右手に室内用箒、左手にバケツと雑巾を持って、ある部屋の前に立ち尽くす。

ボスに「掃除してこい」と言われた部屋の前。

「…何ここ、異世界?」

 

 

思わずそう呟きたくなるほどに、その部屋は埃だらけだった。

「って、ありえねええ!汚いとかいう問題じゃないよこれ!」

 

いっそ部屋取り壊して作り変えたほうがいいんじゃないの。

だって棚に埃が積もってるのはともかく、その高さが1センチはあるんですけど。

埃1センチって結構なものだよ。

 

 

バケツを床に置いて、口を手で覆いながら部屋の奥へと入っていく。

うう、空気が悪い。

奥にある窓をバンッと全開にして、外の空気を吸う。

 

「はあ…これでちょっとは換気できるかな…」

とりあえずは落ちている書類を拾って歩く。

それから箒で埃を集める。

 

 

それにしても随分と棚が古い。木造だし。

「…崩れたり、しないよね…?」

こんなところで潰されたら、確実に誰にも発見されないだろう。

ぶんぶんと嫌な考えを消し去るように頭を振って、雑巾を手に持った。

 

 

 

 

一番奥の棚には、何故か中身が入っていなかった。

「うん、一番拭きやすそうだし…ここからいくか」

踏み台に乗って、一番上の棚を拭く。

 

手を伸ばして奥のほうを拭き、手前へと手を動かした瞬間。

雑巾が擦れるとともに棚がぐらりと傾く。

 

「…え」

 

視界が暗くなる。

 

「っ、ちょっ、ま、待ったァ!!」

そう叫んだって、棚は倒れてくる。

がたんっと踏み台から足が滑り落ちて床に尻餅をつくと同時に頭上からぱらりと埃が落ちてくる。

 

「ーーーっ!!!」

声にならない悲鳴が喉の奥で鳴る。

 

 

ッ!!」

 

 

ばさばさっという紙が散る音と共に、ガタンッという音が響いた。

 

ゆっくりと目を開けると、少し額に汗を浮かべたスクアーロが見えた。

スクアーロは左手を私の背中のほうにある棚に沿え、右手で倒れてくる棚を押さえている。

…さ、さすが、男の人。力あるんだね…。

 

 

「うお゛ぉい…生きてっかぁあ!?」

「い、生きてます…おかげさまで」

口調こそいつも通りだけど、声音は少しだけ辛そうだった。

 

がたん、と倒れかけている棚を押し戻し、元の状態へ直す。

ぽかんとしたまま、それを座ったまま眺めていた。

 

 

「…って、なんでスクアーロ、こんなとこにいるの?」

ふう、と一息ついたスクアーロがちらりと私に視線を落とす。

「ボスが見て来いっつったんだよ」

 

どうやらこの棚は、随分前から木の寿命で建てつけが悪くなっていたらしい。

そのことを思い出したボスは、スクアーロに私を見てくるように言ったらしい。

 

 

「そ、か…。あーもう、ほんとびっくりした…」

中身が何もなかったからいいものの、何か入ってたら今頃私は生き埋めになっていただろう。

「大体も、こんなとこの掃除引き受けてんじゃねえ」

ばさりと髪の毛を後ろへ流しながらスクアーロは言う。

 

 

「で、足とか挫いてねぇだろうなぁ!?」

「うん、多分大丈夫」

座ったままで足首をかくかくと動かしてみる。

痛みも無く、普通に動くところを見ると、ねんざとかもしていなさそう。

 

 

「ならさっさと立てえ」

言いながら、ぶっきらぼうに手を差し伸べてくれる。

なんだかんだ言って、スクアーロは優しいのだ。

…ここに来た当初は、ベルと二人で虐めてきやがったけどな!

 

 

随分と仲良くなったものだ、と思いながらスクアーロの手をつかむ。

私よりも大きな手が、ぐいっと身体を引き上げようとした瞬間。

 

「…あ」

「なんだあ?」

 

 

「ごめん。足は大丈夫なんだけど、その、腰…打ったみたいで…」

「………このバカがああああ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

立ち上がれなくなった私の手をばしっと振り払うようにして離される。

うわ、それは心が痛い。なんて思ったのもつかの間。

今度は膝裏に腕を入れ、背中をもう片方の手で支えられる。

 

 

つまり、お姫様だっこ状態で、現在廊下を疾走中。

 

 

 

「早い!怖い!おろして!」

「おろしたって歩けねえんだろうがああ!」

叫ぶスクアーロの服を掴みながら、私も叫ぶ。

ほんとにスクアーロ、どんだけ力あるの!何で私抱えて走れるの!

 

 

「っていうか、なぜ走っている!?」

「こんなとこ見られたら、絶対からかわれんだろうがあ!」

 

まあ、確かに。

ベルあたりが「何やってんのお前。横抱きは王子の役割なんだけど」とか言いそうだ。

言う割りには横抱きなんてやらないと思うけど。

 

ボスはボスで、この状況でスクアーロに過剰すぎるスキンシップを働かれたら私にも被害が及ぶ。

回し蹴りなんてされたら、確実に私の腰は第二回目の衝撃を受けるだろう。

 

 

「…頑張って走ってスクアーロ!」

「調子乗ってんじゃねえぞお!」

ばたばたと廊下を走る。

正直なところ、私たちの声で既に色々バレてるんじゃないかとも思った。

 

 

「ところで、今どこ向かって走ってんの?」

「医務室に決まってんだろうがあ!」

ちらり、と壁にかけられた絵画を見る。

 

「…ここ、さっきも通った気がするんだけど。迷子になってない?」

「……医務室なんざ、ずっと行ってねえから場所忘れただけだ!!」

「迷子じゃん!迷ってんじゃんスクアーロのばかー!!」

 

 

とはいえ、私もここに来て日が浅い。

医務室の場所もわからない。そもそも、そんな部屋があったことすら今はじめて知った。

 

 

!お前メイドなら、医務室くらい覚えとけえ!」

「無茶言わないでよ!ていうか普段掃除ばっかりだから覚わるのは倉庫の場所くらいじゃ!」

 

ぎゃあぎゃあ騒ぎながら廊下を走る。

腕、痛くないのだろうかと思ったけれど、けろりとしているスクアーロの顔からして疲れてはいないようだ。

…頼りがいがあるんだか、無いんだか。でも今は、スクアーロに任せようと思って口をつぐんだ。

 

 

 

 

 

棚注意ときどき迷子




(「何やってんのアイツ。を姫抱っこしていいのは王子だけなんだけど」

「ていうか、医務室ってもうひとつ上の階なんだけど」

「ししっ、ばっかじゃねーのあいつ!」)

 

 

 

 

 

 

あとがき

かっこいいようで、どこか抜けてる感じにしたかった一品。

最後の会話は、柱の影にいるベルとマーモンです。後でスクアーロ弄りに行くと思われます。(ぁ

2009/10/21