「半兵衛さーん!」

スパンッといい音を立てて半兵衛さんの部屋の襖を開ける。

なんかあたしの居候してる部屋の襖よりも滑りが良かった。

あたしの部屋のは3回に1回は確実に引っかかるのに。

 

 

「半兵衛さん、今日はいいお天気ですよ!お散歩でもしませんか?」

「僕は忙しいんだよ。そんなことをしている暇は無い」

半兵衛さんはあたしが部屋に入ったときから、視線を机の上の紙からチラリとも逸らさない。

 

「暇って、昨日もそうやって一日机に向かってたじゃないですか」

「昨日のとは別件なんだよ」

 

ずんずんと部屋に入り込んで、立ったまま半兵衛さんの背後に立つ。

何をしているのか、と机を覗き込んでみたものの、この時代の文字はサッパリ読めやしない。

 

 

、そこに立たれると暗いんだけど」

「外は明るいですよ」

「君は外に机を持っていけと言うのかい」

そう言って、初めてあたしの方へ少しだけ視線をずらした。

 

 

「そうじゃなくて、たまには一緒に散歩に行きましょうよ!息抜きも必要ですって!」

半兵衛さんの隣にしゃがみ込んで、くいくいと袖を引っ張ってみる。

 

「別に丸一日こうして作戦を練っているわけじゃないんだ。休養もしている」

さっとあたしの手を払って、また机に向かう。

 

休養って、昨日も結構遅くまで起きてたじゃないですか。

知ってるんですよ。夜中にゲッホゲッホ咽てたこと。

 

 

「…そんな風に引きこもってたら、そのうちコケでも生えてきますよ!」

「その時は君に移植してあげるよ」

「勘弁してください」

 

こんな冗談にすら笑ってくれない。

それどころか、眉間のしわが増えてる。

 

 

「…じゃあ、それ、終わったら散歩行きましょうよ」

「………終わったら、ね」

随分と間があったけど、とりあえず了承は得た。

 

「よっしゃあ!じゃあさっさと終わらせちゃってくださいね!」

が邪魔しなければ早く終わるんだよ」

「すいませんー」

言いながらあたしは半兵衛さんと背中合わせになるようにして座り込んだ。

 

 

「…半兵衛さんの部屋広いですね」

「そうだね」

「眺めもいいですね」

「そうだね」

「あの置物高そうですね」

「そうだね」

 

…これは、完全に話を聞かないモードに入ったな。

 

 

「…半兵衛さんのおたんこなすー」

「今すぐ頭からこの墨汁をかけてあげようか、

「ごめんなさい!もう黙ります!」

すずりに溜まった墨汁をちらつかせながら言う半兵衛さんに全力で謝る。

 

 

これ以上何かすると部屋を追い出されかねないので、黙って天井を見上げていた。

そのままゆっくりと目を閉じる。

静かな部屋に、紙の上を筆が滑る音が響く。

 

 

ああ、こういうのも、いいかもしれない。

なんだか落ち着く、なあ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…、重いんだけど」

ふいに背中に感じた重みに口を開く。

しかし返事は返ってこない。

 

 

「返事くらいしたらどうなんだい」

そう言っても、言葉は返ってこない。

 

なんなんだ。

折角僕が話しかけてあげてるっていうのに。

…静かなら静かで、作業が進まない。

 

 

かたん、と筆を置いて後ろを振り向く。

「……」

表情こそ見えないものの、聞こえてくる小さな寝息。

この子、僕にもたれて寝てたのか。

 

 

「はあ…」

ため息をひとつついて、僕はそっと、体を横へずらした。

 

同時にの体が床に向かって落ちていき、ゴッ、と低い音と共にの頭が床に激突した。

 

「いっ、だああああ!!!!何この最悪の目覚め!」

頭を抑えて上体を起こすに、僕は少しだけ笑った。

 

「無断で僕を背もたれにするからだよ」

「だ、だからってこの仕打ちはひどい…!」

打ったところが相当痛かったのか、涙目になりながらは僕を睨む。

その程度じゃあ、全然怖くなんかないよ。

 

 

に向かい合うように座りなおして、そっと涙の滲む目尻に指を添えてやる。

「君が寝てるうちに、日が暮れちゃったよ」

「え!?うっそ…って本当だ!もう夕方になってる!!」

 

うわああ…、と外を見ながら落ち込む

うな垂れている顔に手を添えて、ぐっと顔を持ち上げて視線を合わせる。

 

 

「明日」

ぽつりと一言呟く。

「あした?」

鸚鵡返しのようにが問う。

 

 

「明日、散歩行くかい?」

僕がそう言うと、は目を見開いてから嬉しそうに笑って、はい、と言った。

 

 

「あっ、そうだ!この間美味しいお茶屋さんを見つけたんです!明日行きましょうね!」

「いいよ。もちろんの奢りだよね」

「はい!……え、はい?」

勢いよく頷いてから、瞬きを繰り返す。

 

 

「え、あの、あたしが奢るん、ですか?」

「誘ったのは君なんだから、それくらい当然だろう」

「ええええええ」

 

忙しなく手をぱたぱたと動かしては唸りながら、「わ、かり、ました」と言った。

困った顔をするを見て、僕は笑った。

 

 

 

 

 

 

散歩計画の行方

 

 

 

 

 

次の日は見事に大降りの雨だった。

朝からどんよりしたが部屋に来た時は、思わず笑ってしまいそうになった。

 

「くぅ…!半兵衛さん!こうなったら、雨にも負けず根性です!行きましょう!」

「嫌だよ、面倒くさい」

「あーもー!タイミング悪いぃぃー!半兵衛さんの雨男ォォォ!」

「なんだって!?君が雨女なせいかもしれないだろう」

「そんなことないですもん!」

 

 

その日は延々と、僕との口喧嘩が続いた。

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

優しいようで優しくない半兵衛さんを目指してます。

そしてこれを書いた翌日、雨が降りました。そんなシンクロはいらない!(ぁ

2010/02/27