「うぎゃああああ!!!」

 

あたしは、朝っぱらから…というか、この世界じゃ朝も昼も何もかも順番が来るってるけど、

とにかく絶叫をしながら帽子屋屋敷の廊下を走っていた。

 

「お姉さーん!なんで逃げるのー!?」

「ああ、もしかして鬼ごっこがしたいの?僕らが鬼なのかな、兄弟」

「そうみたいだね。お姉さんは追いかけられるのが好きなんだよ兄弟」

「何もかもが見当違い!!!」

 

にこやかに物凄い勢いで追いかけてくるディーとダム。

あたしは後ろを振り向かず、ひたすら前を向いて走り続けた。

 

「おまっ、お前らっ、その手に持ってるものが何かわかってんのォォォ!?」

 

「「手?」」

 

二人の手に握られているのは、ぎらりと光る、よく切れそうな刃のついた、斧。

 

 

「これがどうかしたの、お姉さん」

「どうって、こわ、怖いに決まってんで、しょうが!切れる!お姉さん、真っ二つになっちゃう、よ!」

 

ぜえぜえと息を切らすあたしと反対に、2人は息の乱れひとつ見せずに走っている。

子供とは、恐ろしい。

 

 

 

走っているうちに、ふと見慣れた廊下に出た。

「…!そうだっ!」

渾身の力を振り絞って、速度を上げる。

そうして、そのままの勢いで、ある部屋に体当たりをするかのように入り込んだ。

 

 

「お、邪魔、しまぁぁす!!!」

「うおっ、お、お嬢さんっ!?」

幾らなんでも、あたしが体当たりをして部屋に入ってくるとは思ってなかったブラッドが驚きの声を上げる。

予想外なのは、あたしもだ!!

 

 

すぐさま体勢を立て直して、扉をバタンッと閉める。

そしてそのまま、ずるずると扉にそって座り込む。

 

 

「はあ……も、むり…」

息が上手くできない。心臓が五月蝿いほど早く鳴っている。

力も入らず、声も出ない。

 

 

「随分疲れているようだな」

作業机のイスに座ったまま、ブラッドはあたしのほうを見て言う。

「も、もうちょっとで、し、死ぬ、とこだった…っ…」

 

というか、進行形で死にそうだ。

息が苦しい。走りすぎた。

 

 

「そんなに激しいことをしてきたのか?」

「もうツッコミいれる気力もないんだから、そういう質問しないで」

ニヤニヤと厭らしい笑顔で聞いてくるブラッドに素っ気無く答える。

いまだに心臓はどくんどくんと早鐘を打っていて、息も荒い。

 

 

 

「……」

ブラッドはあたしの目の前にしゃがみこんで、なんとも言えない表情であたしを見る。

「……何よ」

ただ、じーっと見られているだけというのも居心地が悪い。

 

 

 

「…いや、普段は何とも思わないが…そうやって乱れているにはなかなかそそられるな、と」

「もうどこからつっこんだらいいのかサッパリ分からない」

前半でえらく失礼なことを言われた気がするんだけど。

後半のセクハラ的発言ですべてが吹き飛んだ。

 

 

「君は、あの子…アリスとは違うな」

「アリスみたいに女の子らしくなくて悪かったですねー」

少し落ち着いてきた息と心臓を整えながら言う。

 

「いや、アリスもも…なかなかに逞しいと思うぞ、私は」

「どういう意味」

「そういうところ、だ」

 

 

ブラッドはふう、と溜め息をついて立ち上がる。

そしてあたしの前に手を差し伸べる。

 

 

「お手をどうぞお嬢さん。オリエンタルグレイティでも淹れてあげよう。気持ちが落ち着くぞ」

そう言って笑うブラッドは。

「…白馬がいたら王子様に見えるかもしれないなあ」

「落馬は勘弁しておくれよ、お嬢さん」

何でそこで落馬が出てくるんだ。いくらなんでもそんなことはしない。

 

 

「ま、実際に馬連れてこられても、あたし乗れないし」

言いながら、ブラッドの手に自分の手を重ねる。

「動物なら既に1匹いるだろう。…もう、あれで十分だ…」

少し疲れたように言いながら、ブラッドはあたしの手を引いて立たせてくれる。

 

 

「君は、王子様とやらがいたら、そういう輩に惹かれるのか?」

あたしの手を握ったままで言う。

 

「…まあ、そりゃ、王子様っていうくらいなんだから、惹かれはするだろうけど…」

ぽんぽん、と頭に浮かぶこの世界の人たち。

「この世界の王子様には、惚れないだろうなあ。とてつもなく、ひねくれてそうだし」

 

 

「ふ、くく、あっはははは」

あたしが言うと、ブラッドは喉で笑って、ついに声に出して笑い始めた。

 

 

「な、なにっ!?」

「き、みは…ふふ、余所者とは、面白いものだ」

「や、あたしからすればブラッドの方が面白いんだけど」

その帽子とか。服とか。っていうか何もかもが。

 

 

「君が…が惹かれるのなら王子様とやらになってみてもいいかと思ったが、案外現実を見ているんだな」

なる気だったのか。

あたしが王子様ラブ!とか言っちゃったら、なる気だったのか。

 

 

そもそも、あたしのなかの王子イメージは、美形で、冠被ってて、マント羽織ってて、カボチャパンツで…。

それをブラッドにプラスして…。

 

「………ぶっふ!超似合わない!!」

右手はブラッドにつかまれたままなので、左手で口元を覆って笑いを堪える。

「随分な言い草だな」

少しだけ、不機嫌そうに言うブラッドに、ごめん、と誤りながら息を整える。

今日は息苦しくなってばっかりだ。

 

 

「ま、あたしみたいな一般庶民に王子様なんてつりあわないよ」

「ふむ、じゃあ…」

 

少しだけ屈んで、あたしの手にそっと唇を押し付けてブラッドは言う。

 

 

「マフィアのボス、というのはどうかな、お嬢さん?」

 

 

 

 

 

 

「…もっとありえない」

「手厳しいな、君は」

 

 

特殊すぎる職業の人と一般人






(マフィアとつりあう人っでどんな人だよ!あたし一般人…ってこの世界、一般人いなくね?)

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

途中に出てくる紅茶は、気持ちを落ち着かせる癒し作用のある紅茶だそうです。

なんだかんだで振り回されてるブラッドが好きです。

2009/04/30