それは数日…いや、数時間帯前の出来事。
「ふふふ…きた、きたわよブラックジャックー!!」
ばしんっとテーブルにカードを表向きに並べる。
「あちゃー、また俺の負けかあ…」
にこにこと笑いながら、ジョーカーはテーブルに並べられたカードを見る。
「すごいね。今日の俺は負けっぱなしだ」
「あほかァァァ!何悠長に言ってんだジョーカー!」
あはは、と笑うジョーカーの腰あたりからとんだ怒声が響いた。
「こんながきんちょに負けてんじゃねえ!」
「おいそこの仮面、がきんちょ言うな」
「そうだよジョーカー。そんな失礼なこと言ったら駄目だろ」
カードを集めながら宥めるように言うジョーカー…ええと、ホワイトさんをブラックさんはもうちょっと見習えばいいと思う。
「んなこと言ったって、こいつはどう見てもがきんちょだろ。胸もくびれも足りない足りない」
「お前ェェェ!セクハラだぞ!それ完全にセクハラだぞこらァァ!!」
若干鼻で笑ったような声が聞こえて、色々な意味で顔に血が上る。
「くそっ…今度会うときは、そんなこと言えないようにしてみせるからね…!!」
そんな捨て台詞を残してから、早数時間が経った。
ざっ、ざっと草を掻き分けてサーカスの森へと足を運ぶ。
「こんにちは、ジョーカー」
「ああ、!久しぶりだね。また季節を変えたいの?」
サーカスの子供たちと話をしていたジョーカーは、すぐにこっちへ歩いてきた。
「あ、ううん。そうじゃないけど…お取り込み中だった?」
「いいや、大丈夫だよ。季節の変更じゃないなら…遊びに来てくれたのかな」
少しだけ控えめに、でも確信を持った言い方。
「遊びにっていうか、ほら…前に言ったでしょ。その仮面野郎に暴言吐かせないようにしてやる、って」
何かちょっと脚色が付いた気がするけど、まあその辺は気にしない。
「…それは言ってた、けど、ええと、その手のものは…?」
「金槌だけど」
ちなみにユリウスに借りました。
仮面に復讐してやるんだ、って言ったら貸してくれました。
「そういうわけで。ね、ジョーカー。そいつの面ちょっと貸して」
自分でも驚くくらい低い声が出た。
「い、いや、ちょっと落ち着いて」
「暴言吐かせないって物理的にかよ。これだからがきんちょは」
はああと重いため息が仮面から聞こえた。
「…ふ、ふふ…叩き割ってくれるわこのセクハラ仮面がァァ!!」
「ハッ、やれるもんならやってみろこのがきんちょ」
「ちょっとジョーカー黙って!ご、ごめんね、こいつにはよく言っておくから…金槌振り回さないで!」
ブンッ、と金槌を振りかざす。
ホワイトさんに罪は無いから、怪我させたくないけど…まあ、当たっちゃったら当たっちゃったときで。
「うわっ、お、落ち着いてって…!ていうかジョーカー、謝りなよ!」
若干息切れを起こしてきたホワイトさんはあたしの振りかざす金槌をよけながら言う。
「やだね。つーかお前もたまには運動しろよジョーカー」
けけけっ、と笑う声にホワイトさんの空気が変わった。
「…、ちょっとストップ」
さっきまでと声のトーンが違う。
「?どうしたの?」
「ちょっと、待ってね」
言いながらジョーカーはごそごそと腰の辺りを弄くっている。
「!?お、おいこらジョーカー!てめぇ何するつもりだ!」
「貸してあげるよ、。粉々にならない程度なら、何でもしていいよ」
差し出された手には、いつも腰にひっついている仮面。
…さっきの一言、そんなにホワイトさんには衝撃だったのか…。きっと普段苦労してるんだね。
「よっしゃ、ありがとう!貴方の分もビッシバシお仕置きしておくわ!」
ぐっ、と親指を立てて仮面を受け取る。
「んなっ、裏切るのかジョーカー!」
「違うよジョーカー。君も、たまにはお灸を据えられておいたほうがいいんじゃないかなーと思って」
「明らかにさっきの腹いせだろお前!!」
ぎゃんぎゃんと手の中で叫ぶ仮面はうるさいったらない。
こんなのがずっと腰にひっついてるわけだから…ホワイトさん、ストレス溜まってんじゃないのかなあ。
まあ、いいや。そこはかとなく、ついにこのときがやってきたのだ…!
「ふふふ、見てなさいジョーカー…!しばらくその口利けないようにしてやるわ…!」
「ふざけんな!てめっ、こら離せ!」
…離したら地面に落下して余計に痛いんじゃないかと思う。
「さーて。どうしてやろうかなぁー?」
仮面を持つ手にぐぐっと力を入れる。
「あーもう!わかったわかった!謝ってやるから、壊そうとすんな!」
何故そんな上から目線。
謝ってやるから、ってお前どんだけあたしを見下してんの。
「ふん、今更謝ったって遅いのよ!」
実際ホワイトさんのほうのジョーカーも何も言わずにただ、にこにこしながらこっちを見てるし。
テーブルに金槌を置いて、両手で仮面を持つ。地面に叩きつけるまで、あと5秒。
せえのっ、と振りかぶった瞬間。
「そこ、どいてーーー!!!」
甲高い声が響いたほうを見ると、サーカスに使う大きな玉が宙を飛んでいた。
その落下予想地点は、あたしの立つ場所。
「ぎ、ぎゃああ!」
思わず叫んだあたしの声に少し遅れて「ぶふぁっ!」という声が聞こえた。
「……あ」
防衛本能が働いたのか、あたしの両手は玉のほうへ向いていて。
ということは、さっきの声は、飛んできた玉と仮面のジョーカーが正面衝突した声。
「あ、あはは、ごめん。これは事故、ほんとに事故」
宙に向かって伸ばした腕をそのままに言う。
「て、んめえ…この俺を盾にしやがって…!」
「だ、だから事故だって!ごめんってば!あ、そうだ、今のでお仕置きはチャラにしてあげるからさ!」
そろそろと腕を元に戻す。
仮面に玉が当たったであろう場所を見てみるけど、特にへこんだりはしてないみたい。
「無傷じゃん、いやあすごいねジョーカー!強いね!さっすがー!」
「そんな安っぽい言葉なんざいらねえんだよ!×××!」
気が動転しているのか放送禁止ワードをぽんぽん吐くジョーカー、もとい仮面を返却すべくジョーカーの方を振り向く。
「あの、ええと、お仕置き完了しました!」
ばっと腕を伸ばして仮面を突き出す。
「まあ、その、怪我…ていうか壊れたりとかしてないっぽいから!……ってジョーカー?」
仮面を受け取ることなく、うつむいたままカタカタと身体が小刻みに震えている。
え、あれ、もしかしてめっちゃ怒ってらっしゃる…?
なんて心配は、杞憂だった。
「あはは、あっはははは、さいっこうだよ!ほんとにいいお灸を据えてくれて、ありが、ぶ、あはは!」
口元を片手で抑えながら、ジョーカーはゆっくり仮面を受け取っていつもの定位置に戻した。
「いつまでも笑ってんじゃねえジョーカー!あの子供しばきに行くぞ!」
「はいはい。わかったわかった、ふふっ」
まだツボから抜け出せないのか、時々笑い声をこぼしながらジョーカーは歩き出す。
図らずともジョーカーへのお仕置きの手伝いをしてくれたサーカスの女の子に心の中でありがとうを呟く。
「あ、あの、ジョーカー!お叱りは、ほどほどにしておいてあげてねー!」
サーカスのテントへ向かっていくジョーカーに手を振りながら叫ぶ。
くるりと顔だけこっちを向いて、口パクで「わかってるよ」と言ってからジョーカーは身体もこっちへ向けて言った。
「また遊びに来てくれよ。いつでも歓迎するからね、!」
うん、また今度。
今度は…金槌じゃなくて、お菓子でも持って来ようかと思いながら、塔への帰り道を歩き出した。
暴言パニッシュメント
(「…お前、あの玉飛んできてるの分かってただろ」「うん。でも、ほっといた方が面白そうだったから」「……」)
あとがき
きっと、あの場面を見たひとなら考えるであろう仮面ジョーカーへの攻撃妄想。
ブラックさんとはすごく言い合いたいです。そしてホワイトさんは、面白いからという理由で止めないといい。←
2009/11/29