両手にカゴを持って息を切らせながらクローバーの塔を走る。
そしてがらっ、と戸を開ける。
「やっほー!元気してるかいナイトメア!」
「おわああああ何してるんだ!!こ、ここ、風呂場だぞ!!」
「知ってるよ。ていうか、お風呂だからこそ来たんじゃん」
「いやいや駄目だろう!と、いう、か、何で君はそんなに、普通なんだ!」
顔を真っ赤に染めてナイトメアは湯船につかりながら言う。女の子かお前は。
「誰が女の子だ!」
「心を読むな。ていうかあたし服着てるし、別にいいじゃん。あ、でも湯船からは出ないでね」
あはは、と笑っていると後ろでがらら、と戸の開く音がした。
「あ。グレイ、お邪魔してまーす」
「……ええと、俺は…タイミング、悪かったか…?」
心底驚いたように一歩あとずさるグレイに慌てて言う。
「逆ぎゃく!ナイスタイミングだよ、ほら早く湯船入って入って!」
そう促すと、グレイは静かに湯船に入った。
「…で。君は一体、何で風呂に…っていうかその手に持ってるものは何だ」
「よくぞ聞いてくれましたナイトメア!」
「君が心の中でさっさと聞けと…」
「うるさい」
いらないことまで言うナイトメアに笑顔で釘をさしてから、あたしも湯船に近づく。
「今日はこのちゃんがうちの屋敷…もといブラッドの屋敷内で取れたゆずを持って来てあげたのよ!」
言いながらざばざばと湯船にゆずを入れていく。
「ゆず見てて思い出したんだよねー。冬至のこと」
ざぶ、と持ってきたゆずが湯船に浮かぶ。
「とうじ?」
首をかしげるグレイに浮かんでいるゆずを一つ掴んで手渡す。
「うん。冬至。冬にね、お風呂にゆずを浮かべて入るの」
12月22日頃、なんて言ってもこの世界じゃ意味が無いからあえて冬でくくっておいた。
それにしても日本系の文化はあんまり浸透してないんだなあ、この世界。
ビバルディもひな祭り知らなかったし。
「冬至は一年のうちで一番夜が長い寒い日だから、風邪を引かないようにゆず湯に入るんだよ」
「ほ、本当か!風邪を引かないというのは…!」
さっきまで呆然としていたグレイの目が生き生きとしている。
「う、うん。風邪予防にはゆず湯がいいんだって」
まあ半分くらいは気合の問題だろうけど、というのは言わないでおいた。
「そうか…聞きましたかナイトメア様!」
「聞いたぞ!ふふ、これからは毎日その冬至とやらだ!風邪を引かない…ふふ、病院ともこれでおさらばだ!」
ナイトメアの場合は風邪以外でも病院にはお世話になるんじゃないかな。
でも、喜んでもらえたみたいで良かった良かった。
「あとはかぼちゃ料理だね」
「それも風邪予防になるのか?」
お母さんのような反応をするグレイはさっき渡したゆずを撫でている。
…顔でも書いて持って来てあげればよかったかな。
「そうそう、かぼちゃも風邪予防になるの。だから、ゆず湯とかぼちゃ料理は冬至の主役なんだよ」
「では今夜の食事はかぼちゃ料理を入れてもらいましょうか」
グレイは隣でゆずを弄って遊んでいるナイトメアに言う。
「そうだな、風呂から出たら料理長に言っておくか」
「ふふふ、その必要はないよ!もう既にあたしが伝えてきてあげたからねー!」
だから、ゆっくりお風呂に浸かってくつろいで疲れを取ってくださいお二人とも。
本当はユリウスも誘ったんだけど、「大人数で風呂など入らん」と言われてしまったのだ。
だから作業机にゆずをふたつ放置して来たんだよね。
入るときに自分で入れてね、って言っておいたけど…入ってくれるといいなあ。
「それにしてもいい香りだな」
数が数なだけあって、湯船の近くはふわりとゆずの香りが漂っている。
「いいよねー。あたしも入りたくなってきたなあ」
一旦お屋敷に戻ろうかな、と考える前にナイトメアの明るい声が響いた。
「なら、も入ればいい!」
「…え、ええと、それは」
予想外の展開だ。
まあ、帽子屋屋敷にいたときはやたらブラッドやエリオットとお風呂で会うことはあったけどさ。
「ならいいじゃないか」
「よくないっていうかほんとお前心読むな」
あたしとナイトメアの真ん中でぽかんとしているグレイに、ナイトメアがこっそり言う。
「グレイ、はこう見えて帽子屋や三月ウサギと一緒に風呂」
「それ以上言ったらゆず口に突っ込むぞ」
「…すいません」
この馬鹿が!と心の中でナイトメアを叱りつつグレイを見ると、こっちが驚くほどの驚愕の表情をしていた。
「ち、違うからね!偶然バッタリ遭遇しちゃっただけで、一緒に入りに行ったとかじゃないから!」
「だが一緒に入ったことに変わりは無いだろう」
「シャーラップナイトメア」
いらんことばっかり言うなお前は!グレイの顔がどんどん険しくなっていくだろうが!
なんて弁解したらいいんだろうと慌てていると、グレイはあたしの手をそっと掴んだ。
「帽子屋に、何かされたとかじゃ…ないんだな?」
こんなときまで、こんな心配をしてくれるグレイに安心させるように微笑んで言う。
「大丈夫、ブラッドもエリオットも、風呂じゃ酒飲んでまったりしてるだけだから。何もないよ」
寧ろ風呂のほうが案外安全かもしれない。…1対1で入ったことは無いからわかんないけど。
「そうか。もし何かあったら、言いなさい。俺が……何とかしてあげよう」
にっこりと笑うグレイの後ろでナイトメアが若干距離を空けたということは、何かすごいことを考えたんだろう。
ナイトメアが心を読めるくらいの…うわあ、なんて物騒。
「ま、まあとりあえず、今日はゆっくりしてよね!二人とも…というか特にグレイ、疲れ取ってリラックスしてよね」
そのために産地直送の勢いで走ってきたんだから。
「ああ。ありがとう、」
「また何か、冬の行事を教えてくれ!風邪予防も歓迎だ!」
「…うん、うんっ!また、何か思い出したら教えてあげる!」
じゃあ、ごゆっくり!
そう叫んで風呂場を後にする。
喜んでもらえた、そのことが嬉しくて廊下でスキップでもしそうだった。
よっしゃ、今からユリウスのところにかぼちゃ料理を届けてあげよう。そう思いながら調理場へ足を向けた。
あったかお風呂計画
(「ユリウスー!冬至名物第二段!かぼちゃ料理持ってきましたァァー!」「わかったからはしゃぐな、!」)
あとがき
ゆず湯に入ってて思いついた一品。好きですお風呂。
夜が一番長い日とか、ブラッドなら物凄く喜びそうです。でも風邪予防メインで見るとナイトメアに勧めたい。
2009/11/22