授業が終わった後、私は友達と一緒に並盛中の図書室で明日の宿題の調べ物をしていた。

「あー、もうわっけわからん!」

べしゃりと机に広がった英語のプリントの上に、呼んでいた英和辞書ごと倒れこむ。

 

「まーまー、もうちょっとだし、頑張ろうよ

「頑張れない…もう頑張れない…!」

私と違って、彼女はもう宿題は終わっているのだ。

本来なら見せてもらえばいいのだけれど、なんにせよ、クラスが違うのでプリントの内容も違う。

 

 

ふいに、隣で「あ、」という声と共に携帯電話のマナー音が聞こえた。

「おやおや、旦那様からですかなー」

体を起こして、にやにやと笑いながら冷やかし気味に言うと、彼女は少しだけ顔を赤らめた。

「もー、旦那とか言わないの!」

 

 

「はいはい、すんませんねー。で、彼氏サン待たせちゃ悪いし、先に帰っていいよ」

「え、いいよいいよ!が終わるまで待ってるよ」

ぶんぶんと手を左右に振って、あいつにももうちょっと待つように言うから、と続ける。

 

「だーめ。そんなことしたら、私があんたの彼氏にヤキモチやかれちゃうでしょ」

そんなやりとりを続けた後。彼女はごめんね、と言って図書室を出た。

 

 

「ふー…一人身にはつらいねー」

一人きりになった図書室で、再び机に突っ伏してつぶやく。

まあ、言うほどつらいなんて思ってないけど。

 

でも、そりゃあ、一緒に帰ったり、迎えにきてくれたりする人がいたら、嬉しい、けど、ねー…。

心の中でそうつぶやいたところで、私の目はすっと閉じていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どれくらいそうしていただろうか。

気づけば、空の色が変わっている。

「っていうか、これ夕方通り越して夜じゃんか!!!」

 

がばっ、と体を起こすと、何かが背中から落ちた。

「ん?……これ、学ラン…?」

 

なぜ、ここに。

 

「学ラン……って、うちの学校で学ランなんて着てるのって」

「皺寄せたらクリーニングして返してよ」

「ぎゃあああ!!」

 

 

突如背中からかけられた声に驚いて、手に持った学ランをぎゅううと握ってしまった。

「っ、な、なにっ!?何やってんの、雲雀!」

ぐるりと顔を後ろへ向けると、不機嫌そうな顔をした並中風紀委員長が立っていた。

 

「図書館の見回りだよ。最近見てなかったからね」

「そ、そう…」

背後に立つ雲雀は、声こそ静かなものの、纏っているオーラがとんでもない威圧感を発している。

 

 

「それで見回りに来てみたら、閉館時間なのに寝てる奴がいるなんてね」

「本当に申し訳ないです!!」

腕組をして仁王立ちしている雲雀に向かって、がたがたと椅子から立ち上がって頭を下げる。

 

 

ふと、手に持った学ランを見つめる。

「あ、これ、ありがとう」

「クリーニングは?」

「それマジで言ってたんですか」

そう言うと「の貧相な財布からクリーニング代請求するほど僕は鬼じゃないよ」と言われた。

既にその発言が鬼なんですけど。

 

 

「でも…閉館時間きてたなら、起こしてくれればよかったのに」

「起きても邪魔だろうからそのまま寝かせておいてあげたんだよ感謝してよね」

「え、今の台詞の中に感謝する部分って入ってた?」

さらりと息継ぎなしで言い切った雲雀に尋ねる。

 

「何か、文句でもあるの?」

「無いです!」

 

 

 

結局宿題、終わらなかったなあ。

そう思いながらシャープペンなどの筆記用具をしまう。

プリントもしまおうと手を伸ばしたが、私が掴む前に雲雀の手に渡った。

 

「ふうん、英語か」

「そうそう。最後の応用の部分がわかんなくて調べてたんだけど…」

「結局わからなくて寝たんだ」

…返す言葉も無い。

 

 

「ねえ

「何よー。もう、さっさとしまって帰…」

「ここ間違ってるよ」

プリントの上部を指差して言う。

 

「え。うそ!?」

「ほんと。変形の仕方間違ってる」

 

ああ、あんなに頑張って考えたのに。また考え直しか…。

はあとため息をつくと、雲雀が私に向かって手を差し出した。

 

 

「ん?なに?」

「書くもの」

何がしたいのか分からないけれど、逆らうと大変なのでとりあえず従ってみる。

はい、としまったばかりのシャープペンを雲雀に渡す。

 

すると雲雀は机にプリントを置いて、立ったまま何かをがりがりと書いていった。

 

 

しばらくすると、シャープの芯が紙の上をすべる音が止んだ。

「はい」

「はあ、どうも……ってちょ、こ、これっ!」

 

プリントの下部、切ないほどの空白だった部分が、雲雀の綺麗な字で黒く染まっている。

「ちゃんと家で書き直してね。の字と僕の字じゃ天と地の差があるから」

「そこまで言わなくてもいいんじゃないの」

 

最後に「はい」とシャープペンを渡される。

「ほら、さっさと帰るよ。もう真っ暗だ」

窓辺へ歩いてカーテンを閉める雲雀の背中に向かって、私は叫ぶ。

 

「雲雀っ、ありがとうね!!」

 

 

「……さっさと帰る支度しなよ」

「はーいっ!」

 

 

カーテンが閉まっていく音を聞きながら、私は鞄に荷物を詰め込む。

使った辞書も棚にちゃんと戻してきた。

 

家に帰ったら、ちゃんと書き直さなきゃ。

雲雀の字を消してしまうのは勿体無いけれど…仕方がない。

 

「よし、準備オッケー」

鞄を手に持ち、図書室の入り口へ向かう。

先にカーテンを閉め終えた雲雀が鍵を持って扉の外に立って「早くしなよ」と言った。

 

 

 

 

「うっわー、もう真っ暗かあ…」

校舎から出ると、もう辺りは街灯と月明かりしかなかった。

 

「んじゃあ雲雀、また明日ね」

ばいばい、と手を振ろうとするとその手をがっちりと掴まれた。

 

「…何、どうしたの」

みたいな鈍くさい子を夜中に一人で放り出したら何が起こるかわからないからね」

言いながら雲雀は私の手を掴んで校舎裏へと歩いていく。

ぐいぐいと引っ張られる腕になすがまま、雲雀の背中を追う。

 

 

「送ってあげるよ。さっさと乗って」

そう言った雲雀の先には、一台のバイクがあった。

 

「…雲雀、私たちさ、まだ中学生だよね」

「口答えするならここで轢くよ」

「ごめんなさい乗せてください」

 

 

夜にヘルメット無しでバイクに二人乗りで帰るなんて、違反だらけのことをしているにも関わらず、

私は雲雀のお腹に腕を回して夜道を走っていた。

 

家に着くまであと少し。

もう少し、こうやって走っていたいなあなんて思ったことは、雲雀には秘密だけどね。

 

 

 

 

 

 

発見連行ときどき優しさ




(…まったく、応接室に来ないと思ったらあんな所で寝てるなんてね。探し回った僕がバカみたいじゃないか。)

 

 

 

 

 

 

あとがき

図書館で考えたお話。不器用な心配の仕方をする委員長のお話。

基本的に私は図書館で勉強しません。本の誘惑に負けるので←

2009/07/30