今日も今日とて青空なこの国。

 

「ただいまー!」

「「おかえりお姉さん!」」

帽子屋屋敷の入り口、斧を片手に持った双子にステレオで言われる。

 

「あっ、お姉さんお姉さん、僕ら今から休憩なんだ!」

「一緒に遊びに行かない?」

ディーとダムにそう言われ、どうしようかと考えたところで第三者・・・いやむしろ第四者の声がした。

 

 

「お前らな、さっき休憩っつーかサボってただろうが!いい加減働け!」

がつん、ごつん、と双子の頭にチョップが下る。

「痛いな!この×××ウサギ!」

「そうだよ、いたいけな子供に手を上げるなよ×××××ウサギ!」

そのいたいけな子供からとんでもない言葉の暴力が飛び出しているのはどうなんだろうか。

 

 

「うるっせえ!とにかく、サボるな働け」

「「ええーーー」」

心底嫌そうな声が、これまたステレオで響く。

 

「まあまあ、二人とも。差し入れあげるから、仕事頑張りなさい」

ごそごそと鞄から、さっきハートの城でアリスと一緒に作ってきたクッキーを取り出す。

 

「うわあっ、これお姉さんの手作り!?」

「うんうん。だがしかしお腹壊してもあたしに言うんじゃないぞー」

二人の頭をなでながら言う。

ドが付くほどの料理音痴ではないと思ってるけど、まあ、不安といえば不安なのだ。

 

 

「あ、もちろんエリオットの分もあるよ。ニンジン風味クッキー」

「!!!っ…ありがとうなあああ!!」

エリオットは飛びつかんばかりの勢いで言いながらウサギ耳をひょこひょこと動かしている。ぐはあ、可愛い…!!

 

「ブラッドにも渡してこなきゃだから、あたしはこれにて失礼!」

「お姉さんからの差し入れ貰っちゃったから、もうちょっと頑張ろうか兄弟」なんていうやりとりを聞きながら

あたしは屋敷の中へ入ろうと駆け出したところで声がかかった。

 

 

ー!言い忘れてたっ!おかえりっ!」

エリオットが手を振る。

「…うんっ、ただいま!!」

 

 

 

 

 

 

「お邪魔しまーす」

がちゃり、とブラッドの部屋の扉を開けて中に入る。

 

「おかえり、お嬢さん」

デスクワークでもしていたのか、ペンを握って何か書きものをしていたブラッドがあたしの方を見て微笑む。

「ただいま、ブラッド」

つられてあたしも笑う。

 

この屋敷に来てから、こういう何気ない挨拶をちゃんとすることが増えた気がする。

今まで、あたしのいた世界では「挨拶だから言うもの」って感じで割と適当にしていた。

でもここでは、なんだかこの挨拶すら大切なものに感じる。

 

なんだか、嬉しいのだ。おかえり、って言ってもらえることが。

 

 

「それで、城は楽しかったかな?」

「え、なんで知ってるの?」

屋敷を出るときは行き先を考えてなかったから、伝えていかなかったのに。

 

 

「ふふ、私を誰だと思っているのかな」

にやにやと笑うブラッドは持っていたペンと机に置く。

なんて権力の使い方。ブラッドにはドッキリイベント☆なんてものは出来なさそうだなあ。

 

 

「ええと、あのね、お土産があるんだよ!」

意味深に笑っているブラッドから視線をそらすようにして鞄からクッキーを取り出す。

 

「ブラッドに紅茶クッキー、焼いてきたんだよ。アリスに教わってさ」

机の前まで歩いて手渡す。

ディーやダム、エリオットに渡すときと違ってなんだか緊張するのは、この部屋の空気の所為だと思い込むことにした。

 

 

「ほう、お嬢さんの手作りか」

「味の保証はないからね。お腹壊してもあたしは一切責任持ちませーん!」

難癖をつけられる前に言っておく。…まあ、難癖なんて言われたことないんだけどね。

 

「君の作ったものなら、美味しいに決まっているさ」

くつくつと笑いながらちょいちょいと手招きされる。

何かと思って机をよけてブラッドの座るイスの隣へ移動する。

 

ほとんど目線は同じ高さで、なんだか変な感じと思っているとぐいっと腕を引っ張られる。

うお、と声が出た瞬間に頬にふわりと紅茶の香りと温かいぬくもりが伝わる。

 

 

「ありがとう、お嬢さん」

「どっ、ど、どういたしまし、て」

びゅっと反射的にブラッドから離れて頬を抑える。

あたしの手ってこんなに冷たかったっけ。いや違う、顔が、熱いんだ。

 

 

「ふ、ふふっ。君はいつまでも反応が初々しいな」

「−−−っ!!」

声が出ない。声というよりも、音がもれるだけ。

 

 

楽しそうに笑うブラッドはあたしを置いて立ち上がる。

「せっかくお茶菓子が手に入ったんだ。今からお茶会でもするか」

あ、うん、そうだね、なんて頭の中でセリフを考えていたところでブラッドは「ああ、」とつぶやいた。

 

 

「だが…そんな赤い顔をしたお嬢さんをあいつらに見せるのはもったいないからな。ここで二人でお茶会をするか」

笑いながら二人分のティーカップを準備するブラッドの背中を見つめる。

ああ、どうして毎回毎回そうやってあたしの思考をストップさせるようなことを言うんだろうか。

 

 

ブラッドが見ていないうちに小さく深呼吸して頬をさする。

もう赤くないよね。大丈夫だよね。

よし、と意気込んでブラッドのいる方へ歩いていく。

 

 

手伝うよ、と言おうとしたところで足が止まる。

 

ブラッドの斜め後ろ、ほんの少しだけ見えた顔が、ずいぶんと嬉しそうな笑顔だった。

愛おしそうにあたしの持ってきたクッキーを見つめながら紅茶を淹れる。

 

ああ、もう、この人には勝てやしない。

 

 

紅茶が入ってから「ブラッドの淹れてくれる紅茶はほんと美味しいね」と言ったら、

「君のクッキーが美味しいから、よけいに引き立っているんだろうな」なんて笑顔で言われてしまった。

 

「ありがとう、

 

なんてお礼を言って笑うブラッドに、あたしの顔はまた赤く染まるしかなかった。

 

 

 

 

凶器的あいさつ




(おかえりも、ありがとうも、全部あたしの思考を止める言葉なんだよ。…って分かって言ってるよね、ブラッド!)

 

 

 

 

 

 

あとがき

私が帽子屋ファミリーの皆に「おかえり」って言われたかっただけです。

めっちゃブラッドにおかえりって言われたいです。飛びついてただいまって言いたいです。

2009/11/02