久しぶりに、書類仕事が少ない日だった。
普段なら、部屋の前に神威団長がやるべき書類仕事が山積みになって置いてあるのに。
「…まさか、自分でやった……わけないよねー!」
「失礼だなあってば」
「ぎゃああああ!」
誰もいないと思って口に出してしまった言葉は、一番聞かれたくない私の上司に聞かれてしまった。
「俺が仕事するのが、そんなに変?」
「い、いいえいいえ!滅相も無い…!!」
部屋の戸の前に立つ神威団長に頭を下げて言う。
「まあ、してないけどね。阿伏兎に押し付けてきたから」
なんて人だ。
「それより、今日は仕事もう無いだろ」
随分と断定的な言い方をされた。
なんとなく反論してやりたくなったけれど、実際、今日はもう仕事が無いのだ。
「…無い、ですけど」
「ならちょっと付き合ってよ」
そう言って、神威団長は返事を聞かずに私の手をがっちりと掴んで歩き出した。
リンチにでも遭うんじゃないかと、内心ドッキドキで神威団長の後ろを歩く。
未だに手は握られていて、離してもらえない。
そしてやっと神威団長が立ち止まったと思ったら、そこは。
「…神威団長の、部屋?」
……リンチ確定だろうか。
「何で顔青ざめてるのは。ほら、さっさと入って入って」
今度はぐいぐいと背中を押されて部屋に入れられる。
あああ、、短い人生でした…!
部屋に入った瞬間、目に入ったものは私の予想をはるかに超えるものだった。
「……何、ですか、これ」
「なにって、ぬいぐるみ」
そんなことも分からないの、とでも言うようなイントネーションで神威団長は言った。
「いや、そうではなく、なぜ、こんなものがここにあるのかを聞きたいんですが」
おおよそ、神威団長の部屋には似合わない…というか、ありえない。
私の身長くらいある、ピンクのウサギのぬいぐるみが置いてあるのだ。
「にあげようと思ってね」
にっこりといつもの微笑みで言う神威団長。…私、何か、やらかしましたか。
ぱちぱちと瞬きを数回していると、神威団長はこれまた呆れたように私を見た。
「もしかして忘れてるの?自分の誕生日」
「は、たんじょ…?……って、え、私の!?」
慌てて壁にかかっているカレンダーを見ると、今日は私の誕生日、だった。
「うおあああ!忘れてた!日付感覚なんてなくなってたから…!」
そうか、もうそんな時期なんだ。なんて思った後に目の前のウサギに視線を戻す。
「じゃあ、この子…」
「うん。への誕生日プレゼントにと思って。女の子ってこういうの好きなんだろ?」
にっこりと笑ってそう言う神威団長。
「…見返りに何か要求しません、よね?」
「しないよ」
「仕事が倍に増える、とかないですよね?」
「無いよ。なんでそんな疑うの」
そりゃアナタの日ごろの行いのせいですよ!!…とは言えないので、笑って誤魔化しておいた。
首に白のリボンを巻いたウサギのぬいぐるみ。
自分じゃ、こんなに大きいものは買えないだろう。
「ほ、本当に、貰っていいんですか…?」
「しつこいねえ。あげるって言ってるんだから、素直に受け取ればいいんだよ」
…そろそろ疑うのもやめたほうがいいだろう。
団長が左手を握ったり開いたりしてる。もう一回聞いたら、おそらく私の首が絞まる。
とりあえず、私の身長くらいあるウサギに抱きついてみる。
もふっ、とやわらかい毛に顔をうずめる。うおお…手触り良いんだけどこの子…!
次にウサギの手を取って握ってみる。やっぱり手触り抜群。
もふもふ、とぬいぐるみを触っていると後ろで神威団長がふっ、と噴出すように笑った。
「気に入った?」
「…はいっ!ありがとうございます神威団長!!」
今度はちゃんと、心から。
それにしても何を買ったらいいかわからないから、ウサギのぬいぐるみって…。
店頭で買って、持って帰って来てる神威団長…ってうっわ、なんてアンバランス!
ウサギのぬいぐるみを背負って歩いている神威団長を想像して、思わず噴出しそうになるのを抑えた。
「、なに考えたの?」
「い、いえっ、なんでもないです…!」
ふうん、とまだ納得がいかないような返事だったけれど、何故だか、今は神威団長の笑顔が優しく見えた。
「そう言うわけで。誕生日おめでとう」
にこりと笑う神威団長。
うん、やっぱり今日の団長の笑顔はなんだか優しく見える。
ありがとうございます、神威団長。そう言おうとしてとどまる。
記憶によみがえるのは、数日前の会話。ああ、そうね。今日くらいはいいかな。
「…ありがとう、神威!」
ぎゅう、とぬいぐるみを抱きしめて言う。
前は恐怖心しかなかったけれど、なんだか今日は随分と照れくさい。
神威団長もどうやらそうだったみたいで、瞬きを繰り返している。
その間にぬいぐるみを部屋に移動させるべく、持ち上げようかと思ったところ突然腕を引っ張られた。
そしてそのままぬいぐるみにどんっと押し付けられる。
「……襲っていい?」
「台無しです神威団長」
優しいウサギ
(あれから、なんとか神威団長から逃げ切って部屋に戻って机の上を見たら、『誕生日おめでとさん 阿伏兎』と書かれた紙と、落ち着いた紅色の髪飾りが置いてありました。
後でお礼を言いに行こうと思いました。それにしても、阿伏兎ってば趣味良いんだけど!)
あとがき
最後は甘く締めたかったのに、団長のおかげで台無しになりました。(ぁ
多分、阿伏兎が「たまには優しくしてやらねえと嫌われるぜ」とか言ったんだと思います。
2009/10/26