「はっ、はっ…」
がさがさと木の生い茂る中を走る。
後ろから追いかけてくるのは、黒い影のような妖。
「も…しつこいっ…!」
呟くと同時に、ガッと足が木の根に引っかかった。
「う、わあっ」
がさがさっという葉の音と共に、私は雑木林を転がるようにして抜ける。
「ぅわああぁぁっ!!」
前のめりになり、盛大に転びそうになるのを手をついて避けようとした先に見えたのは、二人の人影。
「さんっ!?」
「っ!」
転ぶというか、倒れそうになった私を受け止めてくれたのは田沼くん。
そして夏目くんは私の後ろを見て、目を見開いた。
「な、なんだあれ…!?」
「ごめんなさい、あの妖、ずっと追いかけてくるの…!」
田沼くんに体を支えられたまま、私は夏目くんに言う。
そして追いかけてきていた妖が、持っていた斧のようなものを振り上げた瞬間。
一面が白く輝き、思わずぎゅっと目を瞑った。
「まったく。お前はもう少しの家の者ということを気にかけるべきだ」
呆れたような声音が聞こえた。
ゆっくりと目を開くと、そこにはさっきの妖の姿は無く、代わりにニャンコ先生の姿があった。
「ニャンコ先生、なんでここに…」
ぽかん、という効果音が似合いそうな表情で夏目くんは呟く。
「ちょっと小腹が減ってな。というわけだ、夏目、七辻屋まで行くぞ」
ぴょんと夏目くんの肩に飛び乗ったニャンコ先生は、ちらりと私の方を見た。
「祓う方法は心得ているのだろう、の娘。あまり、妖に気を許すんじゃないぞ」
「あ…ご、ごめん、なさい」
頭を少し下げて言うと、ゴツンという音が聞こえた。
「な、何をするか夏目!」
「もうちょっと言葉を選べよ先生!」
どうやら夏目くんのグーパンチがニャンコ先生にとんだらしい。
「ごめん、さん」
「いいのいいの、夏目くんが謝ることないから!」
それより先生におまんじゅう買ってきてあげて、と言って夏目くんを後押しする。
夏目くんの心配そうな目に、笑顔で大丈夫と叫んだ。
夏目くんが見えなくなってから、田沼くんが口を開いた。
「なんていうか…も、大変な生活してるんだな…」
その呟きには、苦笑いで返した。
「ごめんね、なんか巻き込んじゃって。もう大丈夫だから、田沼くんも帰っていいよ」
そう言ったものの、田沼くんは私の手を掴んだまま離してくれない。
「大丈夫じゃないだろ」
じっと目を見つめられて、思わず視線をそらす。
「…さっきから、立ち方が不安定なんだよ。足くじいてるだろ」
指摘されて思わず一歩後ずさると同時に、右足に痛みが走った。
「い゛っ…」
「ほらみろ。痛いんだろ」
困ったような顔で田沼くんは私の手から鞄を奪う。
「田沼、くん…?」
急にどうしたのかと、痛みに耐えながら様子を伺う。
「、横と後ろどっちがいい?」
「え?」
何のことか分からず聞き返すと、田沼くんは笑顔で言った。
「一人じゃ歩けないだろ。だから、横抱きか背負われるかどっちか選べよ、な」
「……せ、背負う方でお願いします」
田沼くんに背負われたまま、帰り道を行く。
恥ずかしくてたまらないけれど、今は一人じゃ歩けない。なんてもどかしい。
「た、田沼くんは恥ずかしくないの…?」
もごもごと田沼くんにしか聞こえないくらいの音量で言う。
「最初は恥ずかしかったけど、がおれの分まで恥ずかしがってくれてるから、なんか収まってきたよ」
あはは、と声に出して笑う田沼くん。
「だ、だって恥ずかしいよ!し、視線が…」
「視線?」
きょろきょろと周りを見渡す。
「誰もいないけど?」
「あ、あう…えっと…」
どう説明しようかと悩んでいると、田沼くんは「ああ」と言って少しだけ私のほうへ顔を向けた。
「もしかして、妖がいるのか?」
「…うん。なんか、今日は大勢…いる」
道の両端に多くの妖がいるのが見えるのだ、私には。
ついでに声も聞こえてくる。
「さま」「どうなさったんだ」「人間にやられたのだろうか」なんて声がたくさん聞こえてくる。
いや、おもいっきり妖にやられました。
「そっか。やっぱおれとじゃ見えてる世界が違うのか…」
ぽつりと呟いてから、田沼くんはふっと笑って私を見る。
「じゃあやっぱり、この役目は渡せないな」
「え?」
私が疑問の声を上げると同時に再び歩き出す。
「妖絡みの時は夏目やニャンニャン先生に任せるしかないけど、こういう状況の時は真っ先におれを頼ってくれよ」
しばらくの間、誰かを頼るなんていうことは忘れていた。
迷惑をかけるわけにはいかない、巻き込むわけにはいかないと、そう思っていたから。
「…ありがとう、田沼くん。あの、」
「ごめんとか、言うなよ」
先に言われてしまって、思わず口を噤む。
「ふ、ははっ。やっぱり謝ろうとしてただろ」
「うぅ…だって、迷惑かけちゃってることには変わりないし…」
申し訳ないという気持ちは一杯あるのだ。
「気にするなよ。の迷惑くらい、なんてことないんだから。むしろ黙ってられた方が心配する」
「…わかった。なるべく、ちゃんと言うように、します」
「それでいいよ」
田沼くんの背中に顔を押し付けたまま、小さくもう一度ありがとう、と呟いた。
家に着くまであと少し。
もう少し、このままでいたいな、なんて思ったことはさすがに秘密にしておいた。
背中越しの約束
(この後、家の前で夏目くんにばったり出くわして二人で真っ赤になったのは言うまでもない。)
あとがき
田沼くんが好きです。夏目くんの周りはやさしい人でいっぱいですよね。
2010/04/26