「うわああー!薬売りさん!草原ですよ!丘ですよ!青空ですよー!!」
「そうですね」
旅の途中、正直もう足がだるくて歩きたくないと思っていたところで、広い丘にたどり着いた。
私の住む時代ではめったにお目にかかれない、綺麗な自然に思わずはしゃいだものの、
薬売りさんの返事はえらく淡々としたものだった。
「感動が薄いですねー。こんな綺麗な丘、めったにお目にかかれませんよ!」
「そうですね」
「風も気持ちいいですし、眺めもいいですよ!」
「そうですね」
…話を聞いているんだろうか、この人は。
ぴたり、と足を止めてみる。
けれど、薬売りさんの足は止まらない。
「ちょっ、ちょっと待って待って待って!!」
ぐいっと薬売りさんの着物の袖を引っ張って足を止める。
「ずっと森の中歩いてきたんですよ。たまには綺麗な空気吸わないと、病気になりますよ」
「俺は薬売りですからね、病気になっても、治せますよ」
ぎゅうう、と袖を掴んだ手に力を入れる。
体はそのままで、顔だけ私のほうを向けて話す薬売りさん。
「いやいや、薬は大事な商品じゃないですか。自分で使っちゃ駄目じゃないですか」
「町まで行けば、材料も集められる。少しくらい使っても、問題ありませんよ」
だから早く、と言わんばかりに足を進めようとする薬売りさん。
…疲れてないんだろうか。疲れてるのは私だけなんだろうか。
ちょっと休憩したいなあ、なんて。
無理矢理旅に同行させてもらってるようなものだし…やっぱり、頑張った方がいいの、かな。
「わ、かりましたよ!じゃあ行きましょう!さくさく進みましょう!」
掴んでいた袖を離して、限界を訴える足に頑張れ、と心の中で呼びかけながら歩き出す。
「さん」
名前を呼ばれると同時に、今度は私の服の袖が引っ張られた。
「っ、なんですか?」
さっきと間逆で、今度は私が薬売りさんに顔を向ける。
「休みたいなら休みたいと、素直に言ったらどうですか」
「…すいません」
怒られた。
ひゅう、と心地よい風が吹く丘に寝転ぶ。
髪に砂がついちゃうなあとも思ったけど、疲れた体はそれよりも寝転ぶことを選んだ。
「はああー…つっかれたー…」
朝からずっと、ずーっと歩きっぱなし。
時間にしたらどれくらいになるんだろう。5時間とか、そのくらいになってるんじゃないのかな、コレ。
「こんな速さで歩いていては、町に着けませんよ」
「わかってますよ…。なるべく早く、復活しますから…」
寝転ぶ私の隣に座っている薬売りさんの顔を見上げて言う。
それから、ゆっくり目を閉じる。
現代なら、自転車とか、車とか、電車とか色々な乗り物があるのに。
「何かが運んでくれたらいいんですけどねー。こう、乗り物的な」
「乗り物…馬なら、町に」
「却下です」
乗れるわけが、ない。
「そもそも、限界まで疲れを溜めたら、回復するのに時間がかかるじゃないですか」
目を閉じた後も、薬売りさんの説教は続く。
その声も、だんだん遠のいて…。
「ですから……さん?」
問いかけられた声に、私はもう返事ができなかった。
「まったく…だから、もっと早く言えばよかったものを。何故こうも、強がるんですかね…」
ふわり、と頭を風ではないものが撫でていく。
「寝るほど疲れているとは。…仕方の無い子、ですねえ…」
そう呟いた薬売りさんの顔が、とても優しく笑っていたことを、私は知らない。
「ふ、ああー…よっく寝たー………って寝ちゃったァァァ!!!」
ぐっと体を起こして空を見る。
青空ではあるものの、太陽の位置は寝る前とずいぶんと変わっている。
「ご、ごめんなさい薬売りさ…」
そう言って、横を見ると、こっちを物凄く見つめているっていうか、もう、ガン見してる薬売りさんと目が合った。
え、なにこれ、ものすごく怒っていらっしゃる…!?
ひく、と顔がひきつった気がした。
「ご、ごめんなさい!ああああの、ま、町まであとどれくらいですっけ!?い、今から死ぬ気で歩きますんで!」
さっと素早く立ち上がって、ばたばたと体についた葉っぱや土を払い落とす。
「もう少し、ですよ」
「…へ?」
「もう少しで、町へ着きます。そこの林を抜ければ、もう、町なんですよ」
言いながら薬売りさんは立ち上がって、くいと顎で私たちが進もうとしている方向を指す。
「さんが休みたいだろうと思って、早く着こうと思っていたんですけどねえ…」
くるり、と顔を私のほうへ向けて。
「こんなところで休みたいと疲れていたとは、思っていませんでしたよ」
…なんですと。
じゃあ、薬売りさんが物凄い早足で歩いていたのは、私のためで。
それを私は自分で台無しにしてしまったと。
「…あの、ほんっとごめんなさい」
俯いてぎゅ、と手を握ってそう言ってから、顔を上げる。
「でも、気遣ってくれてありがとうございました」
少しだけ、ぽかんとした顔をしている薬売りさん。
「後少し、日が暮れる前に頑張って歩きましょう!…ね、薬売りさん」
向かう方向、林に向かって歩き出す。
後ろで、ふふ、と小さく薬売りさんが笑った気がして。
「そう、ですね。いくら近いとはいえ、あまりゆっくり歩いていては、日が暮れてしまいます」
草が踏まれる音がして、私の隣に薬売りさんが並ぶ。
そして、ぎゅ、と薬売りさんは私の手を握った。
「行きましょうか、さん」
「…はいっ!」
歩幅合わせて
(「それにしても、あんな所で寝るとは、無防備すぎるんじゃありませんか」「え?モノノ怪でも出たんですか?」「……」))
あとがき
優しくSな薬売りさんが好きです。
最後の締めが思いつかず、無理矢理終わらせた感が漂いますね。ほんとすいません。
2009/06/04