目を開けると、そこは暗い牢獄。

ゆっくりと足を進めて、目の前にある鉄格子に手を伸ばす。

冷ややかな感触は、これが夢でないことを伝えてくる。

 

「…あたしは…どうして、こんなとこにいるのかな…」

鉄格子を掴む手に力を入れる。

自分で出る術を知らないあたしは、ただ、待つことしかできない。

「…はは、弱い、な…。……あたしは…」

 

 

 

 

「何やってんだてめえは」

 

ギャアアア!!!いきなり現れないでよジョーカー!」

突如真横から聞こえた声に驚いて飛びのく。

 

 

「い、い、いつからそこに!?」

「さーな。さっきといえばさっきだし、随分前といえば随分前だ」

「もういいや。君たちの言うことはサッパリ理解できない」

時間の感覚が無いっていうのは、便利なようで不便だ。

 

 

「で。何やってんだよ」

「まあ、あれだ。悲劇のヒロインごっこ!」

胸張って言ってやると、ジョーカーはあきれたような目を向けてきた。

 

いつもどおり、森を歩いていたら知らぬ間にここにいた。

見渡しても誰もいなかったから、空いてる牢屋に入ってちょっと遊んでいたのだ。

 

 

 

「なりてえのかよ、悲劇のヒロインとやらに」

「まさか。なりたくないよ」

さらりと答えると、少しジョーカーは少し面食らったように肩を揺らした。

 

「どうせなら幸せになりたい。まあ、スーパーカッコイイ王子様が助けに来てくれるんならいいけど…」

ちらり、とジョーカーの顔を見る。

「あんたじゃ、ねえ…」

はっ、と鼻で笑ってやれやれ、というポーズをとる。

 

 

「本気で閉じ込めてやろうか」

「ごめんなさい」

物凄い剣幕で怒られた。こっちのジョーカーは冗談が通じないからいけない。

 

 

 

 

「つーかお前、どういう神経してんだよ。普通監獄で遊ぼうなんて思うか?」

「だってさ、元の世界じゃこんな監獄なんて来れないし。テンション上がるんだよね!」

実際、監獄は観光地になっている場所もある。

けどこんなにリアルな監獄じゃないし。めったに入れないよこんなところ。

 

 

「そういうわけで、ちょっと観光プラスお遊び中ってわけよ!」

あははは、と笑って言ってやったものの、ジョーカーの眉間の皺は未だとれやしない。

ちょっとは愛想笑いとかしたらどうなんだね君は。

 

 

はは、と笑い声が途切れる。

居たたまれない。

何か喋れよ、と思っているとジョーカーはおもむろに持っていた鞭であたしの頭をべしんと叩いた。

 

「痛ったァァァ!!おま、か弱い女の子になんてことを!」

「監獄来て笑ってるような女のどこがか弱いんだ」

…まあ、否定はしない。

 

 

 

「別に笑いたくなきゃ、笑わなくていいんだぞ」

「は?」

ジョーカーの言っていることが理解できず、そう返すと盛大にため息をつかれた。

 

 

「無理して笑うなっつってんだ。笑いたくねえ時だって、そりゃあるだろ」

「…は、はは…」

乾いた笑い声がこぼれる。

 

 

「なんで、わかった、の?」

どくんどくんと心臓の音が早まる。

 

「…なんとなく、だ」

呟いたジョーカーは、やっぱり面倒くさそうな顔をしていた。

 

 

 

「…心配をね。かけさせたくないんだ」

ぽつりと呟く。

「この世界の人たちは、皆優しいから。何かあると、すぐ心配してくれるんだよ。ほんと、大げさなくらいに」

まあ、心配の仕方が捻じ曲がってる人もいるけど。

 

 

「あたしは、そんなに価値ある人間じゃない。だから、あたしなんかのために悩んだりしないでほしいんだ」

一般の、どこにでもいるような人間。

特別扱いなんてされるような人間じゃないんだよ。

 

 

「…だから、あんまり心配かけないように、せめて笑っていようと思ったの」

こんなのはただのエゴだ。

そして、贅沢。優しくされることを素直に喜べないなんて。

 

だからこそ、笑うたびに申し訳なさが込み上げてくる。

 

 

「…ほんっと、めんどくせえ女」

「あはは、同感」

 

 

 

「かけさせときゃいいのに」

がしがしと頭をかきながらジョーカーは言う。

「あいつらなんざ、もっと困らせてやりゃいい。遠慮なんかしてんじゃねえよ」

 

カツ、と靴の音が響いてジョーカーはあたしの目の前まで来る。

顔を上げようとすると、がしがしと頭を撫でられた。

 

 

「うっわ、髪の毛ぐちゃぐちゃになる!」

「くだらないことでこんなとこまで来た罰だ」

本当に、ジョーカーは容赦無い。

 

 

しばらく撫で回された後、ぼさぼさになった髪を手で整える。

「ま、そんでも心配かけたくねーっつーんなら、あっちのジョーカーのとこにでも行ってこい」

あっち、というのはおそらくサーカスの方のジョーカーだろう。

 

 

「悩みだの心配だの、あいつにぶつけて来い。あいつは人を楽しませたいとか言ってるからな。喜んで話聞くだろ」

確かに、話を聞いて慰めてくれたりするだろう。

あの人も、優しいから。

 

 

 

「ジョーカーのとこは?」

「あ?だから、勝手に行けって…」

「そっちじゃなくて。こっち」

そう言って、目の前のジョーカーを指差す。

 

 

「はあ!?監獄は相談所じゃねえんだぞ。なんで俺が話聞かなきゃならねえんだ」

「でも、今聞いてくれたじゃん。しっかり相談役になってくれたじゃん」

にっこり笑ってやると、ジョーカーは舌打ちをして視線を逸らした。

…優しいんだ、この人も。不器用なだけで。

 

 

 

ジョーカーの視線が逸れている間に、あたしは静かにジョーカーに飛びついた。

「っ、な、なんだっ!?」

「ありがとうね、話聞いてくれて。ちょっとすっきりした」

ぎゅう、としがみついた体はとても暖かかった。

 

抱きついたままで顔を上げる。

びっくりした顔のジョーカーと目が合う。

 

 

「あのさ、またあたしがくだらないことで悩んでたら、叱ってやってね」

慰められると、甘えちゃうから。

 

 

「はっ、全力で叱り飛ばしてやるよ」

「お手柔らかにお願いしまーす」

 

偉そうに笑うジョーカーに、あたしも笑顔でそう返した。

 

 

 

 

 

 

優しい叱咤







(「ジョーカー、春に行ってお花見するか冬に行って雪合戦するか、どっちにしよう!超悩む!」「すっげえどうでもいい」)

 

 

 

 

 

 

あとがき

あんまりちやほやされると、逆に色々悩みが溜まりそうだなあと思って。

叱られるのも、相手によっては嬉しくなると思うんです。ユリウスか監獄ジョーカーに叱られたい。←

2010/04/01