暗い道の上、切れそうな電灯の下を歩く。

吸っていた煙草の火を消して、の家の戸を叩く。

はーい、という声が奥から聞こえて戸が開く。

 

 

「あれ、どうしたのトシ。今日は屯所に泊まるんじゃなかったの?」

「あー…まあ、気が変わった」

そう言うとは小さく笑って、どうぞ、と道をあけた。

 

 

 

 

「で、何かあったの?」

ことん、と静かに俺と自分の分の湯のみを机に置いて座る。

「…別に何も」

「なかったら、わざわざ泊まりにこないでしょ」

俺の言葉を遮っては優しく笑った。

 

 

ため息をこっそりひとつ吐いて、口を開く。

「まァ、ちょっと疲れただけだ」

一度口を開くと頭の中をめぐっていた言葉がぽろぽろこぼれてくる。

 

 

「朝っぱらから総悟は廊下に油塗りやがって。それに引っかかった近藤さんが盛大に転んで廊下に穴空けるし」

「あはは、なんか目に浮かぶんだけど」

ごくりと茶を飲みながら喋り続ける。

 

「山崎は相変わらずミントンミントンやって仕事しねェし。始末書は溜まる一方だし」

湯飲みを置いて机に突っ伏して、頭を横に向ける。あーもう力入らねぇ。

「なんで俺だけこんなに仕事やってんだよちくしょう」

 

他にも色々問題はある。仕事だけじゃなくて、生活面。散らかりっぱなしの台所や、なだれが起きてる倉庫。

やることは山ほどあるっつーのに、やってる人間が少ないっていうか寧ろ俺だけじゃね?

副長ってこんな仕事あるモンだっけ?つーかあきらかに上層部がサボりすぎだろ。

 

 

なんてことをつらつらと並べていくと、不意に頭に手の感触がした。

視線をずらしてみると、随分と笑顔なが俺の頭を撫でていた。

 

「…真面目に聞けよ」

「聞いてる聞いてる」

ふふ、なんて笑いながら言うは、とてもじゃねえけど聞いてるように見えない。

 

 

「ちゃんと聞いてるよ。可愛いねえ、トシは」

「は、あ!?」

がばりと身体を起こすとの手が頭から離れた。

…もうちょっと伏せてればよかったか。ってそうじゃなくて。

 

「何が、可愛いんだよ。今の話の流れでどこらへんが可愛いんだよ」

「えー…うーん、内緒」

しー、と口元に人差し指を当てて笑う。

ああくそ。お前のほうが可愛いんだよコノヤロー。

そう思った瞬間に頬が熱くなった気がして、の顔から視線をそらした。

 

 

乱暴に湯のみを掴んで残っていた茶を飲み干したところで、俺の横からくしゃみの音が聞こえた。

「…寒いか?」

「ううん、大丈夫。ちょっと鼻がむずむずしただけ」

 

 

よく考えりゃ俺はさっきまで歩いてきたから温まってるけど、こいつはそんなことないんだよな。

さすがに夜は昼間と違って冷えてくる。

 

「無理すんじゃねえぞ。ほら、ちゃんと身体温めとけ」

「え、あ」

が言葉を発する前に、俺は着ていた隊服の上着を脱いでの肩にかけてやる。

一瞬手が触れたの肩は、やっぱり俺よりも冷たかった。

 

 

「大げさだよー。それに、今度はトシが風邪引いちゃうかもよ」

は遠慮がちに俺の上着の左右を手で合わせる。

「いいんだよ、俺は。仕事やらねーと、っていう気力で風邪なんざ吹き飛ばしてやるからよ」

 

 

 

「でも、それなら私も風邪引くわけにはいかないなあ」

「何でだよ?」

 

「私が風邪引いて寝込んじゃったら、トシの愚痴を聞く相手がいなくなっちゃうでしょ」

 

ぽかん、と口が開きそうになるのを抑える。

愚痴って。俺、そんなにに愚痴って……た、な。

 

 

そういえば、の家に来るたびに愚痴やら弱音やら吐いてばっかりじゃねえの俺。

改めて思い返すと、色々とみっともない部分を見られ続けてた気がする。

 

「……格好悪ィ…」

ぱし、と目を手で覆って聞こえるかどうかの声音で呟く。

 

 

「格好いいよ」

真っ暗の視界の中で、声が響く。

少しだけ指に隙間を空けてみると、やっぱり笑顔のと目が合った。

「仕事してるときのトシは格好いいよ。町でしか見たことないけどね」

 

 

どこら辺が、格好いいんだか。

力がするりと抜けて手が床に落ちる。

あー、なんか今すげぇ情けない顔してる気がする。

 

 

「ふ、あはは、そういうとこは可愛いけどね」

「だから、どこが。つーかなんでそんな幸せそうに笑ってんだよ」

 

そう尋ねるとは膝立ちで俺の前に移動した。

そしてそっと両手で俺の頬を包む。

 

 

 

「トシでも弱音吐くんだなー、ってとこが可愛いところ」

笑顔のままで言うの顔を見上げる。

「そういう弱い部分を私には隠さずに見せてくれるんだなー、って思うと幸せなんだよ」

 

だから、これからも愚痴や弱音、隠さないでね。

そう笑ったに、俺は一生勝てる気がしなかった。

 

 

弱いところも全部受け止めてくれる。上辺だけじゃなく、中身までちゃんと見ていてくれる。

ああ、くそ。やっぱり情けねぇじゃねーか俺。

 

 

離れていこうとするの手を掴んで、今度は俺が思いっきり引っ張ってやる。

「う、わっ!」

膝立ちで不安定だった所為で、の身体はぐらりと揺れて俺に向かって倒れこむ。

そのまま腕を回して思いっきり抱きしめてやる。

 

 

「なら、ずっと傍にいろよ。ずっと俺の弱音聞いてろよ。今更やっぱり無理、なんて言わせねえからな」

なんて言ってはいるが、離れられないのはきっと俺の方だ。

多分、もう俺ァがいねーとストレス溜まって死ぬんじゃねえのかコレ。

 

小さく頷いて笑ったの頭を撫でて、顔を見られないようにぎゅうと抱きしめる。

 

ああ、やっぱり俺はに勝てる気がしねえや。

 

 

 

 

 

 

リリィ






(それでもやっぱり、格好いい部分を見ててほしいから。明日からまた見栄張っていようと思いながらゆっくり目を閉じた。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

ほのぼの幸せな感じになっていればいいなあと思うお話。

格好よくて可愛いというと、土方さんが思い浮かびます。

2009/11/14   リリィ:BUMP OF CHICKEN