「…なんで、こんなところにいるんですか、名取さん」

夕方、なぜかうちに名取さんがやってきた。

塔子さんが買い物に行っていてよかった、と思った。

 

「やあ夏目、こんばんは」

キラキラオーラを放つ笑顔で言う名取さん。

玄関の戸を閉めたくなったのは、秘密。

 

 

「ちょっと夏目に尋ねたいことがあってね。このあたりに、宿はあるかな?」

「宿…ですか」

事務所に秘密、お忍びでやってきたために宿をとっていないそうだ。

ということは、妖絡みなんだろうか。

 

 

…宿。

俺の頭に浮かんだのは、一箇所。

「……一応、案内しますけど、だめかもしれませんよ」

かまわないよ、と笑う名取さんを横目に、おれは歩き出す。

おれと、名取さんと、柊の3人で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…さーん、いるー?」

夕方、今日の夕飯は何にしよう、なんて考えていると玄関から夏目君の声が聞こえた。

どうしたんだろう、と思いながら私は玄関へと向かう。

 

 

ガラリと戸を開けると、そこには夏目くんと、見慣れない帽子をかぶった人と面をつけた…たぶん妖がいた。

「夏目くん、どうしたの?こんな時間に」

「いや…その、ちょっと」

ぼそりと呟いて視線をそらす。

そんな夏目君の後ろにいた帽子をかぶった人が一歩前に出て言う。

 

 

「こんばんは。急に急におしかけてすまないね」

「え…っと?」

「ここ、宿屋だって聞いたんだけど…一晩、泊めさせてもらえるかな?」

にこり、と笑う。

な、なんていうか…ものすごく笑顔が眩しい人だなぁ。

対照的に夏目君の顔が疲れていってる気がするけど。

 

 

「…って泊まり!?」

「無理に泊めなくていいよ、さん」

そう苦笑いで言った夏目君に、大丈夫、と返して私は言う。

 

「あの、ずっと使ってないので…相当ボロいんですけど、それでもいいですか?」

 

不安なのはそこだった。

けれどその人は、にっこりと笑って「いいよ」と言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

夏目君はそろそろ塔子さんが帰ってくるから、と言って家に帰った。

私はお客さん…名取さん、という人を一番まともな部屋に案内して、台所へ走っていた。

ちなみに、芸能人に疎い私は、夏目君に聞いて初めて名取周一、という人物を知った。

 

 

 

「狗!コウー!!たっ、大変!お、お客さん!お客さんが来たァァ!!」

「は?客?この間の夏目か?」

興味なさそうに言う狗に、私は慌てて言う。

 

「違う違う、普通のお客さん!どっ、どうしよう…!」

建物は宿屋でも、実際経営していたのは祖母なのだ。

何をどうすればいいか、なんて、私にはわからない。

 

 

あたふたと慌てる私の頭に、ぽん、と優しく手が乗った。

「心配すんな。俺ァのばーさんの時代も生きてたんだ。ちょっとくらいは、覚えてるぜ」

ニカッと笑う狗に、頑張らなくては、という気持ちがわいてくる。

 

「よ、よーしっ!頑張るぞーっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とりあえずお風呂は普段狗が掃除してくれてる大浴場に湯を張ってきた。

名取さんは先にお風呂に行く、と言ったのでその間に夕飯の準備を進める。

 

これまた普段、狗が掃除してくれている大広間に夕飯を並べていく。

「よし、こんなもんかな!」

ボロ宿にしては、まあまあなんじゃないかな、と思っていたところに、名取さんがやってきた。

 

 

 

「美味しそうだね。全部君が作ったのかい?」

「は、はい。お口に合うといいんですが…」

力なく笑う私に、名取さんは素早く座椅子に座り、料理を口に運ぶ。

どきどき、と心臓が高鳴る。

 

 

「…とっても美味しいよ」

名取さんが笑顔で言ってくれた言葉が嬉しくて、私は顔が熱くなるのを感じた。

「あっ、ありがとうございます!あの、ごゆっくり、どうぞ!」

 

 

 

 

よかった。私でも、ちゃんと、できた。

そのことに安心しながら、名取さんの泊まる部屋に今度は布団を敷きに行く。

 

「…そういえば、あの子はご飯いいのかなぁ…」

名取さんの横にいた、お面をつけた子。

お風呂へ向かうときはいたんだけど、さっきはいなかった。

 

 

「…ん?あれ?」

布団を敷きながらふと思う。

 

なんで、名取さんと一緒にいるんだろう。

名取さんは…見える人、なんだろうか。

 

 

 

疑問に思っていると、突然、庭のほうから何かが地面に激突するような轟音が響いた。

「…あや、かし?」

もしも名取さんが一般人なら。

守らなければ、いけない。

 

 

 

庭へ走ると、そこには普段見るような小さな妖ではなく、大きな鴉のような妖がいた。

そして、名取さんと一緒にいたお面の子も。

 

 

「な…に!?」

思わず声に出てしまった呟きに、鴉の妖はこちらを向く。

荒い息を吐きながら、鴉は私のいるほうへ向かって飛んでくる。

 

 

どうしたらいい、そう考える前にぐい、と後ろから腕を引っ張られ、誰かの体に頭がぶつかる。

 

「まさか、追うはずか追われるとはね。探す手間は省けた…か」

顔を上げると、にっこりと笑う名取さんがいた。

その笑顔は、さっき私に向けられたものとは全く違う、冷たいもの。

 

 

「アレは、おれが退治する。君は避難していた方がいい」

何を言ってるんだ。退治、って。

頭が理解する前に見えた、お面の子が鴉の妖に向かって刀を抜いているのをみて、体が動く。

 

 

「スッ、ストーーーップ!!!!」

私の声に驚く名取さんの腕を抜ける。

 

「!おい、お前何を…」

お面の子が叫ぶ声を聞きながら、私は庭へ降りて鴉の妖に寄る。

そして名取さんを振り返って言う。

 

 

「たっ、退治って、なんで、ですか!?」

「…その妖は、ここのところ様子がおかしくてね。人を襲う前に、仕留めておかなければいけないんだ」

「襲う前って、み、未遂じゃないですか!」

 

 

私は、名取さんから鴉の妖に視線をずらして、言う。

 

「…お前は、人を襲ったりしないよね」

 

ぎゅ、と首の部分に腕をまわす。

――イ、サミ、シイ。

ぽつり、ぽつりと途切れながらも聞こえた声に、うん、と頷いて言う。

 

 

「大丈夫。向こうの森には、お前みたいな妖がいっぱいいるよ。寂しくなんかないよ」

まわした腕を解いて、妖の顔を見て言う。

「それでも寂しくなったら、うちに遊びにおいで」

 

そういうと、鴉の妖は一度だけ大きく鳴いて、森の方へを飛んでいった。

 

 

 

「…無茶をするね。喰われていたかもしれないのに」

いつの間にか後ろに立っていた名取さんを見て、私は言う。

「でも、やっぱりいきなり…その、退治しちゃうのは、かわいそうですよ」

そういうと、名取さんは一瞬無表情になり、そして薄く笑った。

 

 

 

「その割には、震えているみたいだけど」

「え」

言われたとおり、カタカタと手が震えている。

 

 

「不思議な子だね…そんな風にしていると、そのうち本当に喰われてしまうよ」

言葉は冷たくても、声音は優しく、名取さんは私の両手を包み込むようにして私の手を握る。

お風呂上りのせいか、暖かい手に震えが止まっていった。

 

 

 

「今更だけど、君も見える子なんだね。そこの彼は、君のモノかい?」

そう言って名取さんが顔を向けた先にいたのは、狗。

 

「彼は狗といって、私の…友人です。あ、それと、私は、、です」

「そう。ちゃんね。こっちは、柊」

名取さんが言うと、お面の子は私の前で1度お辞儀をした。

 

 

「さて。仕事も済んだし、今日はもう休もうか」

名取さんの声に、私も柊も頷いて、部屋へと戻った。

 

なんだか、今日は色んなお客さんが来たなぁ、なんて思いながら、私も狗と部屋に戻った。

 

 

 

 

 

宿屋への訪問者






(「じゃ、さようなら!」「ああ。またそのうち遊びに来るよ」「はい……え!?(また来るの!?)」)

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

長い。夏目友人帳夢は長くなります。すいまっせん!

とりあえず、名取さんとの出会い。ちゃっかり名前で呼んでるあたりがさすが名取さんだと思います。

2009/03/20