春雨の戦艦の中、私は自分の部屋で仕事をしていました。
地球人ではあるものの、私は神威団長率いる第七師団の一員なのです。
神威団長は、同じ第七師団の隊員の阿伏兎さんと同じで夜兎という戦闘種族。
なので、書類仕事が全部私にまわってくるんですよね!
「ぐああー!こんなん一人で終わるかぁぁー!!」
ぽーい、と筆を投げ捨てる。
そしてそのまま、仰向けに床に倒れる。
天井に向かって手を伸ばす。
さっきまで筆を握って、疲れ果てた手を眺める。
地球人だからといって、戦えないわけじゃないんです。
これでも狙撃は得意なんですよ。お祭りの射的屋台泣かせっていう称号があるくらいなんです。
その腕を見込んだのか、お祭りの日にポンと肩をたたかれて「ね、君。うちの団に来ない?」って言われたんですっけ。
「あのときの団長、断ったらぶっ殺す、って目してたなあ…」
なんて、昔のことを思い返していると、ぐう、とお腹が鳴った。
「そっか。そろそろお昼だっけ。…よしっ、仕事頑張った自分へのご褒美ってことで今日は外へ食べに行こっと!」
たんっと跳ね上がるように起き上がって、鞄を漁る。
「ん?あれ?」
…財布が、ない。
「…え、うそっ!?昨日はあったのに………」
記憶を巻き戻していると、ふと朝のことを思い出した。
『や、お疲れ』
『そうですね』
『いやー、ごめんね書類仕事全部まわしちゃって』
『そうですね』
『ま、でもならこれくらいできるよね』
『そうですね』
『…、話聞いてる?』
『そうですね』
『……邪魔しちゃ悪いから、俺ちょっと出かけるね。あ、の財布は貰っていくから』
「あ、ああああーーー!!!あのニコニコ団長ォォ!!!」
何をナチュラルに人の財布もっていってくれちゃってるんですか!
お腹が減っていることも忘れて、私は部屋を飛び出して団長の部屋へとダッシュした。
ダンダンと音を立てて廊下を走る。
団長の部屋の前の廊下にたどり着くと、前を見覚えのある三つ編みの男の人が歩いていた。
「みつけたっ…団長ー!!」
叫んでみるも、振り返る素振りはまったくもって見えない。
それどころか、よく見ると右手で何かブンブンまわして…。
ってアレ私の財布ぅぅ!!!
財布についたストラップを握ってブンブンまわして上機嫌で心なしかさっきより早く歩いていく団長。
や、やめてください団長!ストラップ千切れちゃいます!!
「だっ、団長ォォーー!!待って、待ってください!!」
力の限り叫んでも、振り向きもしない。
「も、待ってくださいってば神威団長ォォォォーー!!!」
廊下の端まで届いたんじゃないかと思うほどの絶叫に、やっと前を歩く団長が立ち止まる。
「あれ、?なにしてるの?」
「何じゃないです!絶対聞こえてたでしょーー!?」
ぜえぜえと息を整えていると、頭の上から「なんでそんなに疲れてるんだい?」とか聞こえた。
誰の所為だと思ってるんですか。
「じゃあ、俺、今からお昼だから」
そう言って再び歩き出そうとする団長の手をつかむ。
「ストップ!団長、ストーップ!!」
「ええー」
「ええーじゃないです!ちょっ、離してください、私の財布!!」
ニコニコした笑みは絶やさず、団長は私の財布のストラップを握っている。
だから、千切れちゃいますってば!
「いいじゃん、ちょっとくらい」
「よくないです!団長が大食いなのは知ってるんですからね!
私の財布の中身なんて3分で消せることくらい知ってるんですからね!」
そもそも団長の方が高給取りじゃないですか!
私の給料なんて団長の何分の一かもわからないくらいなんですからね!
なんてぎゃあぎゃあ叫びながら、団長の手をぎゅうと握る。
何を考えているのかわからないけど、ニコニコしたまま団長はやっと私の方を向く。
「じゃあ俺が食べすぎないようにが見張ってればいいだろ?」
「団長が食べ終わるまで、どんだけ時間かかると思ってるんですか」
食べるのが遅いわけじゃない。
食べる量が半端無いんですよあなたは。
「団長、私にも仕事が」
「じゃ、財布は俺が貰って…」
「行く!行きます!!」
とっさに言ってしまった言葉に、ぱし、と口元を押さえる。
けれど言ってしまったことは、もう元には戻せない。
「うんうん。これで堂々とのおごりで食べれるね」
「何でですか。さっきの話聞いてましたか!?私の給料じゃ足りないって言ったじゃないですか!」
「大丈夫大丈夫。地球人は小食だから。1ヶ月1000円もあれば、大丈夫でしょ」
「大丈夫じゃないですよ!!1日んまい棒1本計算でも1ヶ月持ちませんよ!」
1ヶ月1000円て。
1週間も持ちませんよ、1000円じゃ。
団長は地球人をどこまで小食だと思ってるんですか。
「…しょうがないなあ、じゃあ、今日は多めに見て割り勘にしてあげるよ」
「どう考えても私が損ですけどね。…まあ、いい、です」
全額負担よりはマシ、なんて考えながらニコニコ笑う団長を見る。
「ほら、早く行かないとお昼の時間過ぎちゃうよ」
言いながら団長は、私の手を振りほどいてから、もう一度握り直した。
心の中で、はあ、とため息をつきながら、私は恐れ多くも団長の隣に並んで歩き出した。
私の財布を持っていかないで下さい
(「それにしても、あのまま断り続けてたら、俺のこと殺すとこだったよ」「ひええ」)
あとがき
書いてて気づいたんですが、ずっと隊長だと思ってました。団長でした。ごめん神威。
ちょっとした補足説明をしておくと、ただ、神威はヒロインさんとお昼食べに行きたかっただけなんです。
なんて下手なデートの誘い方。…っていうお話が書きたかったんです。←
2009/07/19