「これは、由々しき事態ですよ、幸村さん」

「うむ…そうでござるな、殿」

あたしと幸村さんの視線は、同じところへと注がれている。

 

「あたしじゃ、この現状を打破することはできません」

「某にもできぬ」

 

「……となれば、残された方法はひとつですよね」

にやり、と笑って幸村さんを見る。

「方法…?…!そうか!」

最初は考えていたけれど、すぐにはっとしてあたしの方に笑顔を向け、互いの顔を見合わせて言う。

 

 

 

そうだ、彼を呼ぼう!

 

 

 

 

「…旦那もちゃんもさあ、忍をなんだと思ってるの?」

 

「…町までひとっとびの便利屋さん」

ちゃん、大幅に間違ってるからね、それ」

 

「主人の命令をこなす雇われ人でござるか」

「間違ってるとも言い切れないけど、命令によるからね、真田の旦那」

 

しょんぼりと頭を下げたあたしと幸村さんの前に立つ佐助さんは、顔こそ笑顔だけど纏うオーラは何やら冷たい。

 

 

 

「大福がひとり分しかないからって、俺様に買いに行かせるのは間違ってると思うんだけどなあ」

 

「「すいませんでした」」

 

思わず幸村さんまで一緒に謝ってしまった。それくらい今の佐助さんには迫力がある。

それも、2人並んで正座して。まるで母親に叱られる子供の図だ。

 

 

「なんで俺様なの。自分で行けばいいでしょ、自分で」

「あたし、まだ城下町に慣れてないんで…迷子になっちゃうかもしれないですし」

現代と違って、家を目印にしたりするにも、どこも似たような風景で目印になってくれない。

 

「…旦那は迷子にならないでしょ」

「うむ。だが、某だと帰るまでに食べてしまいそうでな!」

真顔でそう言い放つ幸村さんに、佐助さんはため息をついた。

 

 

「とにかく!俺様は忙しいの。大福だの団子だの買いに行ってる暇なんかないの!」

今日だって今から情報収集に行かなきゃ、なんてぶつぶつ呟く。

 

 

 

「…じゃあ、幸村さんと行ってきます!2人ならなんとかなるはずですし!」

ぎゅっと幸村さんの手をつかんで立ち上がろうとした、が。

「…うっ、あ、足…しびれたっ…!」

 

かくん、と力が抜けてその場へと座り込む前に、体が傾いてく。

そして床に座り込んだ後、ぽす、と音を立てて幸村さんの体に背中が当たった。

 

 

「…あ、すいません」

 

くるり、と顔だけ幸村さんの方を向いてみる。

そこには顔をあたしの方がびっくりするくらい真っ赤にした幸村さんがいた。

 

「…は、はっ、破廉恥でござるよ殿ォォォォーーー!!!」

「あっ、ちょ旦那!」

 

 

幸村さんは絶叫しながら佐助さんの制止の声を聞かず、ふすまをバーンと突き破ってどこかへ走っていってしまった。

 

「うっわ、旦那の馬鹿!誰がふすま修理すると思ってんの!」

「その叫び方だと、あたしが如何わしいことしちゃったみたいじゃないですか!」

というか、幸村さんは正座平気だったんですね。

痺れてたのはあたしだけだとは。なんだか悔しい。

 

 

「あーあー…また仕事増えたじゃん…」

はああー、と重いため息をつきながらふすまを見つめる佐助さん。

「え、ええと、なんか…ごめんなさい」

100%あたしが悪いわけじゃないと思うけど、この場合の責任はあたしにも、ある……はず。

 

 

「いや…ちゃんが悪いわけじゃないから、謝らなくていいよ。旦那が初心すぎるんだよ」

「今までどうやって生きてきたんでしょうね、幸村さん」

いくらなんでも、今まで女の人と話したことが無いなんてことはないでしょうに。

 

 

 

「…あ、そういえば大福…」

「あー…そういえば、それで俺様ここに呼ばれてたんだっけ」

ぽつん、と残された大福を見つめる。

 

「食べちゃいなよ、ちゃん」

今まで立ったままふすまを眺めていた佐助さんは、しゃがんで大福の乗ったお皿をあたしに差し出した。

「え、でも…」

「多分、旦那もう忘れてると思うよ。今旦那の頭の中、『破廉恥』しか無いと思うから」

 

たしかに。

幸村さんなら、あのまま走ってお館さまあたりに止められて、大福のことはスポーンと抜けていそうだ。

 

 

「…で、でも、もし覚えてたら…」

「……しょーがないなあ」

ため息をつこうとして止めて、ふう、と息を吐いて佐助さんは眉を下げて笑った。

 

「後で買ってくるよ。どうせ夕飯の後にも団子が食べたいだの言うだろうしね」

困った主人だよ、と言ってコキコキと首を鳴らす。

 

 

「じゃ、俺様は旦那を探して…」

「ちょっと待ってください佐助さん!」

立ち上がろうとした佐助さんの服をぐいっとひっぱる。

ぐえっ、て聞こえた気がしたけど気のせいっていうことにしておいた。

 

 

 

「な、なに…?どーしたの」

「あの、これ、半分どうぞ!」

手に持った大福を素早く半分に分けて、片方を佐助さんの目の前に差し出す。

一瞬、目が点になった佐助さんは、少ししてからハッとしてそっと大福を受け取ってくれた。

 

 

「…いいの?もらっちゃって」

「はい!佐助さんのお仕事、増やしちゃったのあたしですし…そのお詫びといいますか…」

疲れているときは甘いものがいいって言いますし、ね!

なんて言っていると、ふんわりと佐助さんは笑った。

そして。

 

 

「ありがとね、ちゃん」

 

 

そう言って、あたしの額に軽く自分の唇を押し当てて、「いってきます」と言ってその場から消えてた。

 

 

「……なっ、さ…佐助さんの破廉恥ィィィィーー!!!!!」

 

力の限りそう叫んだ後、天井裏からズルッバタッという滑って転んだっぽい音が聞こえた。

 

 

 

 

結局はいつもと同じ




(「ちゃんも十分初心じゃん。…っていうか、最初から半分ずつしてればよかったんじゃないの?」)

 

 

 

 

 

 

あとがき

不憫でありつつ、ちゃっかり良いところを持っていくのが佐助だと思ってます。

ちなみにこの後、ヒロインの絶叫を聞いた幸村に「佐助ェェ!殿になにをしたァァ!」と怒られてると思います。

2009/08/15