爽やかな朝。鳥の鳴き声がする頃、あたしは朝食の用意を持って半兵衛さんの部屋を訪れた。

「はーんべーさーん」

障子の前で学校に行く友達を呼ぶかのように声をかける。

いつもなら「うるさいよ」という声が返ってくるのに、今日はそれがない。

 

 

「半兵衛さん?どうしたんですかー開けちゃいますよー」

一応声をかけてから、そっと障子を開ける。

 

    

 

部屋には、ぐっすりと布団をかぶって眠る半兵衛さんがいた。

「もー、いるんじゃないですか。朝ですよ半兵衛さん」

朝食の用意を側に置いて、半兵衛さんの顔を覗き込む。

    

 

ぴくりとも反応をせず、静かに眠る半兵衛さん。

もともと色白だけど…なんか、寝てるとこれシャレにならないんですけど。

 

 

「は、半兵衛さん?生きてますか?死んでますか?」

いっそ体を揺すってみようか。そうすればいくらなんでも起きるだろう。

「うあ、でも触って冷たかったら…どどどどうしよう!」

「何を朝から不吉な想像をしているんだ、

「ぎゃああああ!死体が!死体が動いたァァ!」

「君の息の根止めるよ…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えー、取り乱してすいませんでした。ていうか起きてたなら返事してくださいよ」

あたしの前でもぐもぐと朝食を食べる半兵衛さん。

あたしはその朝食を前に、正座をさせられていた。

 

 

 

「人の安眠を妨害した罰だよ」

「だって、いつもあたしより早く起きてくるじゃないですか」

いつもと違うと不安になるじゃないですか、と呟く。

ただでさえ半兵衛さんは…その、体が丈夫じゃないから心配なのに。

 

 

 

「はい…?むぐっ」

ズボッと急に口に突っ込まれたのは、あたしの分の卵焼き。

程よい甘さとふわふわ感。ってちょ、誰これ作ったの!上手っ!

 

 

「半兵衛さんこれ美味しい!」

「そう。それはよかったね」

ものすごい棒読みで返された返事は、なんだか苦かった。

 

 

「…あの、卵焼き食べたら余計にお腹へってきたんでそろそろ食べても…」

「なら食べればいいだろう」

あっさりとそう言ってのけた半兵衛さんにぽかんとする。

 

 

「え、だって、食べちゃだめって…」

「言ってないよそんなこと一言も。僕は正座して反省しなさいって言っただけだ」

 

 

 

…なんだと。

じゃああたしは何のために鳴りそうなお腹に落ち着け鳴るなと言い聞かせてたんだ。

 

「ちょっ、そ、そういうことは早く言ってくださいよ!」

「お腹が減ってないのかと思ったから」

「そんなわけあるかァァァ!」

がしっと箸を掴んでご飯をかきこむように食べる。

 

 

「げっほげほっ!」

「…馬鹿じゃないのかい、君は」

喉につまったご飯と戦いながら「ほっといてください」と掠れる声で言った。

 

「まったく…は朝から騒がしいな」

「げほっ」

呆れたようにため息をつきながらも、半兵衛さんはあたしの背をそっと擦ってくれた。

 

 

 

「僕より君のほうが死にそうじゃないか」

「…げほ、で、ですね…」

差し出されたお茶を貰ってゆっくり飲み込む。

あ、ちょっと落ち着いてきた。

 

 

はあ、と息を整える。

「あー、死ぬかと思った…」

「大げさだね」

それくらい苦しかったんですー、と言おうと半兵衛さんの顔を見て、声が止まった。

 

 

 

「…は、半兵衛さん」

「なんだい」

 

「…あの、な、泣きそうですよ…?」

 

 

 

そう言ったとたんに頬を引きつらせた半兵衛さんは大きく息を吐いた。

「何で、僕が、のために泣かなきゃいけないんだい」

一言一言区切るように言ってあたしの頬をぐいっと左右に引っ張る。

 

 

 

「いひゃい!いひゃいれふはんへーひゃん!」

さっきまで苦しんでいたあたしに何という仕打ち。

頬を引っ張る手をべちべちと叩いていると、半兵衛さんがぽつりと呟くように言った。

 

 

「本当に…なんで、僕がごときに振り回されてるんだろうね…」

「へ…?」

 

振り回されてる?半兵衛さんが?

どっちかといえばあたしの方が振り回されてる気がするんだけど。

正座といい、朝食といい。朝からジャイアントスイング並みに振り回されてるんだけど。

 

 

そしてゆっくりとあたしの頬から離れた手はすとん、と半兵衛さん自身のひざに落ちる。

無言の空気に堪えれず、あたしは小さく口を開いた。

 

 

「えと…あの、あたし、半兵衛さんの側にいますから」

俯いている顔をそっと覗き込むように言葉を紡ぐ。

 

「あたし、勝手にいなくなったり…死んだりしませんから」

 

 

だから、あなたも勝手にいなくならないで。

 

 

そう言おうとしたところで、がばっと顔を上げた半兵衛さんと目が合った。

「ふおおっ、ちょ、急に顔上げないでくださいよ!」

「…言ったね?」

「はい?」

 

 

なんとも不吉というか、嫌な予感のする笑顔で半兵衛さんはあたしを見る。

「これからは勝手にどこかへ出かけないようにね、

「え?え?」

 

 

頭に疑問符が浮かぶ。

「この間、城で留守番していろって言ったのに城下町へ遊びに行っていただろう」

…そういえば、しばらく前に偵察に行くといって半兵衛さんが出かけている時に留守番サボったっけ。

でも、ものすごく暇だったし…ちょっとくらいいいかなーって。

って待て、誰だチクったの!

 

 

 

「…ここは豊臣が目を見張らせているけど」

ぽん、と半兵衛さんの手があたしの頭を撫でる。

「何があるか、わからないんだよ。は少し…いやかなり馬鹿だからすぐ死んでしまいそうで心配なんだ」

「すいませんなんか素直に喜べないんですけど。なんか貶された気がするんですけど」

 

気のせいだよ、と言われても。ていうか不吉なことを言わないでください。

そう言いたかったけれど頭を撫でてくれる手が言葉よりもずっと優しく暖かくて心地よくて、何も言えなかった。

 

 

 

「出かけたいときは僕か…とにかく誰かに言ってからにしなさい」

「…はい」

小さくもしっかり返事をすると、半兵衛さんは満足そうに笑った。

その笑顔に、ほんの少しどきりとした。

 

 

「じゃ、じゃあ今日一緒に城下町散歩に行きませんかっ?」

「ああ。報告はしろって言ったけど、一緒にいくとは言ってないから」

 

 

……何だそれえええええ!!!

「え、ちょ、一緒に行って何かあったら守ってあげるよみたいなノリじゃなかったんですか!?」

「何での護衛につかなきゃいけないんだい。それなら秀吉の護衛につくよ」

「な、な、なんだとおおおお!?」

あたしのさっきのときめきは何だったんだ!しかも今はにやにやした笑い方になってるし!

 

 

「き、期待させといてぇ…!!」

「へえ、期待ねえ。何の期待をしたんだい、?」

にっこり、という効果音がつきそうな笑い方で問うてくる半兵衛さん。

 

 

「…っ、は、半兵衛さんのばかあああ!いじめっ子ぉぉ!!」

赤くなっているであろう顔を隠しながら部屋を飛び出す。

 

 

 

「…ふふ、君がいじめ甲斐ありすぎるんだよ」

そう言って笑った半兵衛さんの顔が、普段からは考えられないくらい優しかったことは誰も知らない。

 

 

 

 

振り回されて始まる一日

 

 

(本当に、振り回されてばかりだよ。この僕が、心配だとか不安だとか思うなんて、ね。)

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

いじめっ子半兵衛。彼はS属性だと思ってます。病弱S。

お互い振り回されてばっかりな関係もいいんじゃないかと。

2010/07/17