差す。

 

 

「ふふ、日々の鍛錬は大事な積み重ねです。辛いことも多いでしょうけれど、頑張ってくださいね」

「は…はいッ、副長官!」

の一言でびしりと敬礼ポーズをとった後、すぐに鍛錬に戻る隊士。

総悟も「仕方ないですねィ」と言って自室の方へと歩いて行った。

 

 

 

「では行きましょうか」

「お…おう」

会議中では絶対見られない柔らかい微笑み。

それは俺だけではなく、誰にでも向けられるもの。

こういうところがあるからは近藤さんや総悟、あいつらにも慕われ…好かれている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぱたん、と静かに部屋の扉を閉めてやっと一息つく。

ため息ではない、安堵の吐息。

 

「今日はいつにも増して部屋までの道のりが遠かったと思うのですが」

「言ったろ、見回りついでだって」

昨日準備しておいた座布団に座るようを促し、俺も腰を下ろす。

 

 

「本当に、見回りだけが理由なんですか?」

「……ああ」

脳裏に浮かんだ別の理由をかき消して小さく返事をする。

しかしそれを見越したかのようには笑って、少しだけ首を傾げる。

 

 

「そうですか。てっきり一緒にお散歩したかったのかと思いましたよ、十四郎さん」

「っ」

不意に変わった呼び方に心臓が跳ねる。くそ、落ちつけ、何度目だと思ってるんだ。

 

が俺を名前で呼ぶのは、周りに誰もいないときだけ。

それは俺たちがそういう関係でありながら、誰にもバレないようにするための約束だった。

 

 

 

「どうして私が毎回大人しく十四郎さんに案内されてるのか、気付いていないんですか?」

「…や、それは…」

口に出すには少々照れくさい疑問ばかりをぶつけてくる。

やめろ、そんな…そんな可愛い顔して笑うんじゃねえ。

 

 

「大丈夫です。きっと自惚れなんかじゃありませんから。教えてください、たまには、貴方の声で」

はするりと俺の頬を両手で包み、視線の位置を合わせる。

逃がさないとでも言っているかのような行動にまた少し鼓動が早まる。

 

だが、負けてばかりではいられねえ。

ぐっとその手を掴み、顔から離した所で思い切り引く。

倒れ込むようにして俺にぶつかってきたの身体を受け止め、強く抱きしめる。

 

 

「仕事柄、あんまり二人きりじゃいられねーから。せめてこういう時くらいと一緒にいたかった」

デートなんて呼べるものじゃない。たかが数分、屯所の廊下を歩くだけ。

たったそれだけでも、がいるだけで景色が違って見えるんだ。

 

「それと…牽制も兼ねて。に一番近い存在は、俺だってことを知らしめたかった」

の隣は、俺のモンだろ。

小さく耳元で囁くように言うと、ぴくりと俺よりもずっと細い肩が震えた。

 

 

「…ちゃんと、言えるじゃないですか。でも、せっかくなら顔を見ながら聞きたかったです」

「いいんだよ。顔なんざ見たって面白くねーし」

熱い。顔が熱い。

今どんな顔をしているのか、自分でちゃんと分かっている。

 

 

「そうですね。顔なんて見たって面白くないです。だから、私の顔もしばらく見ないでください」

ぎゅっと俺の胸元あたりに顔を埋める

え、あれ、もしかして今、同じような顔してんのか。

 

 

「いや、やっぱ面白いかもしれねーから顔上げろ」

「嫌です。絶対、上げません」

今なら俺がリードできるかもしれない、勝てるかもしれない。

そう思ったのもつかの間。

 

 

「それに、久しぶりにこんなに十四郎さんの傍にいられるのですから。もう少し、このままでいてください」

 

 

そんなことを言われてしまっては、引き剥がすこともできない。

そして再び顔が火照り出したことに気付いて俺は大人しくの言うことに従うしかなかった。

 

 

 

 

 

負けっぱなし





 

 

(「何してんでィ、山崎」「お茶持ってきたんですけどね…入れなくて」「ああ、なるほど」)

 

 

 

 

 

 

あとがき

「土方視点で男前上司ヒロイン甘々夢」というリクエストでした。ありがとうございました!

男前設定がどこかに吹き飛んだ気がしてならないです。ヒェェすいません…!

上司ということで、多分年上ヒロインなのかなーと思いながらお話書かせて頂きました。

いつもと違ったヒロインさんでお話が書けて楽しかったです、リクエストありがとうございました!

2012/12/29