「ふあ…」

 

 

空が夕焼けの綺麗な色に染まってきた。

あぁ、もう眠いなぁ。なんて思いながら、あたしは目の前のプリントとにらめっこをする。

 

 

 

 

偶然、休んだ日に古典のテストがあったらしい。

そのテストをみんなが帰った教室で1人やらされている。

 

 

…そう、1人。

こういうのって普通先生付き添っているものじゃないの?

カンニングし放題じゃないか。…ま、やらないけどさ。

 

「ちょっと糖分が切れた。っつーことで購買行ってくる」

とか言って銀八先生がこの教室を出てもう30分。

正直なところ、残されたあたしは暇だ。

 

 

 

「やることない…!いや、テストあるけど。もうこれ以上わからないし…」

くるくるとシャープペンを弄びながらテスト用紙を見つめる。

…適当に何か書いて空欄埋めようかな。せっかくなら面白いこと書きたいよね。

 

 

 

 

 

 

問題を考えていた時よりも、すらすらと埋まっていく空欄。

最後のひとつを埋めて、あたしは大きく伸びをした。

「はあぁー…先生遅い!暇!もう帰りたいー!」

そんなあたしの声は教室に虚しく響く。

 

 

足音1つすら聞こえない廊下をちらりと見て、もう1度テスト用紙を見つめる。

「…もうちょっと遊んでても、いいよね」

 

1度置いたシャープペンを手に取り、消しゴムで名前を消す。

 

 

 

テスト用紙に書いた、の文字を消して、坂田と書き直してみる。

「…うっわ、なんか恥ずかしいなこれ」

誰もいない教室に、あたしの心臓の音が大きく響いているような気がする。

 

 

「なーにやってんの」

 

 

「ぎゃああああああ!!!」

「うおおおお!?」

突然背後からかけられた声に思わず声を上げると、声をかけた相手も声を上げた。

 

 

「ちょっ…びっくりするじゃないですか、先生!」

「それこっちの台詞だから。先生心臓止まるかと思っただろうがコノヤロー」

衝撃でずれたのか、眼鏡の位置を直しながら先生は言う。

 

 

「で、何してんの?テスト終わった?」

「そりゃ終わりますよ。30分以上人を待たせておいて……あ」

ほらみろ、とテスト用紙を渡そうとして手が止まる。

名前、直してない。

 

 

「ちょ、ちょっと待ってください先生。あと30秒でいいんで」

「いやいや先生も暇じゃないから。もう帰りたいから、ほら渡して」

「30秒でいいから!ちょっと消して書き直すくらいだから!」

テスト用紙に向かって手を伸ばしてくる先生から逃れるため、シャープペンと消しゴムを持って立ち上がる。

 

 

「一問くらいで大して点数変わらねーから!」

「問題じゃなくて…って変わるよ!たかが一問されど一問ですよ!」

この間のテストで土方君に1点差で負けたことをふと思い出す。

あれは悔しかった。ものすごく。だって1点だよ?あと一問できてたら勝てたのに!

 

 

「とにかく、ちょっと待ってくださいってば!」

机の傍には先生がいるから、教卓にテスト用紙を置く。

とりあえず、早く消さなきゃ。

 

 

 

けれど、あたしが消しゴムをテスト用紙に滑らせる寸前に、物凄い速さでテスト用紙をひったくった先生。

え、なにその俊敏な動き…!

 

「あぁぁあああ!!」

「なんだよ、ちゃんと全部埋まって……」

そこまで言って固まる。

あぁ、もう逃げたい。…あ、そっか、逃げちゃえばいいじゃん。

 

 

 

「じゃ!あたしこれで帰りますんで!」

ぐっとシャープペンと消しゴムを握り締めて教室を出ようと歩き出す。

「鞄置いて帰る気ですかちゃん?」

先生はがっしりとあたしの手首を掴む。

うああ、振り向きたくない。まともに、先生の顔、見れそうにない。

 

 

 

「えーと、あの、それは…その、ちょっと暇だったんで…」

もごもごと口ごもりながら言い訳をする…しかない。

「ふ、深い意味はないんですよ。うん。ちょっとした遊び心で…」

そう言うと、手首を掴む手が少し強くなった。

 

 

 

「遊び心、か?」

「え…」

尋ねる先生の声は、どこか寂しそうで。

思わず「もちろんです」って返しそびれてしまった。

 

 

「深い意味のほうで、書いたんじゃねーの?」

「そりゃ…そうで、すよ」

落ち着いていた心臓が、またどくんどくんと音を立てる。

え、なにこれ。なんで、どきどきしてる、の。

 

 

 

「俺はに、深い意味のほうで、本気で書いてもらいたかったんだけどなー」

先生がそう言った瞬間、あたしは反射的に先生の方を振り向いていた。

それと同時にあたしの手首を掴んでいた手が離れる。

夕焼け空を背景に立つ先生の顔は少しだけ赤い。

 

 

「あの…それ、どういう、意味…」

「…なりませんか、っつーことだよ」

 

顔が赤いのは、夕焼けの所為か。それとも。

 

 

「なる、って、なに、に?」

答えの予測はついている。けれど、聞いてみたくなる。

だって自惚れだったら恥ずかしいじゃない。

 

 

「だから、坂田になりませんかっつってんだよ一発で分かりなさい」

 

 

早口にまくし立てるように言う先生は、冗談を言ってるようには見えない。

それどころか、「返事は」と小さな声で尋ねてくる。

 

 

 

「卒業したら、ね」

 

 

そう言ってあたしは先生にぎゅっと抱きついた。

背中に回された先生の手は優しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悪戯心ときっかけ




(が卒業したらテスト用紙じゃなくて、別の紙準備しておいてやるよ)


 

 

 

 

 

あとがき

番外編ということで、お題でできない甘さを取り入れてみました。

っていうかいらないプリントで名字変えて遊んでるのは私です。痛い子で申し訳ない!

2008/11/10