空の色は、太陽に照らされて赤く染まっていく。

あたしは橋の下で向かい合う沖田さんと将軍様を見ていた。

とりあえず、血が飛ばないうちに早く帰りたい。

 

 

 

落花流水

らっかりゅうすい

 

 

 

「勝負は1回。先に一本取ったほうの勝ち、だ」

「さっさと帰りてーんで、即行で終わらせやすぜ。おい、おめー合図しろィ」

 

さっさと帰りたいのはあたしの方だ、と文句を言いたかった。

 

「はぁ、いきますよ。………はじめッ!!」

 

 

あたしの声を同時にキィン…と、刀のぶつかる音が響く。

思わず耳を押さえて、一歩ずつ後退する。

 

「…へぇ、やるじゃないですかィ」

「お前もな。思っていたよりは骨がある」

 

ばっ、と相手から離れて距離をとったかと思うと、すぐに斬りかかる。

それを刀の背で流したり、受け止めたり。

カンッカンッ、キィンッという甲高い音が響きあう。

 

 

…え、この人たち、本気でやりあってる?

 

 

いやいやいや、沖田さん。相手は将軍様なんだから、手加減とかしようよ!!

怪我人でたら困るよ!

 

あぁもう、見ているだけのあたしまで、心臓の鼓動が早くなる。

 

 

ざり、と川原の砂利が音を立てた瞬間、沖田さんの足が、がくりと揺れた。

「…ッ!」

息を呑む声と共に、傾く沖田さんの体。

 

 

「そろそろ、終わりだな!」

 

好機といわんばかりに、その隙をついて将軍様は沖田さんに向かって刀を降り上げた。

「!沖田さんッ!!!」

あたしの声は、自分で想像していたよりも、切羽詰った声だった。

 

 

「心配すんじゃねーやィ、

と小さく言いながら、沖田さんは振り下ろされた刀を足で蹴り飛ばした。

「なっ…!」

くるくると円を描くように宙を舞う刀に気を取られている将軍様の首元に、沖田さんは倒れこんだまま刀を突きつける。

 

 

「勝負あり、でさァ」

 

 

 

 

 

 

 

ざくっ、という音と共に、宙を舞っていた刀が川原の地面に突き刺さった。

「…ふー、なかなかいい腕してますねィ」

「お前もやるじゃないか。田舎者も捨てたものじゃないということだな」

 

 

「…って和んでる場合かァァァ!!!」

あたしは座り込んだままの沖田さんの首元を掴み上げて、がくがくと揺さ振りながら叫ぶ。

「マジで将軍様に怪我させたらどうしようとか、色んな意味でドキドキしただろうがァァ!!」

「俺がそんなヘマするわけねーだろ…っつーか手ェ離せ!」

そんな言葉も聞かずにわめいていたあたしの肩に、将軍様の手がぽん、と置かれた。

 

 

「そのくらいにしておいてやれ」

困ったように笑う将軍様に免じて、あたしはゆっくり手を離す。

はほんとに大奥にいたんですかィ?こんな乱暴女が…」

「首絞められたいんですか?」

「寧ろ締めかえしてやりましょーかィ」

 

 

「ふ、くくっ」

にっこり、と笑うあたしと黒い笑顔を浮かべる沖田さんを見て、将軍様は笑った。

「あははは、そうか。、お前いい男をみつけたじゃないか」

「…え、なっ、違いますよ!!」

あたしはこんな苛めっ子な奴なんて、といいかける前に将軍様の声が響いた。

 

 

「約束は約束だ。私は帰るとしよう。…それじゃあ、な」

くるり、とあたしたちに背を向けて一歩踏み出す。

 

「あぁ、そうだ

「…はい?」

 

 

「外とは、いいものだな。とても楽しい…良い世界だ」

 

 

振り返って笑った将軍様は、とても無邪気に楽しそうに笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あたしたちも帰りましょうか」

ゆっくり立ち上がって、橋の上の町並みを見る。

 

「…沖田さん?」

さっきから立ち上がろうとしない沖田さんの顔を覗き込む。

、ちょっと手貸せィ」

「え、なんでですか」

 

まさか引っ張って転ばせるつもりとか?いや、そんな……やりかねないな。

なんて思っていたあたしの予想は、沖田さんの一言によってかき消された。

 

 

「捻ったんでさァ」

 

 

「…は、い?」

「さっきので、捻った。立てねーんでィ。だから、さっさと手貸せィ」

視線を斜め下へずらして、ほんのり顔を赤くして言う。

 

「さっきの演技じゃなかったんですか!?マジで転んだんですか!?」

余裕たっぷりに見えたから、作戦のうちかと思ってたんですけど!!

 

「うるせーな。さっさとしやがれ」

右手を伸ばす沖田さん。

あたしはおずおずとその手を掴んで、ぐいっと引っ張り上げる。

握った沖田さんの手は、あたしよりも大きくて、なんだかどきりとした。

 

…え、なに、なんでどきどきしてるの、あたし。

 

 

 

「よし、じゃあ屯所まで肩貸しなせェ」

「いやいやいや、何がよし、なのかサッパリですから」

離れようとするも、あたしの手は掴まれたまま。逃げられない。

 

 

 

 

「重いです。そして非情に恥ずかしいです沖田さん」

しぶしぶ貸した肩に、遠慮も無くもたれかかってくる沖田さんに文句を言いながら歩く。

「もっとキリキリ歩きなせェ。日が暮れちまいますぜ」

「それ足捻った人の台詞じゃないですよね」

 

いまやおぼつかない足取りなのは、あたしの方だ。

そして、さっきよりも近い距離に、心臓は忙しく動く。

 

何で何で。あたしは沖田さんの事なんて、好きじゃ、ないはずなのに。

こんな意地悪な人より、優しい土方さんの方が素敵でしょ。

 

 

なのに、なんで、こんなに。

 

 

 

 

「…い、オイ。屯所着きやしたぜ」

「えっ、あ…ほん、とだ」

俯いていた顔を上げると、そこには屯所の門が見えていた。

零れた声にはほんの少しの暗さがあった。

 

 

「…そんなに俺と離れたくないんですかィ?」

耳元で呟かれた声に、顔が熱くなる。

 

「そっ、んなわけないでしょうが!!」

思わずどんっと突き飛ばしてしまった沖田さんは、「おっと」と言って軽やかに自分の足で立っていた。

 

 

「……おまっ、捻ったって嘘か!!嘘だったんか!!」

「あーあ、バレちまったか」

さほど残念そうでも無く言う沖田さん。

やっぱりあたし、こんな人好きじゃない!!

 

 

 

そう、思ったのに。

 

「…俺があそこまでして、どーでもいい奴のために何かするとでも思ってるんですかィ」

かつ、かつ、と靴の音が響く。

 

 

「お前が、が好きじゃなかったら、あんな勝負しやせんぜ」

どくん、とあたしの心臓の音が響く。

ああ、折角おさまっていたのに。

 

 

「そう簡単には逃がしやせんぜ」

言いながら、あたしの髪を少し掬って口付ける。

 

 

 

「…へ、え、そうなんだ。あたしが好きなんだ」

震えそうになる声を抑えて、あたしは言う。

「ならもうしばらくここで働いてあげるわよ!その間に、あたしをあんたに惚れさせてみなさいよ!」

 

沖田さんに向かってビシッと指を指すと、沖田さんはにやりといつものように笑って言った。

 

 

「当然でさァ。ぜってー、を落としてやりやすぜ。覚悟しておけィ」

 

 

 

こうして、今度はあたしと沖田さんの戦いが始まった。

本当はもうあたしは負けているのだけれど、まだそれを教えてはあげない。

 

 

もう少し、自信がついたら。貴方を好きだという確信ができたら、言ってあげよう。

それまでもうしばらく、沖田さん…総悟による、苛めという名のアタックを楽しもうと思います。

 

 

勝負が終わるまで、もう、少し。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

最終話でございます!ちょっと長くなりましたが、なんとか終わりました最終話!

ストレート沖田と意地っ張りヒロインのお話でした。ここまでのお付き合い、誠にありがとうございました!

2009/02/20