目覚まし時計よりも早く起きた朝。

どきどきしながら家のチャイムが押されるのを待つ。

今日は真選組で働いている彼との旅行の日なのだ。

 

お互い久しぶりに有休がとれて、せっかくだから遠出しようということになった。

温泉旅行なんて久しぶりだなと浮かれていると、部屋にピンポーンという音が響いた。

用意しておいた荷物を持って、私は家を出る。

 

 

「迎えに来やしたぜ、

「おはようございます、沖田さん。今日はよろしく……ホワアアアアアアッ!?」

思わず朝から叫んでしまった。

いや確かに車で迎えに行くとは言われていたけど。

 

「なんでパトカーで来てるんですか!!!」

「俺の愛車なんで」

「旅行って言ったのに!なぜ!」

服装はちゃんと私服だ。それなのに車だけがおかしい。

 

「この方が渋滞に巻き込まれたりしたときに便利ですし、駐車場も困りにくいだろィ」

「そりゃ、困らないかもしれないけど、おかしいでしょうが!私服の男女がパトカーってどういうことですか!」

「私服警官ってことで」

「私は逮捕された人ですか」

「うるせーな。乗っちまえば気になりやせんぜ」

ほら、と助手席の戸を開けてくれる。

なんだか行く前からどっと疲れた。

 

 

 

「ほら、気にならないだろ」

「気になりますよ。外からの視線が」

荷物を後部座席に置いて、走り出してから数分。

もちろんパトランプは点灯させていないけれど、通り過ぎる車の運転手さんがビクついては疑問の表情を浮かべていく。

 

「護送だと思われてませんか。大丈夫ですか私」

「大丈夫でさァ。あ、シートベルトはしとけよ」

これはもう開き直るしかないんだろうか。

沖田さんと付き合うってなった時は、土方さんに憐れみの目で見られて頑張れって言われたし。

開き直ろう。頑張れ私。

 

 

 

それからしばらく車に乗って、江戸を離れて京都辺りまでやってきた。

「沖田さんお寺すごいですよ!立派な本堂ですよ!」

「そーですね」

 

慣れた。

パトカー旅行がなんぼのもんじゃい。

隣にいるのは本物の警察だし、何かあったら全部沖田さんのせいにしよう。

 

 

「おみくじ引きましょうよ、ね!」

「いいですぜ。勝負でさァ」

勝負って何だと思いながらも、なんとなく沖田さんに勝ちたい気持ちで箱に手を入れる。

お互い引いた紙の番号を巫女さんに伝え、おみくじを受け取った。

 

「せーので開きましょう。せーのっ」

かさっ、と丁寧におみくじを開く。

紙に書かれた吉の文字。これはなかなかいいんじゃないの。

 

「吉ですって。沖田さんはどうでした?」

「へっ、見なせェ。これが俺の力でさァ」

にやにや笑いながら見せつけられた紙には、見事に大吉の文字が書かれていた。

 

「神様ァァァァ!!!いちばんあげちゃいけない奴になんてものをォォォ!!」

「失礼な奴だなオイ」

沖田さんのおみくじを見せてもらうと、まあ見事に良い事しか書いてない。

私の方もそれなりに良いことが書いてあるが、大吉にはやっぱり負ける。

ただ驚いたのは、縁談の項目が私と沖田さんふたりとも同じことが書いてあったということ。

 

 

 

「そんじゃ、結んで来やしょう」

「そうですね」

近くに張られた綱には既にたくさんのおみくじが結ばれている。

「ほら、のも貸しなせェ」

「え、あ、はい」

結んでくれるんだろうか。捨てられたりしないといいけど。

 

そんな思いは杞憂に終わった。

沖田さんは二人分のおみくじが離れないように、絡みあうように結んでくれている。

「一緒に旅行してるんで、おめーの運の悪さが俺に移ったら困るだろ。だから俺の大吉を特別に分けてやらァ」

 

ぎゅぎゅっと紙がちぎれるんじゃないかと思うくらいきつく結んでいる沖田さんの背を見つめる。

ちょっと引っかかるものの、まさかそんな言葉が出てくるとは。

ほら、できたぞと言って振り返った沖田さんに思わず抱きついて、ありがとうと言った。

 

 

 

 

 

 

それからいろいろ観光地を巡って、今日の旅館に到着した。

もう足がくたくたなので、先に大浴場へ行くことにした。

 

ゆっくり温泉に入って、今日の疲れを流す。

朝から心配事はあったけれど、楽しい一日だったな。

広いお風呂をたっぷり堪能して、浴衣に着替えて部屋に戻った。

 

 

「おかえりなせェ。長かったな」

「え。そうですか?っていうか沖田さんが早いのでは…」

浴衣に着替えてテレビを見ながらしっかり寛いでいる姿は、とても今戻ってきたようには見えない。

 

「まあ、でかい風呂は屯所にもありますからねィ」

「でも屯所は温泉じゃないでしょう?もっと雰囲気楽しんでこればいいのに」

「その心配はありやせんぜ」

どういうことだと首を傾げると、テレビを消して私に札付きの鍵を見せてきた。

 

「夜8時から9時、貸し切り露天…えっなにこれ!?」

「そういうサービス付きのセットにしてやったんでィ」

「えええ、聞いてないですよ」

旅館どこにしようね、と一緒に相談した翌日、沖田さんに「もう予約しやした」と言われて驚いたのは記憶に新しい。

まさかこんなプランにしていたなんて、驚きだ。

 

「いらねーなら、別に入らなくても」

「いるいるいります!!露天嬉しい!ありがとうございます!!」

「んじゃ、夕飯の後な」

はい、と頷く。

ああ、なんて幸せ。

 

 

 

 

家じゃ食べられないような豪華な夕食に舌鼓を打ち、これまた幸せな気分になる。

お腹も一杯で、お部屋に戻ったら布団が敷かれていて…至れり尽くせりだ。

 

「じゃ、そろそろ時間ですし行きやしょうか」

「はい!……ん?」

ちょっと待って、なんか浮かれてて気付かなかったけど、沖田さんも行くの?同じ場所に?

 

「えーっと露天って男女…」

「貸し切りだっつってんだ。分かれてるわけねーだろ」

「ウワアアアアアアアオ!!!!」

「嬉しいのか幸せなのかどっちでさァ」

「どっちでもない!」

 

 

 

死ぬほどドキドキしながら露天へと向かう。

嬉しいけど、お風呂は嬉しいけど、ここここ混浴ってそんな心の準備してないよ!

私があまりにも慌てるから、沖田さんは先に入ってろと言って脱衣所の外に出てくれていた。

なんか今日の沖田さんは地味に優しいところがあって余計に緊張する。

 

先入ります、と脱衣所の外に声をかけてから私は浴室へ入る。

飛び石の先に置かれた、ちょうど3人くらい入れそうなくらいの丸い風呂桶。

そして眺め抜群の夜空と柵の間から見える地平線に、思わず声がこぼれた。

 

ってぐずぐずしていられない!

薄暗い中、足元に気をつけつつ、かけ湯をして湯船に入る。

ちょっぴり熱いお湯にじわじわつかって、すっぽり肩まで入り切った頃に浴室の戸が開く音が聞こえた。

 

 

「おー、いい眺め」

「ですよね、すごく綺麗!」

ざぶ、と湯船に波がたつ。ああ、雰囲気で誤魔化そうとしたけどやっぱり振り向けない。

 

「ふー。いい湯でさァ」

「ちょっと熱いかなって思ったんですが、入ってたら慣れました」

「そうですかィ?江戸っ子にはこれくらいが丁度良いだろ」

あなたの皮膚の強さと比べないでください。

 

汲み出される温泉のお湯の音、風が植え込みの葉を揺らす音しか聞こえない。

 

さっきまであんなに喋っていたのに、何を話せばいいかわからなくなる。

 

「なあ

「ひゃいっ!」

「どんだけビビってんでさァ」

背後からの声に思わず上擦った返事をしてしまった。

 

「ほら、こっち。すっげー景色良いですぜ」

「あ、あの、えっと」

薄暗いとはいえ見えるのも見られるのも恥ずかしい。

もうここまで来てるんだから、朝みたいに開き直ればいいんだけど、まだ、そこまでいけない。

 

 

「なんもしねーから」

沖田さんの声が、優しく響く。

 

「朝のうちはどうしてやろーかと考えてやしたけど、なんかそういう気分じゃなくなったんでィ」

「朝は考えてたんですね」

でも、そんなカミングアウトをしてくること自体が珍しい。

沖田さんも緊張って言うか、雰囲気に酔っているんだろうか。

 

 

一息、夜の冷たい空気を吸い込んでから、沖田さんの隣へ移動する。

 

 

「見てみろィ。すげー綺麗でさァ」

「…わ、あ」

沖田さんがいた位置からは、ちょうど綺麗な月と星空、そして夜景が見えた。

 

「すごい、きれい…」

もっとうまく表現できたらいいのに。そう思うけど、きれい、としか言葉が出なかった。

 

「山崎たちはまだ仕事してるんでしょうね。ざまーみろ」

「そういう雰囲気をぶち壊す現実を叩きつけないでくださいよ」

「パトカーが一台足りなくて焦り狂ってる土方さんが目に浮かびまさァ」

「言ってないんですか?借りるって」

「当然」

ごめんなさい土方さん。おみやげ買ってくから許してください。

 

 

そうして笑っているうちに、なんだか肩の力が抜けた。

の肌、すげーきれい。すべすべ」

「ギャアアアア触らないでください!!!」

すっと背中をなぞられ、飛びのくようにして沖田さんから離れた。

 

「ななな何もしないって言ったのに」

「大した事してねーだろ」

大した不意打ちでしたよ、と小さく呟く。

 

「ふあー。眠くなってきやした」

お風呂の淵に腕をかけて、空をあおぎながらあくびをする。

なんか、私だけ焦ってるのが悔しいっていうか、恥ずかしい。

 

すす、と離れた分の距離をつめる。

「あの、沖田さん」

「ん?」

「ありがとうございました。連れてきてくれたのも、こうしてお風呂予約してくれたのも」

それは、本音。ほんとうに楽しかった。

 

「また、一緒に出かけましょうね。次も、その次も、ずっと、沖田さんと一緒がいいです」

「……ん」

 

それが肯定の返事なのかなんなのか分からないけど、なんとなくお互い顔が見られなかった。

見えてないけど、お互いきっと、今は顔が赤くなっているんだろう。

 

 

 

このままこうしてゆっくりと、ずっと一緒にいられたらいいな。

そう思いながらもう一度夜空を仰いだ。

 

 

 

 

 

縁談・焦らずが吉








 

(「布団、もうちょっと離していいですか」「せっかくくっつけといた俺の苦労を無にする気ですかィ」「無駄努力ですね」)

 

 

 

 

 

 

あとがき

「沖田さんでギャグ甘旅行夢」リクエストでした。ありがとうございました。

温泉大好きすぎて温泉盛り込んじゃいました。

夜警と雰囲気と空気感を想像しながら、温泉旅行気分で楽しんでいただけたら幸いです!

2017/05/27