お兄ちゃんが家を出て、次の日の朝。
いつもなら早起きをして朝ごはんを作って。あぁ、今日はお弁当も作らなきゃ。
そんなことを考えるはずなのに、目が覚めた時には、時計の針は10時を指していた。
「(…静か、だなぁ…)」
家の中は、とても静かで。
枕元に置いてある兄から譲り受けた刀が、窓からうっすらと差し込む光を浴びていた。
…っていうか、静かすぎるんだけど。
この家にいるのは私だけだけれど、外が、やけに静かだ。
近所の子供の声も、その親の声もしない。
窓を開けて空を見上げると、今日もまた、雨の降りそうな曇り空だった。
「(昨日は晴れてたのに…)」
窓から身を乗り出して周りを眺めてみても、人がいない。
否、人がいないだけ。いるのは、天人。
音を立てないように、且つすばやく窓を閉めて、障子を閉める。
どうして、こんな、ところに。
部屋に戻って、ぎゅっと兄から譲り受けた刀を抱きしめて、部屋の角に座り込む。
他の家にいる人も、同じなんだろうか。
それとも、私が知らない間に、どこかへ逃げていってしまったのだろうか。
目を閉じれば不安がぐるぐると頭の中で回る。
「…お、兄ちゃ、ん…」
呟いた声は、窓越しの風の音にかき消された。
そう遠くない場所から、刀や銃の音がする。
部屋の角にうずくまり、私は考え事をしていた。
こんな時代だもの。強く、ならなくちゃ。
強くなるために、剣術を教わってたんだもの。
すぐ横においてあった刀を強く握ったとき、外から悲鳴が聞こえた。
…斜向かいの家に住む友達。
そう頭が割り出した瞬間、私は家を飛び出していた。
刀を、腰に挿して。
今にも雨が降り出しそうな天気の中、赤く染まった村。
たどり着いた家の前にいたのは、天人と、大切な友達。
「!あ……ちゃ…き、ちゃだめ…逃げ…」
その子の首をぎりりと掴む天人に向かって、刀を振りかざす。
「そ、の子を、離して!!」
恐怖からなのか呂律が回らないけど、天人の腕目掛けて刀を振り下ろす。
ぱっ、と天人が手を離した瞬間、友達はふらふらとした足取りで天人から離れる。
「、ちゃん…危ない、逃げようよ!」
「うん。…逃げる、私も逃げるから、先に逃げてて!」
じろりと私を見る天人と彼女の間に立ち、叫ぶ。
「でもっ…」
「大丈夫、だよ。ちゃんと私も逃げるから」
「……絶対…だからね。ちゃんは…あたしの…大切なお友達だからね!!」
「…っ!…う、ん…ありがとう」
遠ざかる足音。
たとえここで、死ぬことになろうとも、聞きたかった言葉は聞けた。
でも…私には死ぬわけにはいかない約束がある。
銀ちゃんとの約束。
…ごめんね、今日会いにいくのは無理かもしれない。でも、必ず。
「こ…この村に何の用…!?ここには、戦えるような、人はいないっ…!」
「いいんだよ、攘夷志士じゃなくても」
そう言って天人は私に一歩近づく。私は一歩後退。
「なんでこんなこと、するの!?」
「別に理由なんてない。ただの暇つぶしのようなものだな」
言い終わるのを待たず、私は刀を握る手に力を込めて。
ついこの間教わったばかりの拙い剣術を思い浮かべ、刀を振る。
「ひどい、酷い!そんなことのために、なんで、なんで…!!」
ガキィィンッという音と共に私の振りかざした刀が止められる。
「ふん…お前はなかなか斬り応えがありそうだな…」
薄く笑みを浮かべる天人から感じられるのは、本物の殺気。
「あ…う…ま、けない…!!」
嫌な汗で手がすべるが、しっかり刀を握って天人の背後へ回り、振り下ろす。
しかし、その刃は天人の手によって掴み止められた。
その手からぼたぼたと滴る血に、気をとられてしまった。
「残念だったなァ。…さよならだ」
殺ら、れる。
冷たい笑みと振りかぶられた刀を見て、反射的に目を瞑る。
しかし来る筈の痛みは無く、代わりに聞こえたのはキィィンッという刀のぶつかる音と、たった一人の大切な家族の声。
「…ッ!お前、なんでこんなとこにいやがる!!家にいろっつっただろうが!!」
私と天人の間で、振り下ろされた刃を片手に持った刀で受け止めて叫ぶ。
「お…兄…ご、めん、でも」
「チッ、話は後で聞く!今は目ェつむって耳塞いでろ!!」
「う、うん…!!」
ぎゅううっと強く目を瞑り、耳を両手で塞ぐ。
けれど、小さく小さく天人の悲鳴と、生々しい斬殺音が聞こえてしまった。
「おい、、目ェあけろ」
ぽんぽん、と肩をたたかれてゆっくりと目を開ける。
あまりに強く目を瞑っていた所為か、なかなか焦点が合わないがそんなことに構っている場合じゃない。
「大変…なの、村の皆、が…!」
「あぁ。ここまで被害はねぇと思ってたが…くそっ」
ふと視界の端に映った、さっきまで自分が持っていた刀をそっと拾い上げて鞘におさめる。
「お前は怪我してねぇか?大丈夫、か?」
少しだけ屈んで私と目を合わせてそうたずねる。
「うん、なんとか…大丈夫…」
…正直、大丈夫じゃない。
心臓が恐ろしいほど早く大きな音を立てて動いている。
「…」
静かにぽつりと名前を呼ばれる。
「なに?」
「いいか、お前はここから早く逃げろ。俺ァまだやらなきゃならねーことがある」
「…絶対…追いついてよ。死んだりしたら、許さない、からね!!」
そう叫ぶように言うと、お兄ちゃんはほんの少しだけ笑って、私の頭をそっと撫でて言う。
「当たり前だ。ひとり残して死ねるわけねェだろ」
そして私は、赤く染まった村の中を駆け抜ける。
どんなに着物が汚れようとも、木片で足に傷がつこうとも、必死に走る。
逃げる場所。
そう言って思いつく場所は、ひとつ。
しっかりと目を開けて平和な時間が流れる、あの場所へと走る。
どうか、あの場所だけは、平和でありますように。
生きるために、私は
(痛みも感じない、鼻につく血の香りもわからない。迫り上がってくるのは、不安と恐怖と、小さな希望。)
あとがき
夢なのかどうかもわからなくなってきててほんとすみません…!
もうめっさ自己満足ですよねこれ。すみません!
2008/06/07