「ふー、一杯集まったねえ花びら」

「じゃあ誰かにふりかけてくるネ!」

「手加減はしてあげてね」

「仕方ないアルな。窒息しない程度にするネ」

「うん、それでお願いします」

 

 

 

 

第5曲 遊び心を忘れずに

 

 

 

 

定春に乗って再び走り出した神楽ちゃん。

それを見送って、私はあたりをキョロキョロと見回す。

 

ターゲットを見定めて、よし、と心の中で呟く。

そろりそろりと、桜の木の下で座っているその人の背後に近づく。

 

そして、花びらで一杯のお弁当箱を頭の上でひっくり返した。

 

 

 

ふわりと散らばる桜の花びら。

尋常じゃないその量に、すこし驚いたのか肩を揺らしてその人は振り返る。

 

 

「…何子供みてーなことしてんでさァ、

「やってみると結構楽しいんですよ、花吹雪」

笑いながら、沖田さんの頭の上に乗ってしまった花びらを掃う。

 

 

「綺麗だったでしょう?」

「桜に喧嘩売られたかと思いやした」

「なぜ、そういう考え方にしか発展しないんですか」

 

ちょっとだけ呆れながらも沖田さんの隣に座る。

さっきの花びらが絨毯のようになっていて、これまた綺麗だった。

 

 

「…まあ、悪くはありやせんでしたぜィ」

私の方を見ないまま、持っていたお猪口を口へ運ぶ。

「それは、よかったです」

沖田さんはいつだって素直じゃないなあ。

なんてことを思いながら私は小さく笑った。

 

 

 

 

も飲みますかィ?」

酒瓶をずいっと差し出される。

「いや、私は遠慮しときまーす」

ちらりと視界の端に映った銀さんと土方さん。

ああは、なりたくない。

 

 

「酔ったら楽しそうなんですけどねィ」

「私で遊ばないでください」

ニヤニヤしながら言う沖田さん。

せっかくのお花見なんですから、Sスイッチ入れないでくださいよ。

 

 

「飲まねぇんなら、がお酌してくだせェ」

「しょうがないですねえ」

差し出された酒瓶を受け取って、沖田さんの持つお猪口にお酒を注ぐ。

 

 

するとふわりと舞い降りた花びらが、丁度そのお猪口に入りお酒に浮かんだ。

「わ、茶柱の桜バージョンですね!桜柱みたいな感じですかね」

「どう見ても柱じゃねーだろィ」

「細かいことはいいんです!こういのは雰囲気を楽しむものなんです!」

へいへい、と気の無い返事をして沖田さんはお酒を煽る。

 

 

 

「そーいや、さっきの陣地勝負どうなったんでさァ」

「あれ?山崎さんから聞いてないんですか?」

聞いてやせんねィ、と呟いた沖田さんにこれまでの話をした。

 

 

「へえ、ザキが頼みをね。何頼んだんでさァ」

「一緒にミントンしてください、って」

そう言うと沖田さんは少し目を見開いて私の顔を見た。

 

「そんなこと頼んだんですかィ。もったいねぇなあ」

「でも他に思いつかなかったんですよ。案外急に言われると分からないものですねー」

普段なら、頼みごとなんて山ほど出てくるのに。

 

 

「ザキに頼むんなら監視、盗聴…色々できるだろィ」

なんという物騒な頼み事。

いやまあ沖田さんらしいけど。

 

「…それやってどうするんですか」

「弱み握って、そのうち奇襲しかけたときに利用しまさァ」

フッ、と笑った沖田さんは恐ろしい笑顔を浮かべていた。

 

なんとなく土方さんに頑張れ、と応援を送りたくなった。

 

 

 

 

 

ひゅう、と少し冷たい風が吹き抜ける。

「もうすぐ夕方ですねえ」

「ってこたァそろそろお開きだろーな」

空になった酒瓶とお猪口を持って、沖田さんは立ち上がる。

 

 

私も立ち上がろうとすると、すっと目の前に手が差し出された。

「ほら、掴まりなせェ」

「…沖田さんが優しいと、何か裏がありそうで怖いんですけど」

「失礼ですねィ

 

少し目を細めた沖田さんの手をぎゅっと掴む。

手を掴んだらすぐに、ぐいっと引っ張り上げられた。

 

 

 

「ありがとうございます」

笑ってそう言うと、沖田さんは何も言わずに私の手を掴んだまま皆がいる方向へと歩き出した。

 

すたすたと、前を歩く沖田さん。

「あの、ちょ、早いんですけど!」

が遅いんじゃないんですかィ」

 

前を向いたまま、すたすたと足を進める沖田さん。

心なしかさっきよりも早くなった気がする。

 

 

「待ってください!早い!絶対これ早いですって!」

「そうですかィ?」

「だ、だってもう私走ってる状態なんですけど!」

ただでさえ男と女では歩幅が違うというのに。

 

 

転ぶのだけは避けなければ、と思いながらもぐいぐいと引っぱられていく。

もうちょっと配慮してくれないかと思って沖田さんの顔を覗き込む。

 

「…何、笑ってるんですか」

「っ、いやァ、別に」

そう言いながらも沖田さんはククッと喉で笑う…というか、笑いをこらえてる。

 

 

 

「…嫌がらせですか、地味な嫌がらせですかこれ!」

「くくっ、そんなこたァありやせん、ぜ」

「じゃあその笑いは何なんですかァァァ!!!」

 

 

 

最終的に競歩の勢いで歩き出した沖田さんに、私は引きずられるようにして走った。

みんなのところに着く頃には息切れをしていた。

やっぱり、沖田さんの優しさは疑うべきでした。

 

 

「つ、疲れた…」

「わざと遠回りしやしたからねィ」

「こ、こんちくしょー…!」

膝に手をついて息を整える私の頭上で沖田さんの声が響く。

 

 

「沖田隊長、そろそろ帰り…ってどうしたの刹那ちゃん」

沖田さんを呼びに来た山崎さんに心配そうに聞かれる。

「あはは、だ、大丈夫」

ふう、と息を整えていると山崎さんはそっと背中をさすってくれた。

ありがとう、山崎さん…!

 

 

 

「じゃ、俺ァ近藤さん連れて帰りまさァ」

指差した先には未だに気絶している近藤さん。

って、アレ、なんか怪我増えてる気がする。

 

「土方さんもちゃんと連れて帰ってあげてくださいね」

「…途中の川にでも放り投げてやりまさァ」

「やめてください」

 

 

 

 

さて。かくいう私も銀さんを連れて帰らなきゃ。

結局引きずって帰ることになっちゃったなあ、と思いながら私も片付けを手伝った。

 

 

 

 

 

 

あとがき

沖田さんとお花見タイム。

優しさはS的行動への前触れです。

2010/03/27