がたん、がたん、と一定ではないリズムで荷馬車は揺れる。

自分じゃ馬には乗れないので、丁度タイミングよく走っていた荷馬車の後ろ側に座り、足を投げ出す。

ぶらぶらと宙で足を揺らしながら、あたしは上機嫌で荷馬車に揺られていた。

 

 

上を見上げれば、快晴の空。

映画のようなシチュエーションに、つい口が開く。

 

「ドナドナドーナードーナー、子…」

ちらり、と視線を横に向ける。

「子、子猿をのーせーてー」

「何で今俺様の方見たの、ちゃん」

 

 

視線の先には、無断乗車をしている佐助さんがいる。

あたしが一人で荷馬車旅をしていたら、途中から乗り込んできたのだ。

運転手っていうか、先導のおじさんに無断で。

 

 

「うん、まあ、気にしちゃだめですよ、そこは」

「すっごく気になるんだけど。っていうか、何なのさその歌」

あたしと同じく、足を宙に投げ出して座っている佐助さんの顔は少し引きつっている。

 

 

「んー…」

何の歌、と聞かれましても。

荷馬車、っていったらこれしか出てこなかったんだよね。

 

 

「そうですねー…しいて言えば、売り飛ばされる子猿の歌ですかね」

「あれ、これ苛め?俺様苛められてんの?」

「まっさかあ!」

にっこりと笑顔で返すと、佐助さんはため息をついた。

 

 

「はあ、ただでさえ旦那の世話と仕事で疲れてるんだからさー。ちゃんくらいは俺の癒しであってよね」

言いながら、あたしの髪に指を絡ませてくる。

 

「癒しですか…。あたしじゃ無理な気がしますけどねー」

なんにせよ、あの主従による疲れなんだから。

ちょっとやそっとじゃ、癒せられないと思う。

 

 

 

 

 

「ところでさ。何で馬車なんか乗ってるの?」

「だって、あたし馬乗れませんから」

徒歩で城下町まで行っていたら、帰るころには深夜になっていそうだ。

 

 

ちゃんくらいなら、俺様が運んであげるぜ?」

 

 

「え、結構です」

「即答!?」

 

ガーンという効果音が聞こえそうな感じで、佐助さんは少し後ろへ体を倒す。

 

「あ、いや、別に佐助さんが嫌いとかじゃないですよ!」

なんだかとんでもない誤解を招いた気がして、あわてて訂正を言う。

「さっきも言ってたじゃないですか。疲れてる、って」

足をそのままで、体を顔を佐助さんの方へ向けて話す。

 

 

「それなのにあたしが余計なこと頼んだら、佐助さんの休憩時間がなくなっちゃうじゃないですか」

ね、と念を押すように言うと、佐助さんはきょとんとして、体勢を戻した。

 

 

「やっぱ、ちゃんは俺の癒しだねぇ」

しみじみと、そう言ってからにっこりと笑う。

 

 

「なんかわかんないけど、俺さ、ちゃんの頼みなら聞いてあげたいと思うんだよね」

「頼み、ですか」

「そ。何かあったら、呼んでね。すぐ飛んでいってあげるから。…声が聞こえる範囲にいたらだけど

「そこらへん現実的ですね」

 

 

体を前へ向けなおして、手を少し後ろにつく。

ぐ、と空を仰いであたしが「佐助さん」と名前を呼ぶと、「なあに」と返事が返ってきた。

 

「今って、お仕事忙しいですか?」

「んー、そうだねぇ。特に急ぎの用はないかな。大将に情報通知するくらい、かな」

それもまだ時間に余裕はあるし、と言いながら頭に浮かぶ内容を、佐助さんは指を折りながら数える。

 

 

「じゃ、ひとつお願いがありまして」

「おっ何なにー?」

 

 

「城下町に着くまで、一緒に馬車に乗っててください」

そういうと、一瞬何を言われたかわからない、って表情をしてから、ぶっと噴出すように笑った。

 

「何ですか!あたし別に面白いこと言ってないですよ!」

「あっははは、違う違う。やっぱちゃんは優しいねーって」

「そんなことないですよ。情報伝えにいかなきゃいけない佐助さんを、足止めしちゃってますしねー」

流れる雲を目で追いながら、言う。

 

 

ふふーん、と得意げな声が隣から聞こえる。

「甲斐に戻ったら、また仕事申し付かされるだろう、って思ってるんでしょ」

その声に振り返らず、あたしは上を向いたままで声を聞く。

 

「休ませてくれようとしてるんでしょ」

「……」

 

声には確信がこもってる。

くそう、忍びって、こういう勘もはたらくのか。

 

照れくさいんだから、できれば気づかないでほしかったのに佐助さんの声はどこか明るい。

なんとなく顔を合わせたくなくて、ずっと上を向いていたのに、急に膝に感じた重みに視線を落とす。

 

 

 

「ぎょあああ!何してんですか!」

「ぎょああ、って。そんな叫び方する女の子初めてだよ」

くつくつと笑う佐助さんを見下ろす。

何故かあたしの膝に、佐助さんの頭が乗っている。

いわゆる、膝枕な状態。

 

 

「休ませて、くれるんだろ。城下町着くまで、貸してよ」

 

 

そう言って笑った佐助さんの笑顔が、いつもとはちょっと違った風に見えて、不覚にもどきりとしてしまった。

 

「…城下町着いたら、容赦なく落としますからね」

ちゃんこわーい」

あはは、と笑った笑顔は、またいつもと同じ。

 

 

「ありがとうね。ちゃん」

「…どーいたしまして!」

 

 

 

 

 

無意識癒し効果




(「やっぱり癒されてるよ、君に。…あ、そういえば、旦那に団子買って来いって言われてたんだっけ」)

 

 

 

 

 

 

あとがき

佐助の一人称は、時と場合で使い分けてるんじゃないかと勝手に思ってます。

馬車ってすごくリラックスできそうですよね。直接馬に乗るより、馬車がいいです。

2009/06/24