「たーかーすーぎーおにいちゃーん」
「うるっせーんだよ昼間っから家の前で叫んでんじゃねェ。…で、どうした?」
「転んだ!」
「またかよ」
高杉さんは、昔からあたしが転んだり、木から落ちたりしたときの怪我の手当てをしてくれた。
文句ばかり言っていたけれど、毎回丁寧に消毒してくれていた。
「ったく、も女なら少しは大人しくしやがれ」
そう言った高杉さんは、いつも笑っていた。
どうしようもない子供に向ける笑顔で。
「たーかーすーぎーさーん!」
カーテンを開けて、隣の家の窓に向かって叫ぶ。
「うるっせーんだよ、夜中に叫んでんじゃねぇ」
うわ、なんだかデジャヴを感じるやり取り。
なんて思いながらあたしは数学の教科書とプリントを見せて言う。
「宿題、教えてください」
「………」
返事は無言だった。
そしてカーテンを閉めようとした高杉さんの部屋に向かって、あたしは教科書を投げ込んだ。
「うおっ、危ねーな!」
「明日までの宿題なんです!1人じゃ終わらないんです!」
「知るか。どうせ数学教師は坂本だろ」
「…でも、何があるかわからないじゃないですか」
…口実が、ほしかった。
ただ、あなたのそばにいるための口実がほしかった。
「…で、ここがこう…ってオイ聞いてんのか」
「微妙」
「人が教えてやってんのにその態度はなんなんだ」
べし、と丸めた教科書で頭を叩かれる。
「痛いですー!教科書は立派な凶器なんですよ!」
「その凶器をうちに投げ込んだのは誰だ」
「……さー、さくっとやって早く寝よう!」
ぐーっと背中を伸ばして、シャーペンを握りなおす。
プリントにある空白部分は、あと一問だけ。
これが終わったら、帰らなければいけない。
「…わっかんないよー!」
べしゃり、と机に顔を突っ伏す。
「女がみっともねー格好してんじゃねぇよ」
…ああ、もう。
やっぱりあたしじゃ、あなたの隣には並べないんですか。
そして、最後の一問が、終わってしまった。
「チッ、もう12時過ぎてんじゃねーか」
「そうですね」
高杉さんは座ったまま首を回してゴキゴキと音を立てる。
「…高杉、さん」
「あ?なんだよ」
ぎゅ、と手を握り締めて、高杉さんに向かって、いつもの笑顔で言う。
「全部終わったんです、ご褒美が欲しいです」
「甘えてんじゃねーよ。つーか宿題だろうが、これ」
「でも苦手な数学頑張ったんですよ!」
家にはなんもねーよ、と言いつつあくびをする高杉さん。
その隙をついて、あたしは、ぐっと高杉さんの肩に手を当てて、そのまま押し倒した。
「…、お前な」
そう言って溜め息をついた高杉さんに、涙が出そうになる。
ほんの少しでも、うろたえたりしてくれたら、よかったのに。
流れそうな涙をこらえて、あたしは言葉を紡ぐ。
「モノじゃなくてもいいんですよ、ご褒美」
「ふざけてんなら」
「ふざけてなんか、いません」
ぎゅっと唇をかんで、あたしは小さな声で言う。
「本気です」
そう言って、驚いたように目を見開いた高杉さんの唇に、自分のそれをぶつけるように押し当てた。
それは恥ずかしさからか、申し訳なさからか、一瞬で終わった。
「へたくそ」
返ってきた言葉は、素っ気無い。
「た、かすぎ、さん…っ!?」
1度起き上がったあたしの肩を掴んで、今度は高杉さんがあたしに口付ける。
それは、あたしがしたような拙いものではなく、深くて熱いもの。
「う、んっ…んんっ!!」
ぐっと首を押さえつけられて、顔を離すことができない。
そのうちに、あたしの口の中に高杉さんの舌が入り込んで、濃密な音を立てて口内を嘗め回していく。
苦しい、熱い、苦しい、どうかこれ以上あたしをあなたに溺れさせないで。
そんな思いを込めて、どんどんと高杉さんの胸を叩く。
「…っ、は、あっ、はあ、はあ…」
離された口からは酸素を求める音が漏れる。
力の抜けた体が、高杉さんの上にべしゃりと崩れ落ちた。
「ククッ、どうしたよ。俺にキスすんなら、これくらいしてもらわねーとなァ」
このガキが。大人ぶってんじゃねーよ。
そう言われている気がして、堪えていた涙が出そうになる。
「…今度は、数学だの英語だの言わずに、こういうこと教わりに来いよ」
「え……?」
「何年、のお隣のお兄さんをやってきたと思ってんだ。お前のことは、よくわかってらァ」
未だ高杉さんの上に崩れ落ちたままのあたしを、寝転んだままぎゅっと抱きしめて言う。
「卒業するまでくらいは、我慢しようと思ってたんだがなァ…お前がその気なら、もう躊躇わねェぞ」
低い声で言われた言葉は、脅されているようで。
でも、あたしの髪を撫でる高杉さんの手は、とてもとても優しかった。
「…卒業まで、待たないでください」
「キャンセルなんざ、できねーぞ」
「はい…っ」
窓から貴方の部屋へ行くことも、女の子らしくない仕草も、やめる気はありません。
貴方が笑って、いちいち注意してくれるから、変えられないんです。
今度は、教科書でもなく、宿題でもなく、あたし自身だけで、貴方の部屋へ向かいます。
もっともっと、教えて欲しい。
貴方のことを。貴方があたしをどう思ってくれているのかを。
勉強は第二段階へ
(もっと、色々教えてください。そして、いつか、あなたを落としてみせるから。)
(まどろっこしいことしてんじゃねーよ。バレバレなんだよ、は。…どんだけ我慢したと思ってやがる。)
あとがき
3Zでは大人っぽく頑張ってる高杉さん。書いてる私が恥ずかしい。
ヒロインからのアタック話は結構珍しいかもしれないです。
2009/04/14