病院生活、3日目。

大分痛みのひいた足を、ゆっくりと動かして廊下を歩く。

たまには運動…とまではいかないけど、まあリハビリ的なものをしておこうかなと思った。

 

 

そんなわけで、部屋から出ると、隣の602号室の戸が空いているのに気付いた。

 

お隣さん、いたんだ。

あいさつとかするべき?いや、別に引っ越してきたわけでもないし。

どうしようか、と悩んでいると中から聞きなれた声が聞こえた。

 

 

「つーかお前、もう何回目だと思ってんだよ。そろそろ学習しろコノヤロー」

「わかってる!それはもうわかってるんですけど、どうしても逆らえないんですよ!」

 

最初の声は、多分坂田さん。

後の声は…多分、入院してる人だよね。

声の感じからして、同い年くらいかと思うんだけど…どうしたんだろうなあ。

 

 

部屋から出たところで立ち止まっていると、後ろから声をかけられた。

「どうしたの、ちゃん?」

「あ、山崎さん…」

 

山崎さんはこの病院の薬剤師。

そして、一番まともな人でもある。

 

 

「足は大丈夫?痛み止め、ちゃんと飲んでる?」

「はい、おかげさまで痛みは感じませんよ!」

「そっか、よかった」

にっこりと微笑んで言う山崎さんをみていると、こっちまで笑顔になってくる。

 

 

「で、何してたの?行きたいところでもあった?」

「あ、いえ。ちょっとリハビリがてら散歩にでも行こうかなーって思ってたんです」

「ああ…そうだよね。個室じゃ、暇になるよね」

「…いえ、そうでもないです」

 

昨日の惨事を思い出す。

突如始まった副院長の座をかけての戦いに、お菓子パーティー。

とてもじゃないけど、病院にいる気分ではなかった。

 

…楽しくなかったか、って聞かれると、困ってしまうんだけどね。

 

 

 

「や、山崎さんはどこへ?」

ちゃんの隣の部屋。602号室の患者さんのところへ、だよ」

602号室というと、今叫び声が聞こえているあの部屋。

 

「…私も行っていいですか?」

「ん?別にかまわないよ」

笑って手を差し出される。

私はその手をきゅっと握った。

山崎さんは私の歩調に合わせてゆっくり歩いてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「薬、届けにき…たんですけど…」

開きっぱなしだった戸の代わりに壁をコンコンと叩いて部屋に入る。

 

 

「遅いぞジミー」

「ジミー言わないでください坂田さん」

ペロペロキャンディーを舐めながら坂田さんはベッドの横にあるイスから立ち上がる。

 

 

「あれ、どうしたのちゃん」

「散歩のついでに、お隣さんにご挨拶をと思いまして」

…本当は、隣がどんな人かちょっと気になっただけなんだけどね。

 

 

ちらりとベッドのほうを見ると、やっぱり私と同い年に近い男の子が上半身を起こして布団に入っていた。

「えっと、603号室に入院してます、坂本です」

「あ、僕は志村新八です」

ぺこり、と頭を下げる新八さん。

 

「…なにこの引越しの挨拶みたいなの。永住する気ですか2人とも」

「「するわけねーだろ」」

 

私と新八さんのツッコミは見事にハモった。

なんだか、気が合いそうな気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

山崎さんが薬を準備しているうちに、新八さんから話を聞いた。

どうやら、彼は食中毒で入院しているらしい。

しかもその原因は、彼のお姉さんが作った料理なんだそうだ。

 

 

「しょ、食中毒になる料理って…どんなのですか」

私たちはイスをひっぱってきて、座って話を続けていた。

 

「こいつの姉、すっげー料理下手…ってレベルじゃねーよな。うん」

「知ってるんですか、坂田さん」

いつの間にか舐め終えたキャンディーの棒をゴミ箱につっこんでいる坂田さんに尋ねる。

 

 

「まあ、な。こいつが入院してるときに、1回差し入れっつって弁当持ってきてくれたんだよ」

右手で米神を、左手でお腹を押さえながら坂田さんは言う。

「それを食った奴ら…まあ俺も含めて、3日間くらい寝込んだんだ」

そんな大げさな、と思いながらも真剣な顔つきの坂田さんは、冗談を言ってる様子ではない。

 

 

「姉上の手作り弁当は、料理どころか兵器なんですよ」

「あれはもう料理じゃねーよ。食材がかわいそうだったよ。神楽ですら泣いてたんだぞ」

「うっそ、あの神楽が!?」

 

神楽はお菓子が好きなのかと思っていたら、食べ物は何でも人並み以上に食べる子だった。

一緒に夕飯を食べよう、といって私の病室に持ち込まれた夕飯の量に本気でびっくりした。

 

 

 

「しかも、食べるの断ると…無理矢理口につっこまれるんですよね」

「それで、食中毒…」

「はい…」

ゆっくりとお腹をさすって、薬を飲む新八さんからは年相応とはいえない疲労感が漂っていた。

 

 

 

「おかげでコイツ、ここの病院の常連なんだよ。なあ、ぱっつあん」

「不本意ですけどね。病院の常連になんてなりたくないですよ」

何度目かの溜息をついて、新八さんがそういうと同時に、1階のほうから爆発音が聞こえた。

 

 

「な、何!?今のなに!?」

「また来たんですね…」

静かな声音で言う新八さんに、何が、と尋ねる。

 

 

 

「姉上が、来たんですよ」

 

 

 

「…いや、いくらなんでも、爆発音はおかしいでしょ」

「こいつの姉、すっげー強いから、あれくらいのトラップは毎回発動してんだよ」

「トラップってなんですか!病院にトラップなんておかしいでしょ!」

叫んでいる合間に、突如部屋に放送がかかる。

 

 

『おい糖尿野郎!どこ行ってやがる!さっさと入口まで来やがれ!!』

 

 

ブツン、と放送が切れると共に坂田さんが溜息をつく。

「はあ、毎回毎回大変なんだよなー…撃退が」

「頑張ってください。僕の退院のため、そして皆さんのお腹のために」

「へいへい。…しゃーねーな。は6階から出るんじゃねーぞ。危ないからな」

 

そう言って坂田さんはスリッパを引きずるように歩きながら病室を出て行った。

 

 

 

「…あの、どこでしたっけ、ここ」

「病院だよ。…まあ、初めて来た人は毎回そういう反応するんだよね」

放心状態の私の頭をゆっくり撫でながら山崎さんは言う。

 

ちゃんも気をつけてね。僕の姉上に」

「…うん」

 

 

気付けば、時計の針はもう午後4時を回っていた。

 

 

 

 

個室なんて暇かと思ったけど、そうでもない





(部屋に戻ったら沖田さんがいました。1階の戦場から抜けてきたそうです。私の部屋は避難所じゃない。)


 

 

 

 

 

 

 

あとがき

いかに病院に人がいないか、ですね。放送て。内線を使え、副院長。

ということで、お隣さんは新八でした。

2009/05/08