朝目が覚めても、頭がスッキリしない。一応ちゃんと寝たんだけどなぁ。
これも全部、全部あの人の所為だ。今日は、あたしがぎゃふんと言わせてやるんだから。
…とりあえず、朝ごはんを作りに行こう。
破顔一笑
はがんいっしょう
「はあー…」
「あれ、今日はなんか元気ないねちゃん。どうかしたの?」
「あぁ、山崎さん。ふふ、まぁ、ちょっと、ねぇ」
手に持ったお皿から、ギリリリと割れそうなくらいの音が鳴る。
「ひ、ひぃ!」
「あぁ、山崎さんに怒ってるわけじゃないのでご心配なく」
にこ、と笑いかけると山崎さんは一歩下がった。あれ、今のあたしそんなに怖いの?
「…おい、廊下まで殺気が流れてるぞ」
「ちょっと、失礼ですね土方さん!殺気なんて出してません!」
…多分。
「なにがあったか…は、聞かない方がいいのか?」
言いながら土方さんはイスに座る。
あたしは慣れた手つきで朝食を準備して机へと運ぶ。
「うーん…ちょっと、話しづらいっていうか…」
なんていうか、恥ずかしい。だって、ほら、ちゅーされたわけですよ。
むしろ噛み付かれたんですよ。
どうやって説明しよう、って悩んでると、また1人食堂へとやってきた。
「…げ」
食堂へ入ると同時にそう言ったのは、本日の仕返しのターゲット、沖田さん。
キッ、と一発睨んでから、あたしは朝食の準備をする。
「…原因はおめーか総悟」
「なんのことでしょーかねィ」
「いや、でも沖田隊長が来たとたんここの温度1度下がりましたよ絶対」
「…はい、ごゆっくりどーぞ!」
どんっという音と共に机に朝食を置く。
「じゃ、あたし今からお洗濯しなきゃいけないので、食べ終わったら食器奥に置いておいてくださいね」
にっこりと笑って、すぐに食堂を出る。
「お…沖田隊長。お味噌汁の具、ワカメしかないですよコレ」
「しかもお茶なんてすげー薄いぞこれ。ほとんど水じゃねぇの?」
「…へぇ、あの女…俺に対していい度胸じゃねーか」
廊下でそんな会話を聞いたあたしは、声を出さないように笑ってから静かにその場を後にした。
空は晴れて、とても綺麗な色をしていた。
流石は真選組、洗濯物の量も半端ない。
なんとか全部干し終わってからは、お掃除。
今日は…雑巾掛けをしなくっちゃ。
廊下だけじゃなく、柱もきゅきゅっと磨いてみたり。
掃除は大変だけど、やっぱり綺麗になるとなんだか嬉しくなる。
そろそろ床も磨こうかな、と思って雑巾を洗って絞る。
その時曲がり角の向こうから、沖田さんと山崎さんの声が聞こえた。
あたしはぎゅっ、と雑巾を握りなおして絶妙なタイミングを見計らって、沖田さんが角を曲がってきた時に。
「おおっと、手が滑ったァァ!!!」
という叫び…いや、掛け声を同時に雑巾を投げ飛ばす。
絞った後だったから、ちょっとだけ痛そうな音を立てて沖田さんの顔にヒットした。
笑いそうになるのをこらえて、心の中でガッツポーズをとる。
ちなみに横にいる山崎さんも笑うのをこらえてた。
「なに、すんでィ」
「ちょっと手が滑っちゃって。すみませんね、沖田さん」
嘘。思いっきり当てる気満々でした。
「なんで廊下磨いてて手が滑って顔に飛ぶんでさァ」
「…滑ったんです。っていうか副長の座狙ってるくせにあたしみたいな女の子に負けてていいんですかー?」
そういうと、沖田さんは少しだけ悔しそうな顔をしたかと思うと、すぐにいつもみたいに笑って言う。
「そのうち10倍返しにしてやりまさァ。楽しみにしときなせェ、」
そう言って沖田さんはすたすたと歩いて去っていった。
「…いつもなら、避けるはずなのに…どうしたんだろう、沖田隊長」
そう呟いた退くんの言葉が少しだけひっかかった。
「え、今日は体調悪いとか?」
「や…そんなことは無いと思うけど…。あ、仕事、頑張ってね」
それだけ言って山崎さんも庭のほうへと歩いていった。
…ま、いいや。あたしには、関係、ないだろうし。むしろヘコんでるのはあたしの方だ!
それからも、あたしは細かい仕返しを色々とやっていた。
大奥にいた時代はよく将軍様とこうやっていたずらして遊んだんだよね。
その後怒られたけど。…なぜか、あたしだけ。
たたんだ洗濯物を部屋へ運びながら、昔を思い出す。
ここに来てから一年も経ってないのに、大分馴染んだなぁ。
それに色々あるけど、やっぱり楽しい。自由って素敵だ。
最後の洗濯物は沖田さんの。
もちろん仕返しのため、裏返してたたんでやった。ふふ、着るときに慌てるがいいわ!
「失礼しまー…ってなんだ、いないじゃん」
敷きっぱなしの布団。でも、枕は壁際に落ちている。
…投げ飛ばしたんだろうか。
「にしても…だらしないなぁ」
なんて思いながら、洗濯物を机に置く。
「悪かったですねィ、だらしなくて」
背後からいきなり聞こえた声に一瞬びっくりして振り返る。
「…っ、お、沖田さん」
「今日は散々嫌がらせしてくれやしたね…?」
思わず一歩後ろへと下がる。お、オーラが恐ろしい。
「きっ…昨日沖田さんがしたこと忘れたんですか?これくらい、優しいものじゃないですか」
っていうか普段から嫌がらせされてるんですけど、あたし。それと土方さん。
「…忘れるわけねーだろィ。おめーは変わってらァ」
ひとつ、ため息をついて沖田さんは言う。
「口も利かなくなると思ってやした。避けられるだろーな、って思ってたのにおめーは逆だった」
ゆっくりと部屋に入ってきて、あたしの目の前で立ち止まる。
なんか…こう挑発的な言い方をしない沖田さん相手じゃ、調子が狂う。
「…すいやせんでした」
ぎこちない、言いなれてない感じのする言い方で、少しだけ頭を下げる。
きっと今まで謝るなんて、あんまりしてこなかったんだろう。
そんな人が、ここまでする、なんて。
「…あ…謝ってくれたなら、もう、いいですよ。許してあげます」
下がったままの顔を両手で支えて真正面を向かせる。
「もう、ああいう嫌がらせはしないで、くださいよ。いいですね!?」
「…わか…りやした」
「じゃ、もういいです。また明日から、ごはんも普通にしますし、雑巾投げたりとかしませんよ」
そう言ってあたしは笑う。
ぽかーん、とした沖田さんはなんだかちょっとだけ可愛かった。
「おめーは、簡単な…女ですねィ…」
そう消えそうな声で言いながら、沖田さんは、あたしの方へと倒れこんできた。
「って言ったそばからそれか!!やめてって言った…」
「眠ィ、んでさァ。昨日…あれから寝れてないんですぜィ…」
「え?」
重みに耐えられなくなって、しきっぱなしの布団に座り込む。
「おめーに…なんて言おうかとか…考えてたら朝になってんでさァ」
途切れ途切れにそう言って、沖田さんは布団に寝転がる。
「え…あたし普通に寝てましたけど」
「……は…図太い女でィ…」
「失礼ですね!ファーストキス奪われてかなり落ち込んでたんですよ!!」
でも、寝れないくらい、悩んでたんだ…沖田さん。
「…沖田さん?」
問いかけながら顔を覗き込むと、静かに寝息を立てて目を閉じていた。
あ、よく見ると目の下隈できてるじゃないの。
しょうがないな、と思いながらあたしは沖田さんに布団を掛けて、机の上に置いた洗濯物をたたみなおした。
今度はちゃんと、表向きに。
軽くなった、もやもやの無くなった心で、少しだけ微笑みながら。
あとがき
ドSが続くのもどうかと思って、ちょっと休憩と仲直り。
図太いというか、なんだか凄いヒロインになっててすいません。
2008/9/6