やってしまった。

この、帽子屋ファミリーの屋敷内で最もやってはならないと言っても過言ではないことをやってしまった。

 

 

紅茶の茶葉が入ったビンを、思いっきり、ひっくりかえしてしまった。

 

 

「どっ、どどどどうしよう…!」

割れてしまったビンと、散らばった茶葉をかき集めながら思考をフル稼働させる。

 

 

隠す?いや、駄目だ、相手はマフィアだもの。隠し事なんてできっこない。

じゃあ謝るしかない。…許してくれるだろうか。

 

 

おそらく、謝ったときの反応は…

いち、「仕方が無いな」と笑って許してくれる。……わけないな。

に、マシンガンで蜂の巣の刑。……いや、さすがに、そこまでは………ない…はず。

さん、人前でひたすら嫌がらせ。…ぽいな。これが一番それっぽい。

 

 

なんだか謝っても地獄しか見えない気がする。

 

 

ひとまず隠して、今からダッシュでお店に買いに行ってこようか。

…そうじゃん。それがあるじゃん!!

 

「よし、そうと決まれば即実行!!」

「何をかなお嬢さん」

「そりゃもちろ……」

 

さーっと血の気が引く。

 

「ブブブブラッド!!ななななんでこんなとこにいるの!?」

「忌々しい昼の時間帯を、紅茶で紛らわそうかと思ってな。茶葉を選びに来たんだよお嬢さん」

あぁ、なんてバッドタイミング。

 

「こ、紅茶なら、あたしが入れで持っていってあげるから。うん、だから、ここ出ようよ」

「それは嬉しいが…何故、出る必要があるのかな?」

にまにまと笑いながら言うブラッドと反対に、あたしの顔は引きつっているのだろう。

っていうか、なにこの笑み。…バレ、てる?

 

 

「いや、ほら、あたし仕事中だから。掃除してるから。ホコリとか吸うといけないでしょ」

「それはお互い様だろう?君がホコリまみれになるなら、ここの掃除は他のメイドに任せればいい」

痛い!その優しさが今は痛い!

 

 

「そんなわけにはいかないから!ここはあたしの仕事だから!」

「掃除をする場所なら他にもたくさんある。ここでなくてもいいだろう」

なんでそんなに頑なに出て行かないのよこの野郎!

 

ぎりぎりと握り締めた手が、ピリリと痛んだ。

 

 

「……うわ」

何事かと、後ろを向いてから手をひらくと、指先がスパスパと切れていた。

あ、もしかしてさっきのビン片付けてる最中にやっちゃったとか…!?

 

「どうかしたのかな、お嬢さん?」

「ん?う、ううん!何でもない!何でもない!」

切れた指先をぎゅっと握り合わせる。

こういうのって、気付いてからが、痛いんだよね。

 

 

 

「…ほんとうに、何でもないんだな?」

にこやかに、ゆっくりとそういうブラッドからは、只ならぬオーラが出ている。怖い。

どうしよう。謝ってしまったほうがいいだろうか。

どうせ後で謝るなら、今謝ったって一緒だよね。うん、そうだと信じてる。

 

 

 

 

「ごっ、ごめんなさいいい!!!」

がばっと頭を下げて早口に謝罪の言葉を続ける。

「ブラッドの茶葉、ひっくりかえしちゃって、ビンも割れちゃって、本当にごめんなさい!!!」

切れた指先と、それ以上に胸の奥が痛む。

あぁ、本当に申し訳ない。

 

 

 

「……そうじゃ、ない」

 

 

「え?」

お咎めでも、許しでもない言葉。

「私が聞きたいのは、こっちの原因だったんだが…」

言いながらブラッドは、未だ握られているあたしの両手を掴んで、目の高さまで持ち上げる。

おかげでバンザイのような格好になった手。

 

 

「まあ、原因は割れたビンを私に怒られると思って慌てて片付けようとして切った…というところか」

「うわあ、ドンピシャ」

改めて状況を言われると、自分の行動に恥ずかしくなってくる。

 

 

「まったく、本来なら…私の茶葉を駄目にしたことは許しがたいが…」

はあ、と小さく溜息をついてブラッドは言う。

「お嬢さんの手に傷がついたとあっては、茶葉にかまっている場合ではないな」

 

そう言って、ブラッドは、あたしの右手の人差し指をぺろりと舐めた。

 

 

「…うおおっ!?」

「…なんて声を出すんだ…」

はあ、と何度目かの溜息がブラッドの唾で濡れた指にかかる。

 

 

「ちょ、離して!お願いだから離して!!」

ぐいぐいと手をひっぱってみるものの、結構強い力で掴まれているせいでビクともしない。

 

「茶葉もビンもまた買えばいい。の指は、そういうわけにはいかないだろう?」

「治る!治るから、ほっとけば治るからぎゃああ!!!」

言ってるそばから今度は中指を舐める。

 

やばい、このままだと、左手まで指一本ずつ舐められる…!!

 

 

「っていうか怒ってるよね!怒ってるよねブラッド!」

「なんのことかな?」

「ごめんなさい!ほんと反省してるから、この仕返しはあたしには重すぎる…ッひっ!!」

 

切れているはずのない指の付け根まで舌を這わせる。

その上喋り続けているものだから、息がかかってぞくぞくする。

 

 

「仕返しじゃないさ。私はお嬢さんの指を心配して、消毒してあげているんだよ」

フフ、と至極楽しそうに指を舐めていく。

 

 

「ああ、もう、いいってば!消毒なんていらないから、あたしの自然治癒力を甘くみるんじゃなーーい!」

 

 

 

 

 

謝るときは迅速且つ遠距離で






(もう、絶対黙ったりしない。そして3メートルくらい離れて謝る。…っていうかこんなミスもうしないぃぃ!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

セクハラしててこそのボスだと思ってます。

すごく、ねっとりと嫌がらせしてきそうです。そしてその反応を見て楽しむのがボスだと思ってます。

2009/03/14