「あ、阿伏兎!ちょうどいいところに!」

廊下を歩いていた阿伏兎に声をかける。

「んー?どうした嬢ちゃん」

 

「あの、ちょっと資料を探しに行こうと思ってるんだけど…第2書庫って、どこだっけ?」

道忘れちゃって、と笑いながら言うと阿伏兎も「ばっかだなー」と笑いながら道を教えてくれた。

 

 

「…で、着くはずだぜ。…送っていかなくて大丈夫か?」

「大丈夫!引き止めちゃってごめんなさい!じゃ、ありがとうね!」

ぱたぱたと手を振って、書庫を目指して歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

阿伏兎の言った通りに歩いていくと、『第2』というプレートのついた扉が見えた。

「よし、さっさと資料を探して部屋に戻らねば!」

誰もいないのか、電気が消えたままの書庫に明かりをつけて中へ入った。

 

 

 

「ん。あったあった」

紐で束ねられた紙に乗ったほこりを手で叩いて落とす。

目的は果たしたし、あとは部屋に戻るだけだな。そう思って歩き出そうとした瞬間に背中から声が聞こえた。

 

「仕事熱心だね、

 

ぎょえええ!!だっ、団長!?ぬあっ、なにやってるんですかこんなとこで!」

突然背中から聞こえた声に驚いて、盛大に肩を震わせて振り向く。

そこにはにこにこと笑って腕組をしている団長が立っていた。

 

 

「んー…散歩かな?」

「いや、疑問系で言われましても」

私が聞きたいんですけど、と笑おうとしたが、声を出す前にダンッという音が書庫に響いた。

 

音とともに、髪が揺れる。

私の真横。本棚の柱に団長の手が添えられている。

 

 

「え、あの、だん、ちょう?」

「いつから?」

 

何のことか分からず、「何が、ですか」と聞き返す。

あれ、なんで私、声震えてるんだろ。

 

「いつからあいつのこと、呼び捨てにするようになったの?」

笑って細められていた目が、ゆっくり開く。

あいつ、というのは、おそらく阿伏兎のことだろう。

 

 

「一昨日、くらい、に…あ、阿伏兎が、同じ部下同士なんだから、敬語はいらない、って…そ、れで」

名前を呼んだ瞬間に、木製の本棚がメキッと軋んだ。

ぎゅううと資料を抱きしめるように持つ手に、汗がにじむ。

 

「そう。阿伏兎が言ったんだ。ふうん」

視線は私から逸らさずに、つまらなさそうに言う。

 

 

「じゃあさ。同じ団員なんだから、俺のことも名前で呼んでよ」

にこりと、いつもの笑顔に戻る。

「え、いや、でも団長は団長ですし…そんな、名前でなんて呼べませ………がっ!?」

 

 

ダンッと体が本棚に押し付けられる。いや、体というよりも、首が。

団長の空いていた方の手で首を絞め上げるように本棚に押し付けられる。

 

「だ……んっ…」

息が、詰まる。

 

「呼んでよ。俺の名前」

 

 

なんなんだ。何がしたいんだ。

痛くて苦しくて、目じりに涙が溜まってくる。

ばさりと足元に資料が落ちた。

 

「ほら、早く呼んでよ、

 

 

「っ……か…む、い……」

 

 

掠れて消えそうだったが、そう言った瞬間に首の圧迫が消えて、私の体は床に崩れ落ちる。

「げほっ、ごほごほっ……っは、あっ」

ひゅうひゅうと息がのどから出たり入ったりを繰り返す。

くらりと頭が揺れて、背後にある本棚に背を預ける。

 

「うん。これから、そう呼んでね」

にっこり笑って言う団長に視線を向ける。

はあはあと荒い息を吐きながら団長を見ていると、笑顔は驚きに変わった。

 

 

「…あれ。そんなに苦しかった?」

きょとん、としたまましゃがみ込んで私と目線を合わせる。

「く、るしいに、決まってる、じゃないですか…!死ぬかと、思い、ました、よ!」

このデンジャラス団長め!

本気で三途の川が見えるところだったんですけど!

 

 

「あっれ。そんなに力入れたつもりなかったんだけどなあ」

おっかしーなー、と笑いながら言う。

 

 

「怖かった?」

「もちろんです」

 

キッパリと言い切ってやる。

 

「…あっははは、正直だねえ

「正直もなにも…!あれ、確実に殺すときの目でしたよ!実際死にかけましたからね!」

息も少しずつ落ち着いてきたけれど、未だに手は汗ばんでいる。

 

 

「そっかそっか。ごめんね」

大して悪気もなく、言う。

「…なんで急に、あんなことしたんですか団長…」

「名前」

 

にっこりと笑う。

 

「名前で、呼んでって言っただろ?」

 

 

とっさに首を手で隠す。

「…さすがに、上下関係というものや、周りの目があるので、その、神威団長…で勘弁してほしいんですけど」

「んー……」

少し視線を斜め上にずらして考えるようなポーズをして、再び私のほうへ目を向ける。

 

 

「うん、まあいいか。でも、なるべく名前のみで呼んでね」

有無を言わさぬように、念押しするように「…ね?」と言った団長…いや、神威団長に頷くことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

名前の呼び方




(「ほら、今俺らしかいないから。呼んでみなよ」

「いやいや、ですから、さすがに…」

「絞めるよ」

「………か、神威」

「うんうん。じゃ、これからそれでよろしく」

「(私もすうぐ死ぬかもしれない)」)

 

 

 

 

 

 

あとがき

バイオレンス神威。やっぱ神威はバイオレンスな感じでなきゃ、という勝手な妄想から発展しました。

神威の嫉妬編。多分これからもヒロインは名前のみで呼べない。色々怖い。

2009/10/04