きゃあきゃあ、という高い声の響くこのお屋敷。
人はここを大奥と呼ぶ。
そして、あたしはおそらく、この大奥の中で一番場違いな女だ。
熟慮断行
じゅくりょだんこう
一通り仕事を終えて、庭を見渡せる縁側で休憩していたとき、女の人の声とは違う声が聞こえた。
「ー!今日も遊んでくれないか?」
「あのですねー、将軍様。あた…私は暇ではないのでございますよ」
「敬語が苦手なのがまるわかりだぞ」
「…しょうがないじゃん!将軍様相手に敬語なしなんて許されないんでしょ!?苦手ながらも頑張ってんの!」
そう叫んで立ち上がると、周りからの視線が集中する。
「またあの子、将軍様に向かって…」「はしたないったらないわ」「将軍様も、何であんな子を気に入ってるのかしら」
そんな囁き声が風に乗って聞こえてくる。
「…向こうで遊びますか」
「!ああ!」
あたしの後ろをとことこと歩きながらついてくる、将軍様。
…そうなんだ、どうしても敬語を使いづらい理由はふたつある。
一つ目は、あたしが単に敬語苦手なこと。ふたつめは…将軍様が、あたしより、年下なこと。
「で。何して遊ぶんですか」
「が考えてくれ」
…なんていうか、見上げられてるのに、見下されてる気分になるのはどうしてだろうか。
「じゃ、ぞうり隠しでもやりますか」
はい!ここでちゃんからの説明!
ぞうり隠しっていうのは、鬼を決めます。
それ以外の人は片方の草履を脱ぎます。そして、それを隠します。それを鬼が探し出す!
っていう遊びなんだけど、2人しかいないから、お互いに草履を脱いで、先に相手の草履を見つけたほうが勝ち。
それだけだと張り合いがないってことで、草履を見つけてから、相手を捕まえた時点で勝ち。
というルールで始めることになった。
とりあえずお互いの靴を隠してから、ゲームスタート!
「将軍様相手でも、手加減しませんからね!あたし負けるの嫌いなんで」
「当然だ。も油断せぬほうがいいぞ」
「じゃ、ゲームスタートッ!!」
あたしの掛け声とともに、お互い反対方向へと走り出す。
もちろん、片足飛びで。
あの将軍様、結構やり手なんだよね…!無駄に頭いいからさ。
そしてあたしは、草履を探しに走り出す。
こうしてここで遊ぶのも、今日が最後の予定だから。
しばらくたって、空が夕焼けに染まりだした頃に、あたしたちのゲームの勝敗はついた。
「…普通、将軍の草履を木の上に隠すか?」
「そういう将軍様こそ、あたしの草履池に沈めてたじゃないですか。びしょびしょですよ、片方だけ」
縁側に座って、足をばたばたと揺らしながら話す。
結果は、あたしの勝利!
「ま、だが楽しかったぞ」
そう言ってにっこりと笑う。
「…それは、よかったです。…あの、ですね、将軍様。実は…」
前々から思っていたこと。
あたしは、この大奥にいるには、大分場違いな女なわけで。さっきも片足で飛んでて怒られたしね!
それに、あたしは江戸の町へ行って、もっと素敵な恋をしてやりたいわけです。
だから、今夜、あたしはここを脱走します。
「…行って…しまうのか…?」
「はい。上臈の女の人たち怖いしね!」
何気に将軍様と親しいあたしは、しょっちゅう目線で殺されそうになってるんだよね。痛い痛い。
「…は決めたら必ず実行する女だからな。止めても、無駄なんだろう」
「さっすが!よくわかってますねー!」
「寂しくなるが…元気で、な」
「…はい。ありがとうございます」
そう言って、夜を迎え、あたしはここを脱走する。
「!こんな夜中に何処へ行くつもりだ!!」
「まぁそんな上手くいくわけないよねぇぇーーー!!!」
ただいまあたし、門番兼、見張り役の方々に追いかけられてます。
ああっ!どんどん大事に…!いや、でも、あたしの人生のため!逃げ切ってやるっ!
1週間くらい前に探した抜け道を通り、こそこそと壁の陰に隠れたりして大奥を抜け、なんとか江戸の町へでたものの、
あの人たち、ほんと、しつっこい!!
必死に町を駆け抜けるあたしを、人々は思いっきり避ける。
「犯罪でもやったんじゃね?」みたいな目で見られた気がするけど、気にしている暇なんてない!
体力が限界に近づいたとき、割と大きな建物から人が出てくるのを見つけ、あたしはそこへ飛び込んだ。
「ちょ、そこのお兄さん!!匿ってぇぇ!!」
「うおっ、何でィおめー、折角見回り行く気が起きたっていうのに…」
暗くてよく見えないけど、なんか大きな門…から出てきたお兄さん…?にタックルをかます勢いでしがみつく。
そのままの勢いで、門の裏側へと倒れこむ。
しばらくすると、ばたばたという足音が遠ざかっていった。
「…行った…かな…」
「まさか俺が押し倒されるとは思ってやせんでしたぜィ」
「え?…うおあああ!ご、ごめんなさい!」
がばっ、と茶髪のお兄さんから飛びのく…はずが、いつの間にか立場が逆転している。
「え、え?」
「俺ァ押し倒す方が好きでしてねィ。…俺を押し倒してくれた礼、どうしてやりやしょうかね…?」
そう言って、月明かりに照らされた笑顔はやけにサディステックだった。
…やばい。第六感が、そう警告を発している。
あたしはもしかしたら、とんでもない人に飛び掛ってしまったのかもしれない。
あとがき
冒頭長くてすいません…!!
つ、次からはちゃんと夢っぽくなりますので、お待ちいただけると嬉しいのです…!
2008/7/20