「そんじゃーみんな、寄り道ばせんと帰るんじゃよー」
そんな坂本先生のゆるい声を聞き、今日も一日が終わろうとしていた。
諸事情で私の弟である利瀬のフリをして男子校、夜兎高校に通っていた頃から一カ月が経った。
あの頃とは打って変わって、普通に学生生活をしている。
向こうの寮を出たのは、私が恒道館高校…今の学校に通うことになってから一週間が経ってからだ。
それ以来、銀時たちとは会っていない。
最初こそ寂しく感じたけど、もう、良い思い出へと変わっている。
平和っていいものだなあ…。
なんて、思っている暇がないことを私はすぐに思い知らされたのであった。
「」
低い声で名前を呼ばれる。
少しだけざわついた教室の入り口を見ると、左目に眼帯をした男子生徒が立っていた。
「なんでしょうか、高杉くん」
「だから気持ち悪ィんだよ、その呼び方」
本気で嫌そうに顔を歪めて、高杉くん…もとい、晋助は私の方へと歩み寄る。
私とは逆に、女装してこの学校に通っていた弟が”晋助”と呼んでいたらしく、名字で呼ぶと確実にこう言われる。
まあ私も向こうの学校では男の子を名前で呼んでいたこともあり、そこまで抵抗はなかった。
「客だぞ」
そう言って晋助は窓の外を指す。
「留守だって言ってくれなかったの?」
「言ってねェな。大体、そんなもん信じるような奴じゃねえだろ」
「だよね…」
晋助が指した窓の外に誰がいるのかは、大体想像がついている。
きっと、彼の宿敵であり、私の天敵だ。
友達に、今日は先に帰るね、と伝えて私はこっそり裏門へと回っていた。
正門には奴がいることは分かっているのだ、わざわざ敵陣へ真っ直ぐ踏み込みたくはない。
「私は普通の学生なの、女の子なの、だからもう平和に生きるの…!」
「そんなのつまらないだろ」
「きゃーーーーーーー!!!!!」
呟いた独り言に返事が返ってきて、思わず叫んでしまった。
「…君、きゃー、とか言うタイプだったんだ」
「女子だっつってんでしょ!!!」
自分でもちょっと恥ずかしいから突っ込まないでよ。
「なんで、なんで週末になると来るのよ、神威」
目の前に突然現れたピンク髪男、神威にそう尋ねる。
「なんでって…別に。の方から来てくれないから、俺が来てあげてるんだよ」
にこにこと笑って神威は答える。
「それに、裏門から逃げ出そうとすることくらい想定内だ」
こういうことには勘が働くあたり、恐ろしい奴だわ。
「楽しそうだね、女の子としての生活」
「本業だから。女装してるみたいな言い方しないでよ」
神威には私が男装していたことを知られている。知られて、しまった。
とりあえず、神威を促して帰り道を歩く。
神威は他校に通っているにも関わらず、うちの学校でも有名な不良生徒だ。
こんなところを見られたら内申に大打撃をくらうことになる。
「あの、さ」
歩きながら、神威に話しかける。
「あれから、どう?その…銀時とか、阿伏兎とか」
「どうって、別に。君が今挙げた二人なら、気持ち悪いくらい平然としてるよ」
「え、あ、そうなの」
なんだ。ちょっとは寂しいとか思ってくれてもいいんじゃないの。
まあ男子だし、そんなものなのかな。
「、意味わかってないだろ」
「え?」
「平然としすぎてるんだよ、あいつら」
「……えっ」
ちょっと待って。嫌な想像に至ってしまったんだけど。
「まさか、気付いて、た?」
気付いていたからこそ、私と弟が入れ換わっても平然としていられたということだろうか。
「その可能性は高いね。聞いても教えてはくれないだろうけど」
「嘘でしょ!?銀時はともかく、阿伏兎にはばれてないと思ってたのに」
「そうだね。俺だけ知ってればよかったのに、むかつくよ」
「私は誰にも知られず、そっと入れ替わりたかったです」
こうして神威と話していると、思い出に変わりかけていたものが寂しさに変わってくる。
彼らが嫌いになったわけじゃない。
ただ、もう、接点がなくなったと思っていたのに、こんなに簡単に会いにくるから困るのだ。
「ねえ。噂をすればってやつ、ほんとにそうだよね」
「は?」
なにが、と尋ねようとして前を見ると、尋ねる必要がないことに気付いた。
「なーにやってんだ、このすっとこどっこい。補習サボりやがって、星海坊主のやつ、カンカンだぞ」
「いつものことでしょ。それより、なんでこんなところにいるの阿伏兎」
だるそうに立つ阿伏兎の視界に入らないよう、思わず神威の背に隠れる。
ていうか神威、あんた補習サボったのか!
「おめーを探して来いって言われたんだよ、ったくめんどくせぇ」
「補習なんてつまんないことしてられないよ」
「俺みたいにダブるぞ」
「ま、それはそれ。かな」
補習出ろよ!!!…とツッコミたい気持ちを押さえて、神威の背で手を握りしめる。
とりあえず今は阿伏兎に顔を見られるわけにはいかない。
「で。補習サボったお前はこんなところで何やってんだ。ナンパか」
「失礼だなあ。せめてデートって言ってよ」
どっちも違うわァァァァァ!!!とツッコミたい。
「…嘘だろ。喧嘩しか興味ねぇと思ってたんだが」
「ほんと失礼だよね。一回死ぬ?」
「遠慮すらァ」
私の視界は神威の背中で一杯になっているから、阿伏兎の表情は見えない。
笑っているのか、平常心なのか。…私のことがばれているのか、何もわからない。
「あんまり見ないでくれる?俺の彼女、ものすごい照れ屋だから」
「神威からそういう言葉が出てくると気味悪ィな。へいへい、ま、先生には謝っとけよ」
そんじゃな、という声と共に足音が遠ざかっていく。
「…私、いつから神威の彼女になったの」
足音が聞こえなくなったあたりで、私は神威の背中に問いかける。
「3秒前くらいからかな」
「即刻解消していい?」
「していいの?」
質問に質問で返さないでほしい。しかも、そんな、答えにくい質問で。
「神威といたら、私に平穏は訪れない気がするもん」
「その方が楽しいだろ」
きっと、その通りだ。
不良に絡まれることが増えるだろうけど、神威が一緒ならきっと楽しいだろう。
「でもそれは、神威が傍にいてくれることが前提でしょ。私、喧嘩できないから、平和に過ごしたいもん」
「をダシにしようなんて奴がいたら、俺が殺っとくよ。あと、腑に落ちないけど晋助もいるし」
そういえば晋助も不良組だ。
普通に仲良くなっちゃったから、あんまりそんな感じしないけど。
「ちゃ…ちゃんと、守ってくれる?」
うわ、恥ずかしい。なんて台詞を言っているんだ、私。
「どうだろうね」
「ちょっ、ちょっとォォォォ!?そこ曖昧にするの!?」
ばっと顔を上げるとほぼ同時に、神威は私の方を向く。
「あはははは、そうやって真っ赤になって引きつってる顔も見たいし、守るって約束はしたくないかな」
「やっぱさっきの無し!!解消する!バイバイ神威、あなたとは付き合えないわ!」
真っ赤になっていると断言されてしまった顔を冷ますように、手で扇ぎながら大股で足を進める。
その横を普通に歩いてついてくる神威から顔を背ける。
「じゃあこれからも毎週、会いにくるよ。彼女を迎えにじゃなくて、ナンパしに。ね」
「それあんまり変わらなくない…?」
「ん?あれ、ほんとだ。そうだね、どっちにしても週末は会いに行くよ」
「勘弁して下さい」
そう言いながら、きっと私はこれから毎週金曜日を楽しみにするんだろう。
また会えることを喜びながら、巻き込まれる事を悔みながら。
裏腹の金曜日
(「そういえばさ、、大股で歩いてる割に遅くない?」「男女の差だバーーーーカ!!!」)
あとがき
「神威夢or偽りの一週間戦争番外編」リクエストでした。ありがとうございました。
久しぶりに男装してないけど男装夢の続きを書けて、楽しかったです。
なんやかんやで神威とは仲良く?する日々が続いていたらいいなあと思いつつ書いておりました。
またこのシリーズを書かせていただけて、嬉しく思っております。ありがとうございました!
2017/06/24