小さい頃から時々変なものを見た。
それはおそらく、妖怪といわれるものの類。
おれにしか見えない、と思っていた。
授業中、子供の格好をした霊がふわりと窓から教室へと入ってきた。
くるくると空中を舞うように飛んでいるおかげで…黒板が見えない。
おかげでノートをとる手も止まる。
しばらくその子供を見ていると、突然おれの右斜め前に座っている…確かさん、の背中にのしかかった。
さんの体は一瞬がくん、と前に傾いたけど、すぐにもとの体勢に戻った。
キツそうだなあ。なんて思いながら子供とさんを見ていた。
…まあ、どうせ何も感じてないんだろうけど。
子供はさんの首に手を回して、嬉しそうに足をバタつかせている。
目は布で覆われてて見えないけど…口元が緩みっぱなしだ。
なんか…相当、なつかれてるな…。
思わず笑ってしまいそうだった時。さんは、ゆっくりと首に回った手に自分の手を添えた。
そして黒板を叩くチョークの音にかき消されそうな、小さな声で何か喋っているようだった。
なん…だ?
神経を集中させて、耳を傾ける。
「…っ…今は駄目だよ、授業中だから…離して、ね」
子供に言い聞かせるように、優しく、言った。
…って、え?
ひゅう、とおれの目の前を通り過ぎた子供に目を向けることもせず、おれはただ、右斜め前に座る女の子を見ていた。
学校も終わって、ひとり帰り道を歩いていた。
「何を難しい顔しておるんだ、夏目」
突然横から聞こえた声に体がびくりと震えた。
「ニャ、ニャンコ先生…どっからわいて出たんだ?」
「さっきからここにおったわ。私に気付かんとは…何を考えとったんだ?」
塀の上に乗ったまま尋ねる先生。
「…いや…ちょっと、気になる子がいたんだ」
「妖怪か?」
「人間だ。おれと同じクラスの、…」
あ、名前。なんだったっけ、と思考を巡らせていると、後ろから声がした。
「…です」
両手に買い物袋をぶら下げたさんがいた。
「あ…ご、ごめん」
名前なんだっけ、なんて考えてるところをまさか本人にみられてしまうとは。
「ううん、気にしないで!!むしろ、その、私こそごめんなさい。あの…名前…なんだっけ?」
恥ずかしそうに、申し訳なさそうに聞いてくるさんとおれは、物凄く遅い自己紹介をした。
さんが片手に持っていた荷物を持って、おれはさんの家へ向かう。
ニャンコ先生もおれたちの後ろを歩いてついてきている。
「ほんっとごめんね、手伝ってもらっちゃって…」
重いでしょ、と尋ねるさんに大丈夫、と告げてゆっくりと道を歩く。
さっき聞いた話によると、さんは今1人暮らしをしてるらしい。
「1人暮らしで…こんなに買い物必要なのか?」
「え、あ、こ、これはその…っ」
きょろきょろと視線を泳がせて、目線をそらしたまま小さな声で呟いた。
「私、あんまり料理上手じゃなくて…よく失敗しちゃうから…」
余分に買わないと、呟く声は聞き取れないほどに小さくなっていく。
「あ、あはは、1人暮らし初めて、もう何ヶ月かたつのにさ、あんまり上達しなくて…」
「頑張ってれば、そのうちちゃんと上手く作れるようになるよ」
無責任なことを言ってしまったかな、なんて思ったけど。
「ありがとう、夏目君」
そう言ってふわりと笑ったさんなら、大丈夫だろうと思い直した。
しばらく歩いていると、古い宿みたいな所に着いた。
…っていうか、ここおれの家の近くなんだけど。
「到着ー!荷物、ありがとうね夏目君」
「これくらい平気だよ」
「あ、お礼にお茶でもごちそうするよ!時間があれば…だけど」
「じゃあ、少し上がらせてもらってもいいかな」
授業中の件についても、聞きたいし。なんて思いながら尋ねると、さんはもちろん、と言って嬉しそうに笑った。
「ここ、私しかいないから、くつろいでくれていいからね」
言いながら玄関の戸をあけると、何かが物凄い勢いで飛び出し、さんにぶつかった。
「おっかえりーーーー!!」
「ぐふうっ!!」
さんはなんとか倒れず、踏みとどまったけど…苦しそうな声が出たぞ。
「あれ、さん1人暮らしなんじゃ…」
ぽつりと声に出すと、さんと、飛び出してきた人は目を見開いておれを見た。
「夏目くん…みえるの?」
「っ、あ…」
言葉が詰まって声が出ない。
そんな俺の変わりに、ニャンコ先生が口を開いた。
「家の娘。夏目も、お前と同じで妖が見える人間だ」
話を聞いてみたところ、さんの家系は代々、見える見えないに関わらず、妖に好かれるらしい。
「小さい妖はいいんだけど、大きいのにタックルかまされると、流石に死にそうになるよ」
「仕方が無いだろうな。そういう家系だ。それに…の人間は、とても美味い」
「こら!!ニャンコ先生!」
ゴンッと先生の頭を殴る。そういうことは言ったら駄目なんだよ!
「いくら斑でもを喰ったら許さねぇぞ」
「まあまあ落ち着いて!ね、狗」
さんの横から低い声を出したのは、この家…というか宿とさんの用心棒のような妖の、コウ。
両親共、妖が見えなかったために、さんは1人で祖母の経営していたこの宿に引っ越してきたらしい。
その時に出会ったのが狗だそうだ。
そして、ニャンコ先生とも知り合いっていうか…酒飲み仲間、だそうだ。
「にしても、以外の人間がここに来るなんて思ってなかったぜ」
「え?」
机に頬杖をついて言う狗におれは疑問の声を上げる。
「学校では、見えないふりできるけど…家だと、気が緩んじゃうから」
友達に嫌われるの、怖いんだ。
そう言って俯くさん。あぁ、おれも、同じなんだ。
嫌われるのが怖くて、辛くて。
「…おれもそういうの見えるから。気使ったりしなくていいから、友達でいてくれるか?」
「も、ちろんっ…!ありがとう、夏目くん!!」
そっと出した右手を、さんは両手で握り返してくれた。
同じ景色が見える友人
(今度、塔子さんが作ってくれた漬物でも持っていてあげようかな。)
あとがき
初の夏目夢です!ヒロインが若干おっとりな子になりました。そしてオリキャラ出ててすいません。
なんか設定説明話みたいになっててほんと申し訳ないです!!
2009/01/26