大奥を抜け出して、真選組に居候するようになってもう数ヶ月。
ここへ来てから、時間が経つのが早く感じる。
それは、今の生活が、ここが楽しいからなんだろうか。
烏兎怱怱
うとそうそう
時間はお昼ちょっと過ぎ。江戸の町は今日も賑やかで明るい。
ま、かぶき町は昼も夜も賑やかだけどね。
そろそろおやつの時間だし、お団子でも買って帰ろうかな、なんて思っていたとき。
道行くの人たちの小さなざわめきが聞こえた。
なんだろうなー、なんて思っていたあたしの目の前に現れた人は、予想外の人だった。
「やっと見つけた、」
「…しょ…うぐん…さま…?」
きっと今のあたしは、土方さんみたいに瞳孔が開いているんだろう。
だって、将軍様がこんなところにいるはずがない。っていうか、いたらいけない。
そもそも江戸の町で会うわけないと思ってたんだけど!!
「な…なんで、こんなところに…っ」
「やはりあそこにはお前がいないとつまらないんだ」
久しぶりに見た将軍様はむすっとした顔でそう言った。
「いや、あの、あた…私ちゃんと将軍様に大奥脱走宣言しましたよね」
「そうだな」
「応援してくれましたよね」
「あぁ」
「じゃあなんでここにいらっしゃるんでございますか!?」
そう叫ぶと、ぶはっと噴出して笑う将軍様。
「ぶ、くくっ…相変わらず敬語は苦手なようだな」
「う…うるさいです!苦手なものは苦手なんです!」
出身が庶民なんだから、仕方が無いじゃないの。
「やはり、といると何の気兼ねなく笑っていられるな」
声を出して笑う将軍様は、年相応に見える。
普段は高圧的というか、偉そうな口ぶりだから年以上に見える。
「今でも帰る気はないのか?」
「ないです。やっぱり、あたしにはこっちの方があってるみたいですから」
江戸の町を走りまわったり、お買い物したり。真選組で女中の仕事したり。
豪華な暮らしじゃないけれど、楽な人生じゃないけれど、今の生活のほうが、楽しいって思える。
「あたしの気持ちは変わりません。…この生活が好きです、だから、そっちへは戻りません」
「…そうか」
ぽつり、と将軍様は呟くと、ふふ、と楽しそうに笑った。
「確かに、今のの方が…あのときよりもいい笑顔をしているな」
下から差し伸べられた手は、あたしの頬をゆっくり撫でる。
「お前がそう決めたんなら、これからも頑張れよ」
「将軍、さま……はい、ありがとうございます!」
ところで。
すっかり忘れかけていたけど、将軍さまってこんなとこにいちゃだめだよね?
「あの、将軍様」
どうしてここに?と言いかけた時、後ろから聞きなれた声が聞こえた。
「オイ、そろそろ休憩時間は終わりですぜィ」
「え、もうそんな時間でしたっけ!?」
今さっき仕事頑張るだの宣言したのに、これではまずい。
「…でもそういう沖田さんだってふらふらしてるじゃないですか」
「失礼ですねィ。今は仕事中でさァ。さっきとっつあんが来やしてね。なんでも将軍様が行方不明だとか…」
「………」
沖田さんのその言葉に、一瞬思考が停止した。
あぁ、ほら、やっぱり大事になりかけてるじゃないの。
ぎぎぎ、というかすれた音がしそうな速さで首を将軍様のほうに向けると、将軍様はあっさりと言った。
「チッ、もうバレたか…」
「ちょっとォォォ!やっぱり脱走してきてるんじゃないですか!駄目ですよ勝手に外に出たら!!」
もしこの場に大奥の人たちや、役人が来ちゃったら、おそらくあたしもひっくるめて…連れ帰らされる!
ぞわり、と背筋に嫌な寒気を感じていた時、沖田さんが横から口をはさんできた。
「、誰でさァこのガキ」
「ぎゃああああ沖田さん今の会話聞いてましたよね!ガキとか言っちゃ駄目です!一応これでも将軍様ですから!」
「それでフォローになってるとでも思っているのか、」
「ごめんなさい」
かくんっと身体を90度に曲げて謝る。
つい癖でやってしまったけど、周りに人がいなくてよかった。結構恥ずかしいんだよこれ!
「へぇ、アンタが将軍様だったんですかィ。そりゃ話は早ェや。今から一緒に来てくだせェ」
将軍様相手だというにもかかわらず、いつもと同じ声音で話を進める。
「…断る、と言ったら?」
「力づくで連れて行きまさァ」
うわぁ、なんてありがちな展開…ってちょっと待ったァァァ!
「だだだ駄目にきまってんでしょうが!沖田さん、相手はッ…」
沖田さんの前に立ちはだかるあたしの手を、沖田さんはぎゅっと掴んで、それはそれは、楽しそうに笑った。
「大丈夫でさァ。別に首取るわけじゃありやせんし」
「あぁ。安心しろ、。…勝負は一本とった方の勝ちでいいな?」
「もちろんでさァ。あんたが勝ったら、俺ァあんたを見なかったことにして屯所へ戻る。俺が勝ったら…」
なんでこいつらは勝手に話をすすめるんだ。
そんな目線を送っていたあたしに、ふいに視線を送る沖田さん。
「は…正式にうちの屯所の女中として貰いまさァ」
「ふっ、くくっ、いいぞ。お前が勝ったら、な」
「…ってちょっとまてェェ!何でそこにあたしの名前が出てきてんの!関係ないでしょあたし!」
というか完全に話聞いてなかった!え、なにがどうなってんのこれ!
「関係ならあるぞ。お前が大奥を出て行ったときに言っただろう、江戸へ出て人生の伴侶を見つけると」
伴侶…ってまさか、江戸で素敵な恋をしてやる!とかノリで言っちゃったアレ?
「いや、あの、将軍様…あれは」
「どうやら相手は、見つかっているようだからな。…ふっ、私が腕試しをしてやろう」
…ってちょっと待った将軍様それ盛大な勘違い!!だからこんな勝負やめときましょうよ!
そう叫ぶ前に、沖田さんが先に口を開いた。
「俺ァ別にそういうんじゃないですぜィ。にはこれからも大量の雑用やってもらわねーと困るんで」
「将軍様、思う存分滅多打ちにしてやってください」
あたしたちは人目につきにくいように、橋の下へと移動した。
いつのまにか空の色が変わりかけていた。
あとがき
久々の登場です、将軍様。オリキャラなのでこれだけ出しゃばる予定じゃなかったんですけど…あれー?
次回で最終話…の予定。終われなかったらすいません。
2008/12/13