昼寝をするには最適な快晴の下、俺はかぶき町の見回りをしていた。

そもそもこんな毎日見回ったって何も変わらねーよ土方のばかやろー。

 

 

「あ、沖田さんっ」

後ろからかけられた声に振りかえる。

「何でィ、。おめー茶屋の店番はどうしたんでさァ」

 

少し小走りで寄ってくるを待つように俺は足を止める。

「ちょっと買い出しです」

にこりと笑うは、俺が見回り中に偶然見つけた茶屋のいわゆる看板娘という奴だった。

 

 

「そりゃご苦労なこって」

「沖田さんも見回りご苦労様です!」

…大して見回ってなかった、なんていうことは黙っておきますかねィ。

 

 

ちらりと俺の右隣を歩くの手に視線を向ける。

右手には荷物。左手は空。

その空いた手が俺の手を掴もうと控え目に伸ばされるが、俺はそれをかわすように頭の後ろで手を組んだ。

 

 

「…ぁ」

ほんの小さな、町の雑踏にかき消されるような、少し残念そうな声がした。

「どうかしやしたかィ」

聞いておきながら、答えなんざ分かってる。

ああ、そうやっての困ってる顔を見るのは楽しくてたまらねェ。

 

 

「え、あ…いえ…」

「言いたいことはちゃんと言いなせェ」

前を向いたまま、頬を緩ませないようにいつもの声音で言う。

 

「…っ、あ、の…迷惑じゃなければ、その、手…繋いでもいいです、か?」

最後の方はほとんど聞こえないくらいの声量だった。

「仕方ねーな」

ひかえめに伸ばされた手を、強く掴んで引っ張るように歩く。

残念ながら、俺ァに歩幅合わせてやるような優しい男じゃないんでね。

 

 

 

 

それからというもの、すっかり黙り込んでしまったの手を引いて道を歩く。

すると昨日の雨でできた水たまりが道をふさいでいた。

 

「…、ちょっとその荷物貸しなせェ」

「え?え、でも」

「いいから貸せっつってんでさァ」

少し強めに言うと、そろりと持っていた荷物を差し出す。

 

 

その荷物を左手にぶら下げて、水たまりの前で立ち止まる。

「沖田さん?どうしたんですか?」

キョトンとしているに向き合い、少しかがんでの背中と膝裏に腕を差し込む。

まァいわゆる、お姫様抱っこの体勢になる。

 

 

「おっ、おおおお沖田さんん!?なっ、ななな何してるんですか!?」

ぼわっと赤く染まった顔で叫ぶ声は少し裏返っていた。

 

「このまま歩いていったら、着物の裾濡れちまうだろ」

「そ、そりゃそうかもしれませんけど!これは無いですって!は、恥ずかしいです!!」

ばたばたと腕の中で暴れるの肩をぐっと俺の方へ押しつける。

そしてそっと真っ赤な顔に近付いて、低く囁く。

 

 

「おとなしくしてねーと、ここから落としやすぜ」

「…おとなしくしてます」

それでいいんでさァ、と呟いて道を歩く。

 

まあ道全部が水で埋まってるわけじゃねーんだから、避ければいいだけの話で。

水の溜まっていない、ぬかるんだ部分を歩いていく。

 

 

「…沖田さんのばか…」

恥ずかしさに耐えられなくなったのか、は俺の首元に顔をうずめて呟く。

「親切って言ってほしいですねィ」

 

 

 

道行く人の視線を受けながら足を進める。

「ほら見てみなせェ。注目の的ですぜ」

「見えない見えない何も見えません」

 

 

そりゃそうだろう。

ただでさえ真っ黒な隊服だ。

そこに顔をうずめているんじゃ、光なんか無い漆黒の闇が広がっているはず。

 

 

 

「ほら、到着しやしたぜ」

「うう…って到着?」

がばりとが顔を上げる。

 

 

「え、うそ、そんなに長い間、沖田さんに運ばれてたんですか!?」

「おめーと俺じゃ、歩幅が違うんでさァ」

が働く茶屋の前でぽかんとしているを地面におろす。

 

 

それに暗闇の中じゃ時間の間隔もズレるだろう。

一秒なのか一分なのか。ひょっとしたら年単位なのか。

 

 

「っ、え、ええと、でも、その…あ…ありがとうございました…?」

「なんでィその疑問形」

歯切れ悪く言うに持っていた荷物を渡してやる。

 

「だって恥ずかしいって言ったのに、おろしてくれなかったし!ていうか別に避ければいいだけですしっ!」

さっきまでの事を思い出したのか、また顔を赤く染める。

 

 

「うう…ほんと恥ずかしい…どれくらいあの体勢だったんだろ…っ、わ」

急に視界が明るくなった所為でふらついたの肩を支えてやる。

するとびくりと肩がふるえて俺から離れた。

 

 

「どうかしやしたかィ」

「…今日の沖田さんはいつにも増して意地悪なので、傍にいるの怖いです」

じろりと睨むように目を見つめられても、ちっとも怖くない。

 

 

「そ、そういうわけで!見回りの途中だったんですよね、さあほら早く再開してきてください」

言いながら後ずさるようにして店に入ろうとするの手を引っ張る。

ぐらりと揺れた体は俺の方へ前のめりになる形でおちてくる。

 

 

「そんなら、次に会った時は優しくしてやりまさァ…俺なりの方法で」

「…それ、絶対世間一般の優しいとは違いますよね」

 

強気な口調で言ってくるにフッと笑いかける。

そして視線を合わせるように屈み、耳元に顔を寄せる。

 

 

「違うかどうか…楽しみに待ってなせェ、

言い終わると同時にべろりと耳をひと舐めして、掴んでいたの手を離す。

 

 

「じゃ、俺ァ見回り行ってきまさァ」

そう言い残して茶屋を後にする。

背中の方で、が持っていたであろう荷物が地面に落ちる音が聞こえた。

 

 

 

 

 

グラヴィティ







(あれだけやりゃ虫よけになるはず。あとはお前が俺のところまで落ちる…いやお前を引きずり落とすだけでさァ。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

意地悪沖田さんとちょっとぽやーっとしたヒロインのお話。

引っ張りつつ引っ張られつつ。でもやっぱり沖田さんに引っ張られる、そんな重力関係。

2010/01/17   グラヴィティ:ポルノグラフィティ