暖かい日差しが、町を照らす。
大きなお屋敷へと薬を売りにいった彼を、私はお屋敷の前の石段に座って待っていた。
「おーそーいー…薬売りさん、遅いー」
暇だなあ、と思いながら立ち上がって着物の裾についた砂を払う。
ずっと座っていた所為でかたまってしまった体をほぐすように、ぐっと伸びをしていると、ふと視線を感じた。
「……」
じーっと子供に見つめられていた。
その目は確実に、「この人ここで何してんだろう」という目だった。
「こんなとこで、何やってんのー?」
やっぱり。
「ちょっと、人を待ってるんだよ」
「ふーん」
答えてからも、そこを動かない子供。
…まあ、薬売りさんが出てくるまで暇だし…。
「ね、私の1人演劇、見ていく?」
そう言うと、子供は目を輝かせて大きく頷いた。
日は沈みかけ、空が綺麗なオレンジ色に染まりかけた頃。
「おじいさん、おばあさん。私はあの時、あなた方に助けていただいた鶴でございます」
少しだけ高めの声で、言う。
「お前さん…あの時の鶴じゃったのか…」
今度は喉の奥から声を出して、言う。
「正体を知られてしまったからには、私はもうここにはいられません。
どうか、私の翼で編んだその織物を売ってどうか幸せに暮らしてください」
ぎゅ、と胸の前で手を握り、別れを告げる。
「さようなら、おじいさん、おばあさん。あなた方のこと…ずっと、忘れません」
すっと身振り手振りを戻して話す。
「こうして、鶴は去っていきました。おじいさんとおばあさんは、鶴の残した織物で、ずっと、幸せに暮らしました」
言い終えて、ぺこりとお辞儀をする。
いつの間にか子供と、その親で一杯になっていた私の周り。
涙ぐむ子やら、感心するように目を見開く子たちの拍手がその場に響いた。
ふふ、現代で演劇部に入っててよかった!!
ただ、あのお話ってあんな感じだったっけ、といううろ覚えで演じちゃったことが心残りだけど。
「素敵なお話、ありがとうございます。…あの、これどうぞ貰ってください」
「そんな、ただ趣味でやってただけなので…」
なんて言いつつ、結局は受け取ることになるわけで。
いつしか私の手には、少しのお金と、握り飯や漬物が乗っていた。
「ふっ、今日の宿もなんとかなりそうね!」
「……何、やってるん、ですか」
からん、と下駄の音が後ろから聞こえた。
「あ、薬売りさん、おかえりなさい。丁度いいところで帰ってきましたね」
さっきまで遅い、と思っていたのに、今となっては丁度いい時に帰ってきてくれた、と思う。
「ほーらっ、見てください!これで今日の夜ご飯もなんとかなりそうですよ!」
竹の皮に包まれた握り飯も漬物も、とっても美味しそう。
「早く宿取りに行きましょうよ、ね!」
「…さんが、そんな風に、働く必要は…ないんですが、ねえ」
言いながら薬売りさんは石段を降りて、歩き出す。
その後ろに連なって、私も歩き出す。
「でも、やっぱりお世話になりっぱなし、っていうのは私としては許せないんですよ」
「そういう、もんですかねえ…」
からん、ころん、と下駄の音が心地よい。
ふと自分の足元を見る。
演劇部の練習中、舞台から落ちたと思ったらこの世界にいたため、靴は上履きのまま。
奇跡的に和風の物語の練習中だったから、着物を着てたんだけど…ね。
靴が、なあ。
薬売りさんの後ろを歩いているせいで、薬売りさんからは私の表情が見えない。
「女に宿代を稼いでもらってるなんて…男としては……、さん?」
「え、あ、うん。なに?」
ふいに振り返った薬売りさんに、顔を上げて尋ねる。
ぽん、と頭の上に手が乗る。
「…く、薬売り、さん?」
そのままその手は左右に揺れ、やんわりと頭を撫でられる。
「世話になりっぱなし、というのは、少し違う」
「…?」
「モノノ怪退治につき合わせたり…俺のほうが、迷惑を、かけているだろう」
「そ、そんなことないですっ!私が好きで一緒にいるんですから!」
「ほう」
すうっと目を細めて口元に笑みを浮かべる薬売りさん。
「…!ち、違いますよ!そういう好きじゃなくて、その、あーなんていうんだろうこれ!!」
もどかしくて、その場で地団駄を踏んでいると、薬売りさんが、ふ、と少し笑った。
「わかって、いますよ。まあ、俺は…そっちの好き、じゃなくても、構いませんけどね」
「そ、そっちって、え、えええ…!?」
両手に抱えた握り飯や漬物が無ければ、今頃私は熱が集まる顔に手を当てているだろう。
「とにかく、これで、おあいこ、です」
またゆっくりと歩き出して、薬売りさんは言う。
「俺も、さんも、お互い世話になってるんですから…そういう、気遣いは、無しでいいんじゃ、ありませんか」
「…うん。ありがとう、薬売りさん。…でも、いつ現代に戻るかわかんないから、練習はさせてね」
少しだけ小走りになって、薬売りさんの隣へ並ぶ。
「じゃあ、さっきの話、俺にも、してくださいよ」
「うんっ、気合入れてやるから、楽しみにしててね!」
世話になったり世話したり
(「ところで、薬売れたんですか?」「………」「…私が稼いでおいてよかったですね」「…そう、ですねえ……」)
あとがき
やっちゃった薬売りさん夢!!
あの口調はなかなか小説にし辛いので、皆様の脳内で薬売りさんぽく読んでいってください(ぁ
2009/05/07