銀魂高校に通って3年と少しが経った。

Z組という訳のわからないクラスの明るさを羨みながら、私は今年もA組で生活を送っていた。

 

あれは1年生の頃。

ちょっと熱っぽいな、と思いながらも一日を普通に終えようとしていた時だった。

朦朧とする意識の中で日直の仕事を終え、黒板に書かれた日直の名前を書き変えようと足を踏み出した。

いつもなら何の気も無く上っている、教卓の段差に突っかかり、盛大に転んでしまった。

 

「いっ……たたた」

よろよろと立ち上がり、教室に残ったのが私だけだったことに少しほっとする。

けれどなんとなく気恥ずかしくて急いで黒板の名前を書き変えたところで、膝に血が滲んでいることに気付いた。

 

 

「失礼します……」

カラ、と控え目に保健室の扉を開ける。

保健室に来るなんて初めてだ。

「チッ、まだ残ってたのか」

その声にびくっと体が震える。

確かにもう下校時間は過ぎていて、残っている生徒はほぼいない。

 

「ご、ごめんなさい。その、絆創膏だけ、貰ったら帰ります」

「いや、いい。座れ」

ちょっとため息交じりの声に申し訳なくなりながら、言われたとおり保健の先生と向かいあうイスに座る。

 

保健室の先生ってもっとこう、優しい人じゃないの?と思うくらい鋭い眼光が怖い。

名前は確か、高杉先生だったはず。

「転んだのか」

「はい」

 

絆創膏だけで、と言ったけれど高杉先生はひざに消毒液を塗っていく。

「擦り傷っていうより、打ち身だな。後から痛くなるだろうが我慢しろよ」

「はい……」

既にずきんずきんと痛む膝に貼られた絆創膏に目を落としていると、先生の手の甲が首筋をなぞった。

「え、えっと」

「熱いな」

 

言うと同時に先生は立ち上がって、私のおでこと自分のおでこをそっとくっつけた。

 

「微熱ってとこだろうが、一人で帰れるか?」

 

至近距離でそう言い、私の手を軽く握る。

 

「だっ……大丈夫です!!!!!ありがとうございました!!!」

よろめくようにして先生から距離をとり、深くおじぎをして保健室を飛び出した。

走って家に帰ったのに、膝よりも心臓が、心が、きゅっと痛かった。

 

 

 

 

 

 

 

それがきっかけだったんだろう。

私の学生生活に高杉先生は欠かせない人になっていた。

 

1年後半からずっと保健委員を務め、毎日授業後には保健室へと通う日々が体に染みついた。

「毎日毎日ご苦労なこった」

「高杉先生の力になれるなら、これくらいなんてことないです!」

備品棚の整理と片づけをする夕暮れ時は、私と先生だけの時間。

 

「……あ」

消毒液の補充をしようとしたところで、棚に手が届かないことに気付いた。

「先生、あの」

言いながら先生の大きな手を取る。

「手を貸してほしくて。棚、届かないんです」

「ああ、あれか。危ない薬品は奥に入れたんだったな」

すっと私の手をすり抜けて、ぽんと頭をひと撫でしてから棚へと向かい、さっと消毒液を取り出してくれる。

落とすなよ、と言って差し出してくれたビンを両手で持って、ありがとうございますとお礼を言う。

 

 

触れた手と、触れられた髪が熱い。

先生はなんとも思ってないのかな。ドキドキしているのは、私だけなのかな。

 

急いで消毒液の補充を終えて、ビンのふたをしっかり閉める。

「先生、補充できました!」

まだ棚の前に立っている先生に駆け寄り、さり気なく先生の腕にすり寄る。

薬品の香りがする白衣を通して、先生の体温が伝わってくる。

 

はしっかりしているようで危なっかしいからなァ。奥に入れておくから、必要な時は呼べ」

「は……はい、喜んで!!」

「あ?」

先生の疑問符を、へへ、と笑って誤魔化す。

だってそれは、先生を呼ぶ口実のひとつになるのだから、私にとっては嬉しい配慮だ。

 

 

 

「先生、今日は何時に帰るんですか?」

軽く保健室の掃除をしたら、私の仕事は終わり。

 

「さァな。が帰ってからなのは確かだ」

私は徒歩で、先生は車だから一緒に帰れたとしても駐車場まで。

それでもいいから一緒にいたいのに、先生はいつも私より遅く帰る。

 

「何やってるんですか?手伝えることなら、やりますよ」

「大したことじゃねェよ」

いつものイスに座って机の上を片付ける先生は、私を見ていない。

そのうち私も掃除が終わって、手を洗って、もう私にやるべきことは無い。無くなってしまった。

 

「じゃあ、終わるまで待ってます」

「他の生徒はもう帰ったぞ、もさっさと帰れ」

先生はずるい。

ふわっと近くに来るくせに、こうやって急に遠くへ行ってしまう。

もっと一緒にいたいのに。もっと傍にいたいのに。

 

 

「もうちょっと、一緒にいたいんです」

だから今日こそ、引きたくない。

 

「もうちょっとだけで、十分ですから」

お願い、少しでいいから、どきどきして。

 

「高杉先生」

 

名前を呼んで。手を握って。髪を撫でて。もっと触れて。もっと、もっと。

 

イスに座る先生にぎゅうっと抱きついて、首に腕を回す。

さらさらに見えて、ワックスのせいか少し硬い髪が頬に当たる。

 

 

 

先生は、何も言ってくれない。

ただ私の背中を撫でるだけ。

 

 

「……戸閉まりと、職員会議だ」

「え?」

背中を撫でていた手が後頭部へすべり、先生の肩に顔を埋めたまま声を聞く。

 

「戸閉まりの方はすぐ終わるんだがな、職員会議はいつ終わるかわからねェ」

「そ……そう、なんですか」

髪を撫でる手が離れ、私の両肩を掴んでそっと引き離す。

先生と目が合う。

 

「ククッ、女じゃねェから安心しろ」

「っ!!!」

顔から火が出るかと思うくらい、一気に顔に熱が集まる。

 

 

「顔、真っ赤だぞ」

「先生がっ……先生が、そういうこと、言うから」

どきどきする、体中が熱くなる、胸が苦しくなる。

 

「そろそろここも閉めるぞ。帰る準備しろよ」

「……はい」

帰る準備なんて、すぐに終わってしまう。

鞄を持って、窓を閉める先生の背中を見つめて、終わり。

 

 

保健室を出て、鍵を閉める。

カチャンという無機質な音が暗い廊下に響いた。

私は昇降口へ。先生は、反対方向の職員室へ。

今日もここで終わり。

 

 

「また明日、待ってるからな」

「はいっ、待っててください!」

「いい返事だ」

フッと笑って、先生は最後に私の頭を撫でていった。

 

 

諦めませんからね。また明日、覚悟しててくださいよ。

 

 

 

 

 

押して惹かれて








 

(「マジ?まだ手ェ出してねえの!?」「今日はちっとヤバかった」「アッハッハ今日もわしの勝ちじゃな」「賭けんな天パ共」)

 

 

 

 

 

 

あとがき

「攻め主人公で3Z高杉先生夢」リクエストでした。ありがとうございました。

微妙に押し切れてないのですが、高杉さんが上手(うわて)すぎるのがいけないんだと思って頂けると幸いです。

手を出してこないのは、主人公の人生が崩壊しないように教師と生徒ラインを引いているからです。

卒業したらどうなるかわかりません。倍返しかもしれません。

2017/07/23