日差しの柔らかい日曜日の午後、ピンポーンと玄関のチャイムが鳴った。

 

 

誰だろう、と思いながら厳寒の戸を開ける。

「はーい、どちらさま…」

「久しぶりだね、ちゃ」

ピッシャン。

 

いい音を立てて玄関の戸を閉める。

自分でもなぜ閉めたのかはわからないけど、とりあえず、閉めたかった。

 

 

すう、と一度深呼吸をして少しだけ隙間を空けて、外を見る。

「……なんで、ここにいらっしゃるんですか名取さん」

「いきなり閉めるなんて酷いなあ」

「はぐらかさないでください」

隙間からのぞくようにして名取さんに尋ねる。

 

 

「近くで取材があってね。休憩時間に抜けてきたんだよ」

「…なんで、家なんですか…」

ため息を吐きながら、カララと玄関の戸を開ける。

 

「夏目には結構よく会ってるからね。ちゃんは元気にしてるかなあと思ってさ」

きらりと日の光を反射しているかのような笑顔で言われる。

…夏目くんがちょっと苦手、と言ってた理由が少しだけわかった気がする。

 

 

「元気ですよ。ばりばり元気ですから、ご心配いりません」

玄関から外へ出て、後ろ手で戸を閉める。

「あははは、つれないねえ。心配だったのは本当だよ、の娘さん」

「!」

 

 

にこりと笑う名取さんがどこまで知っているのか。

…きっと、色々知ってるんだろう。妖怪に好かれる家系であり、喰われそうになることも少なくは無いこと。

 

ぎゅうと手を握り締めて名取さんの顔を窺う。

「はは、そんなに身構えなくて良いよ。本当に、心配しただけだから」

そういって名取さんは私の頭をそっと撫でた。

 

 

「君も夏目も。一人で突っ走ろうとするから、心配なんだよ」

次に会いにきたら喰われてた、なんてやめてね。と言って名取さんは苦笑の表情を浮かべた。

 

 

 

「……心配なのは、名取さんのこともですけど」

「え?」

私がそう言うと、頭を撫でていた手は髪を伝ってそっと私から離れた。

 

 

「俳優のお仕事もあって、妖祓いもして。ちゃんと寝てるんですか?」

伊達眼鏡の奥の瞳は、玄関越しでは見えなかったけれど、今ならよく見える。

ほんの少し、疲れの色が見えるのだ。

 

 

「参ったなあ…。心配される側になるなんて思って無かったよ」

「もう…家に来てる場合じゃないじゃないですか。休憩時間って、あとどれだけあるんですか?」

「うーん。そうだね…現場まで徒歩5,6分で行けるから…30分くらいはあるかな」

あごに手を当ててそう言った名取さんの手を引いて、玄関の戸を開ける。

 

 

「じゃあ、休憩していってください」

 

「…はときどきすごく強引なんだね」

「なんですかもう!せっかく気が向いたから無償で昼寝場所を提供してあげようと思ったのに」

いらないならいいですけど!と言うと、名取さんは笑ってじゃあ休憩していこうかな、と言った。

 

 

 

 

縁側を歩いていくと、名取さんがストップをかけた。

「どうしたんですか?」

「いや、ここでいいよ。縁側、借りていいかな?」

確かに、今の時間は日差しも良い具合に差し込んでお昼寝には最適の場所だけど…。

 

 

「いいんですか?ここで」

「うん。ちゃんはそこ座ってくれるかな」

「はあ、はい」

言われるがまま、足を庭に出して縁側に座る。

 

 

「じゃあ、ちょっと借りるね」

そう言うと名取さんはおもむろに私のひざに頭を乗せた。

 

「…ってちょ、えええええ!?」

何してんのこの人!と声には出せず、口をぱくぱくと動かしていると名取さんは噴出すように笑った。

 

「あっははは、赤くなっちゃって。可愛いねえ」

「可愛くないです!ていうか、な、何してるんですか!」

名取さんはかけていた眼鏡を外して床に置きながら言う。

「起こしてくれる人がいなくちゃ困るからね。20分くらいしたら、起こしてよ」

 

 

「で、でも、恐れ多いですよ、一応俳優さんに膝枕なんて…!」

「一応って…。別に、ここには君以外いないんだからいいだろ?」

すう、と目を閉じたまま喋る名取さん。

 

 

「うう…名取さんファンの友達にバレたら殺されそうです」

ちゃんが喋らない限りバレないさ」

だんだん小さくなっていく語尾。

 

 

 

「…名取さん?」

「………」

返事は寝息だった。

 

「…むかつくくらい綺麗な顔してるなあ…」

女として、なんだか負けた気分になってくる。

そっと名取さんの髪を撫でてみる。予想通りのサラサラヘアーに、これまたへこんだ。

 

 

「まあでも…わざわざ仕事の間に会いに来てくれて、ありがとうございました」

そう小さく呟いて、そっと名取さんの指先をゆるく握った。

 

 

 

 

 

 

心配なのはお互い様






「名取さん、そろそろ時間ですよ」

「折角だからお姫様のキスで起きたいなあ」

「そうですか。引っ叩いて起こして欲しいんですか」

「冗談だよ」

 

ゆっくり起き上がった名取さんに「膝、ありがとう」と言っておでこに触れるだけのキスをされた。

…私、妖じゃなくて、名取さんファンの人たちに殺されそうです。

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

単行本読んでて名取さんズキュン熱が沸きあがってきて書いちゃった話。

うちの小説はよくヒロインが寝てるか寝たがってるので、今回は逆でいってみました。

2009/09/22