ある日の夜。まだ少し早い時間だけど、やることも終わって部屋に戻ろうと思ったとき。
ふと油が切れかけてたことを思い出した。あ、マヨネーズもストックないんだっけ。
明日の朝…足りない、よね。行かなきゃ、ダメだよね。
直情径行
ちょくじょうけいこう
「駄目だ。夜中に女1人で出歩かせられるか」
「心遣いは嬉しいです、土方さん。でも明日の朝ごはんのためなんです」
勝手に出て行くのも悪いかと思い、一応土方さんに伝えてみたところ、夜のお出かけは却下されてしまった。
まぁ、朝ごはんに間に合わないっていうのと、かぶき町の夜景を見に行きたいっていうのもある。
「すぐ、帰ってきますから!」
「けどなぁ…」
「なら、俺が一緒に行ってやりやしょうかィ」
ふすまの開く音と同時に聞こえた声。
「えぇー、沖田さんとですかー…」
「何でィ、不満でもあるんですかィ?」
「だって途中で嫌がらせされそうですもん」
真選組に拾われてから何日かたったけど、未だにあたしと土方さんへの嫌がらせは止まない。
むしろ毎日毎日よくもまぁ、いじめるネタが思いつくもんだよ。
「心外でさァ。俺がに嫌がらせなんてしたことありやしたか」
「毎日じゃん」
そうでしたっけ、と明後日の方向を見て笑う沖田さん。くそ、ほんと腹立つこの人!
「ったく…しょうがねぇな。じゃあ俺が行ってやるから…」
「えっ、ほんと…うおわっ!!」
土方さんの方を振り向いたと同時に、後ろから手を引っ張られる。
「ちょ、お、沖田さん!?」
「さっさと行きやすぜ、」
そう言った沖田さんは真っ直ぐ前を向いていて、あたしからは表情が見えなかった。
「どーせなら、土方さんと行きたかったなぁー」
「何ででさァ。あの人と買い物なんて、恥かきやすぜ」
あたしの手を握ったまま、ずんずんと歩いていく。
少しずつ、かぶき町のネオンが見えてきた。
「土方さん優しいし。かっこいいし。っていうか恥って何ですか?」
「おめーは、両手一杯にマヨネーズ持って町歩きたいんですかィ?」
「……それは…恥、かも。いや、恥だわ」
絶対にすれ違う人の目線が痛いだろうなぁ。
土方さんは気付かないんだろうけど。
なんて話をしているうちに、大江戸マートへたどり着いた。
目的の油とマヨネーズ少量を買って、店を出る。
「ふうー、これで明日の朝ごはんも安心安心!」
「よかったですねィ」
言うと同時に沖田さんはあたしが持っていたスーパーの袋をひったくるように持った。
「え、あの」
「…気が向いただけでさァ」
それだけ言って、またすぐに前を向いて歩き出す。
…なんだ、優しいとこも、あるんじゃないの。
小走りでずんずんと進んでいく沖田さんの隣へ追いついて言う。
「ありがとうございます、沖田さん!」
「……さっさと帰りやすぜィ」
表情こそ変わらないものの、その声はさっきよりも少し優しく聞こえた。
屯所までもう少し。この辺りまでくると、大分人が少なくなってくる。
「でも、沖田さんに来てもらってよかったかもしれません」
「何でさァ、突然」
「あたし1人だったら、色んなお店に寄り道しちゃってたと思うんですよね」
きらきらとネオンの光るかぶき町は、そりゃいかがわしいお店もあるけれど、小物とかを売ってるお店もある。
一応これでも女の子なんだから、買う買わないを別にしてそういうお店を見るのは好きだ。
「だから、ありが」
そこまで言いかけた、その瞬間。
背中に感じるのは壁の感触。
暗い横道に引っ張り込まれて、両手首を押さえつけられて。
え、なにこの状況。
「おき…た、さん?」
「夜のかぶき町は、みてーな奴がへらへらして歩いていられる町じゃねぇんでさァ」
手首にかかる力が強くなる。
沖田さんの腕にかかった袋がガサリと音を立てた。
「…こういうこと、してくる野郎もいるんですぜィ」
そう呟くと同時に沖田さんの顔が近づいて、あたしの唇に沖田さんのそれが当たる。
「んっ…ぅ…!!」
何が起こってるのか、わからなかった。
とにかく息が苦しくなってきて、沖田さんにキス、されてるんだ、って思った。
「ふ、ぅっ…はぁ、おき、んんっ!!」
息継ぎの合間に言おうとした言葉は言えないまま。
もはやキスなんて言えるような代物じゃない。噛み付かれてる気分だ。
「ふ、はあっ…」
口が解放されると同時に、手も自由になる。
けれど今のあたしには、抵抗する力は無い。ああ、頭がくらくらする。
ぺたりと地面に座り込んだあたしに、沖田さんは立ったまま言う。
「そのくらいで息切れしてたら、身がもちやせんぜィ」
あたしは肩で息をしながら、呆然と沖田さんの足元を眺めていた。
「もうちょっと、警戒心を持ちやがれィ」
かつ、かつという足音が遠のいていく。
あたしはただ、座り込むしかできなくて。頭の中で沖田さんの声が、さっきの感覚がループしていた。
「総悟、やっと帰ってきたか…ってはどーした」
「あ。忘れてきやした」
「…はあぁぁああ!?何考えて…。…チッ、やっぱり俺が行けばよかった…!」
「チッ、なんで俺ァ…。くそっ、…ッ」
「おいっ、おい!!」
ガクガクと肩をゆすられて、我に返る。
「あ、ひ、じかた、さん…」
「何やってんだよおめーは!!」
今の土方さんの目っていうか瞳孔、いつもの倍くらい開いてるんじゃないのかな。
そんなことを考える余裕が、少しだけでてきて、そして。
「あの、野郎…!!」
「?」
あたしはゆらりと立ち上がる。
「あの野郎、絶対、ぜっっったい、許さねぇぇえええーーー!!!!!」
あたしの声は、自分で思ってたよりも大きく響いた。
あいつ、よくも、あたしのファーストキスを…!!大奥にいながら守り抜いたっていうのに!!
あんな、あんなッ…!!甘さのカケラも無い感じでしやがって!!
とりあえず屯所戻るぞ、と言って土方さんはあたしの手を引っ張っていく。
ふと見えた自分の手首が少しだけ赤くなってることに、また苛立った。
悔しいのは、ファーストキスを奪われたこと。そして、なにも言い返せなかった、抵抗できなかったあたし自身。
…部屋に戻ってからも、なかなか寝付けなかったのは言うまでも無い。
あとがき
実はこのネタを思いついたがために書いた連載だったりします。書くときかなり恥ずかしかったです…!←
今回の題名は沖田さんに対して。不器用と鈍感のぶつかり合いな感じになってればいいなぁ。
2008/8/13